ドラゴン、お見送りをする
第1部、おうち編につづき。
第2部、学園編スタートです。
さて、みんなが知ってる話をしようと思う。
ボクの娘、オリビア・エルドラコは可愛い。
それも、ものすごく、可愛い。
くりくりと表情豊かな瞳はもちろん、ふわふわの麦色の髪の毛がとってもチャーミングだし、笑うとまるでお日様がぽかぽか照っているみたいな気持になる。ボクは、いにしえの時代から生きるドラゴンだ。ニンゲンたちはもとより、エルフとかドワーフとか、そういうちいちゃいものたちが地上に現われるずっと前からこの地上で暮らしている。
ちいちゃいものたちが現われてからは、ときおりボクの住んでいるお山にニンゲンやエルフがやってきては、「カミヨー!」とかなんとか言って変なポーズで地面に倒れ込んだり、時空の亀裂からこの地上にやってきたマゾクというヒトたちはボクを魔王軍のカンブにしてあげるとか言ったりしていた。
そんなささいなことで、ボクの心は動かなかった。
ボクは、これまで永いこと独りだった。
ボクは、これからもずっと独りだ。
ぽかぽかのお日様にあたったり、咲きほこる花をふんふん香って息をして、やわらかい苔を踏みしめて歩くだけで、ボクは満ち足りていた。
変わらない日々。
それが何周も、何十周も、何千周も巡り巡って、巡った。
そんなボクの「孤独」を、たったひとりのちいちゃいものが変えてしまった。
――ふにゃふにゃで弱っちい幼い女の子が、ボクのお日様になったのだ。
***
さんさんと降り注ぐ温かい日差し。
ニンゲンたちがもっとも華やぐ真冬の『待春節』を超えて、芽吹いた命を言祝ぐ迎春祭を間近にした春の日、ボクはお家の玄関で大事な一人娘と向かい合っていた。
「オリビア、だいじょうぶ? 忘れ物はない? お腹痛くないかい?」
「えへへ~、大丈夫だよ。心配しないで、パパ。オリビアはもうセンパイなんだから!」
ニコニコと笑うボクの大事な娘……オリビア。通っているフローレンス女学院の制服であるキャラメル色のローブの襟を飾るスカーフは、冬までの第一学年の学年色の赤からクリーム色に変わっている。
一年前よりも身長も伸びて、背筋もしゃんと伸びている。
胸元には、学年に六人しかいない特別選抜クラスの証である黒スカーフが学年色のスカーフの鮮やかさを引き立てる。そして、昨年任命された【王の学徒】の証、黒いマントがオリビアの肩に揺れている。そして、胸元には金の鎖で首にかけられた、真っ赤に輝くブローチが輝いている。フローレンス女学院では、第二学年からは、各生徒ひとつだけ装飾品をつけていいことになっているそうだ。どちらも、ボクからのプレゼントだ。
そう。
オリビアは、今日から二年生。
先輩になるのだ。
「パパちょっと寂しいかも……」
学校へと旅立つオリビアに、わざと拗ねてみせる。するとオリビアはケラケラと笑った。
「オリビアもさびしいけど、大丈夫だよ!」
「ん?」
「ほらっ!」
ほら、と言って胸のブローチを指すオリビア。
「パパがくれたプレゼント。これがいっしょなら、寂しくないでしょ。ね?」
オリビアはにっこりと笑って、ボクに抱きついてきた。
ぎゅう、と抱きしめられる温度は――オリビアが小さい頃から変わらない。
「じゃあ、いってきます。パパ!」
「うん。いっておいで、オリビア。忘れ物はないよね?」
「大丈夫だよ!」
ばいばい、と手を振るオリビア。
すっかり足取りも逞しくなっている、気がする。
ボクが背中に乗せてひとっ飛びすれば、半日もかからずに学校に着く。そうしようかと尋ねたけれど、オリビアは学校が手配する馬車がやってくる森の入り口までひとりで行くのだという。
移動手段の確保の都合で、近くに住んでいるクラスメイトのルビーちゃんと一緒の馬車になるのが楽しみなのだそうだ。
……ちなみに、ボクたちのお家に一緒に住んでいる魔王さんとその従者のクラウリアさんは西の塔のてっぺんにある部屋にとじこもっている。オリビアが学校にでかけるときは、いつも魔王さんがすねて、そうなってしまう。
「ははっ、どっちが子どもか分からないなぁ。……オリビア、すっかり大きくなったな」
ボクは、すっかりしみじみとした気持になってしまう。
そんな、満たされたような寂しいような気持ちのままで、ボクは寝室ですこし眠った――。
***
ボクは、いにしえのドラゴンだ。
すこし眠ったつもりが、うっかり三日経っているなんてザラ。オリビアと出会う前は、寝て起きたら近くにあった国が滅びてたこともある。
ので、オリビアがいないのに三日でちゃんと起きられたのは、けっこう偉いかもしれない。
「ふあー」
大欠伸をしながら、ボクは寝室から這い出す。
うっかり、眠っているときにドラゴンの姿になってしまったらしく、入り口でおでこをゴッツーン!とぶつけたりもした。いてて。
「オリビアは、今頃どうしてるかなぁ」
ぽやぽやとする頭のままで、そんなことを考える。
食堂でお茶でも飲んで、もう少しゆっくりと眠ろうかな……そんなことを考えていると。
「………んん?」
食堂の、テーブルの上。
ボクの視界に、鉢植えが飛び込んできた。
神嶺オリュンピアスに自生している草を、わざわざ鉢植えにしたものだ。
フローレンス女学院の先生達いわく、「失われた万能の薬草・エリ草かもしれない」といわれていて――オリビアが、この新学期に学校に持っていくはずだった鉢植え。
「わ、」
これって、あれだ。
「忘れ物だーーーー!!!」
ボクの叫び声に、西の塔から「あうぅっ!?」という悲鳴が聞こえる。
おっと、魔王さんを驚かせてしまったみたい。
「こうしちゃいられない、届けに行かなくちゃ!」
オリビア、きっと困っているに違いない。
ボクはエリ草の鉢植えを手に取ると、お家から駆けだした。
――このときのボクは、思ってもいなかった。
この忘れ物を届けることで、永い時間をひとりで過ごしていたボクの世界がまた少し広がることになるなんて。
11月31日ですね(まがお)