ドラゴン、忘れ物を届ける。
懐かしいキャラと新キャラ登場
――さて、オリビアの忘れ物、万能の薬草・エリ草が学園に空輸されている、一方そのころ。
フローレンス女学院の一番奥まった会議室では、学院の理事長であり創設者でもある【エルフの賢女王】フィリス・フローレンスが神妙な顔で座っていた。
その向かいに座った女性が唸る。
フィリスの輝くばかりに流れる長い金髪とは対照的に、漆黒の髪を鋭く切りそろえて黒いローブに身を包んでいる。その黒髪を彩るように、血のように赤い宝玉のティアラを頭にいただいている。切れ長の瞳は、フィリスを切り裂かんばかりに鋭い視線で睨みつけていた。
「では……やはり昨年の入学者のなかに『竜の御子』がいるというのは本当だったのか」
「はい。オリビア・エルドラコは、入学試験での魔力測定で現存のいかなる魔力型にも属しない【竜】の性質を持っていましたわ。一年間観察を続けてきましたが――あの力は本物です」
「ふむ……」
「ま、まあ! しっかりと状況を見極めるため、【王の学徒】として私の直属の弟子にすることで動向は監視しております。ええ、ええ、【王の学徒】の認定試験で絶妙に手を抜くのは、なかなかに骨が折れましたが……!!」
フィリスが毅然とした表情でいう。
もちろん、絶妙に手を抜いた云々は嘘であって、目の前に座する漆黒の女はそれを見抜いているのかいないのか、心ここにあらずといった様子でフィリスの言葉を聞き流している。
「……ねえ、ちゃんと聞いていますの?」
「ああ、失礼。ちゃんと聞いているよ。フィリス」
「もう。あなたは昔から、わたくしの話を聞かないのですからっ!」
1000年以上の時を生きる【エルフの賢女王】に対して、フランクなため口で応答し、あまつさえフィリスと呼び捨てにし、「昔から」などと言われる存在。そんな女は、――この世界において一人しか知られていない。
フィリスは年甲斐(推定1000歳以上)もなく、ぷぅっと頬を膨らませる。
そうして、目の前に座る、黒の女をとがめた。
「あなた、ほんとうに変わりませんわね。エスメラルダ!」
エスメラルダ・サーペンティア。
フィリスの所有する白き光の宝玉、オパールを使った【久遠の玉杖】が列せられている【七天秘宝】のうちの一角、闇の力を有する宝玉を用いたティアラ【夕闇の宝冠】の所有者でありエルフ族と並ぶ長寿をあたえられた種族――、竜人族の生き残りである。
***
「よーし、着いたぞぉ」
ボクはフローレンス女学院の事務所で、以前ボクを案内してくれた事務員さんに声をかけた。
事務員のお姉さんは、ボクの姿をみると「まぁ!」と甲高い声をあげた。
「お久しぶりです、エルドラコ様!」
「こんにちは、以前はどうも」
「こちらこそ、ですわ! 【王の学徒】のオリビアさんのお父様でしたら、それはもう喜んでっ!」
にっこり、とスマイル。
事務員さん用の制服をぴっしりと着込んでいて、きびきびとボクを案内してくれる。働く女性ってかんじ。オリビアも将来、こうやって働くのかな。それとも、ボーケンシャってやつになったり? ボクは、まだ見ぬ未来のオリビアに思いをはせる。
「実は、オリビア……ムスメが忘れ物をしてしまいまして」
「そうでしたか! では、教室までご案内を。今の時間は、ちょうど休み時間ですから」
「ありがとう」
にっこり、と笑ってみせる。
ニンゲンは感謝とかを笑顔で伝える――というのをボクも学んでいるのだ。
「ど、どういたしましてっ! 当然のことですので」
事務員さんも微笑みをかえしてくれた。
スマイルの威力はすごいなぁ! ボクは手にした万能の薬草といわれる月光草……エリ草の鉢植えを抱えなおした。
***
事務員さんに連れられて中庭をぐるりと取り囲む回廊校舎を歩いていると、ガサリと何かが動いた。
「ん?」
「おじさん!」
「君は……セラフィちゃん!」
「えへへ、僕のこと覚えていてくれたんだね。おじさん」
庭のいい匂いのする花の木の影から出て来た、金髪をおかっぱに切りそろえた女の子。
とんがった耳は彼女が、ちいちゃいものの中でもエルフという魔法とかが得意で長生きな種族だということを伝えている。
彼女の名前は、セラフィ・ド・リフィリア・ロザリア・エクセリア・グロリィ・カリタス=エト=ヴェリタス・マリアムネ・フローレンスちゃん。『天使のごとき薔薇の娘に再び満つる栄光と慈愛と叡智あれ』という意味の名前で、とっても素敵なのだけれど、セラフィちゃん本人はこの長い名前をちょっと恥ずかしいと思っているみたい。
単純に「セラフィ」と呼んでほしいと言っていたので、ボクもそうしている。
ちなみに、セラフィちゃんは、フローレンス女学院の理事長で創設者のフィリス・フローレンスさんの娘さんだ。
そして、この素敵な中庭を管理している、小さくてすごい庭師さん……だったのだけれど。
「あれっ、でも……セラフィちゃん。その恰好って」
「えへへ、実は僕……今年から学校に通うことになったんだ。あっ、転入試験、ちゃんとうけた。母うえの、コネじゃないからね」
照れくさそうに笑うセラフィちゃんは、フローレンス女学院の制服をまとっていた!
お母さんのフィリスさんに「才能がない」って、「学院に入学できない」って決めつけられていたセラフィちゃんが、転入!!
しかも。
「セラフィちゃん、そのリボンの色」
「へへへ……二年生に転入、になった。特待生クラスじゃないけど……この庭の手入れは続けることにしたから、普通クラスのほうが庭に近くてちょうどいい」
胸元に巻かれたリボンスカーフの色は、クリーム色。
そう、オリビアとおそろい!
「そっか、二年生ってことは――オリビアと同級生なんだね」
「はい。あ、その……そんなことより、おじさんの持っている鉢植えって!」
そのとき、とっても可愛い声が響く。
「あっ、パパ~~~!!!」
「オリビア!」
「あっ、オリビアさん」
校舎二階の廊下の手すりに身を乗り出すようにして、オリビアが手を振っていた。
ほっぺたを真っ赤にして、ぴょんぴょん跳ねている。それにあわせて、麦色のおさげ髪と胸からさげた深紅の宝玉のペンダントが揺れている。
少し遅れて、オリビアの親友のデイジーちゃんや、宝石店の娘さんのルビーちゃんもボクに手を振っている。ひらひらと手を振り返す――と。
「えへへっ。パパ、忘れもの届けてくれてありがとうっ!」
ぴょんっ、と。
オリビアが手すりを乗り越えて、空中に飛び出したのだ。二階から!
「お、オリビア!? あぶなっ」
ひえぇっ! ボクがびっくりして、思わず持っていた鉢植えをぽいっと放り投げる。こんなものより、オリビアが大事。セラフィちゃんが鉢植えを「あわっ!」とすんでのところで受け止めてくれた。
オリビアの身体は、空中に。
たいへんだ、ニンゲンは飛べないのに!
ボクが慌てて元の姿になって受け止めようかと思った――そのとき。
「わ、あ!?」
ふわり、とオリビアが浮いたのだ。空中に。【王の学徒】の証である真っ黒いマントが青い空にひらひらと舞っている。
「え……えっ? うわー、すごい!! オリビア飛んでる!?」
「えへへっ、パパの真似っこだよ!」
「ボクのっ!?」
すとん、と中庭のよく手入れされた土にオリビアのぴかぴかの革靴が下りる。
周囲にいた生徒たちが「「「おおお~~!?」」」とどよめいた。
セラフィちゃんが目を丸くしている。
「す、すごい、オリビアさん。空中飛翔なんて、それこそ【七天秘宝】のなかでも竜人族のあの方しか――」
オリビアが、セラフィちゃんにぱちんと手を合わせて「ごめん!」と頭を下げた。
「セラフィちゃんっ。ごめんね、オリビア、見せてあげるて約束してたエリ草をお家に忘れちゃってて!」
「はっ! あ、じゃあ、やっぱりこの鉢植えは!!?」
古今東西のあらゆる植物を知っているセラフィちゃんが、手の中の鉢植えに目をキラキラと輝かせる。植物を愛するセラフィちゃんにとって、ニンゲンたちが知らないというその辺の雑草は魅力的みたい。
「パパ、どうもありがとうっ!」
「わわっ」
ぎゅうっとオリビアがボクに抱き着いてくる。
セラフィちゃんが、そんなボクたちを見て「ふふっ」と愉快そうな笑い声を漏らした。
「ふふふ。オリビアさんは本当に父うえが好きだね」
「うんっ、だいすき!」
中庭にさんさんと、暖かい光が降り注ぐ。
ボクは思わず、にっこりと笑ってしまった。
心の底から湧き上がってくる笑顔だ。
そんなボクたちの前に、小さな人影がトコトコと歩み寄ってきた。
「い、いまのは飛翔なんかじゃなくって! ただゆっくり落ちただけじゃろう、師匠のとは全然違うのじゃ!!」
女学院の制服に、赤いスカーフ。
「ふふんっ。フローレンス女学院、一年生! 特別選抜クラスの特待生っ!!」
ぽよぽよ跳ねる黒髪に、大きな赤いリボン。
くりくりの大きな目……だけれど、なんか怒っているのかな?
「わらわの名はリュカ・イオエナミ。【七天秘宝】保有者エスメラルダ・サーペンティア様の一番弟子でありっ! ……オリビア殿から、【王の学徒】の位を奪うものじゃ、よーーく覚えておくがよいぞっ!」
リュカちゃんと名乗った小さい女の子は、それだけ言って、たたたっと走り去ってしまった。
オリビアはきょとーんと目を丸くして、
「赤いリボン……一年生……はっ、オリビアの後輩ってやつなのかなっ」
とあわあわしていた。
そうか。オリビアはもう、「先輩」なんだ!
……でも、後輩ってああいう感じなのかな?
お読みいただき、ありがとうございます!