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ドラゴン、娘の誕生日を祝う ~ケーキ作りと、サプライズ大成功~

 真夜中のキッチンに、ぽてぽてと足音が響く。

 オリビアはぐっすりと眠っている時間である。


 足音の正体は――魔王さんだ。

 魔王さんはちっこい。


 最近、ニンゲンの子供をよく見るようになってわかったけれど、たぶんニンゲンでいえば15才くらいの体格だと思う。そんな魔王さんが、大きな本を何冊も抱えてキッチンにやってきた。本の重さでプルプル震えているし、そもそも積み上げた本の高さで顔が隠れてしまってヨタヨタしている。



「わあ、魔王さんダイジョブ!?」


「あうっ、だ、だ、大丈夫だぞっ……わっとと!」



 どさり、と本の山がキッチンのテーブルに置かれる。

 サプライズパーティーの決行は、いよいよ明日。

 魔王さんたちが部屋の飾りつけをして、ボクがごちそうを用意する。料理の下準備はすっかり終わっているので、あとはメインのケーキを作るのみなのだ。



『初めてでも簡単、おいしいケーキ』

『子どもと作れる、お菓子の本』

『メルヘン♡キュートなスイーツブック』



 タイトルを読むだけでも、甘々に甘い文字がボクの目に飛び込んでくる。

 ニンゲンは、甘いものは嬉しいものだって思っているんだな。



「わあ、魔王さんありがとう! ボク、ケーキは初めてだけど大丈夫かな……」


「うむっ。問題ないぞ! ほら、ここに初心者用って書いてあるやつばっかり持ってきたし」


「魔導書図書館、まさかお菓子のレシピ本まであるとは……」


「あう。だって、かたっくるしい魔導書ばっかりじゃ、飽きちゃうし」



 魔王さんが、楽しそうにページをぺらぺらめくりながらケーキを吟味している。

 クリームケーキに栗のケーキ、チョコレートのつやつやケーキに大きくってふわふわのシフォンケーキ……どれも目移りしちゃいそうだ!



「古代竜よ、例の準備はできているか!?」


「ああ、えっと……クッキーだよね」


「生姜クッキーじゃ!」


「うん、ちゃんと生姜もいれたよ……ちいちゃい四角いクッキーに、それに丸いクッキー……枚数も言われたとおりに揃えたけど」


「おおお、上出来じゃ! 古代竜の生姜クッキーは絶品じゃからなっ」


「ありがとう。でも、何に使うの?」



 クッキーを焼いておくように、と言われてせっせとクッキーを作ったんだけど……作るのは、ケーキなんだよね?



「ふふふん、任せておくがよい! あ、焼いてほしいケーキは、これとこれね。あとクリームも泡立てて……うむうむ、我にかかれば、明日のパーティーは楽しいものになるぞぅっ!」



 むふふ~と目を輝かせている魔王さんの手元のレシピ本をのぞき込む。

 えーと、材料と、作り方と……うん。


 案外、簡単そうな気がする。



***



 明け方。


 ふわぁん、と甘い匂いがキッチンに漂う。

 ドラゴンも魔族も、本当は毎日眠らなくちゃいけないわけではない。好きなだけ起きていられるというのは、こういうときに便利だ。



「あうぅ、ちょっと心配になるくらいいい匂いじゃ!」



 魔王さんが、オーブンの前でソワソワしながら言う。

 サプライズパーティーは、明日……というか、もう今日だ。

 オリビアの眠りはとても深い。ケーキの焼き上がる香りでオリビアにばれることはないはずだけれど、たしかに心配になるくらいにいい匂いだ。


 オリビアの「誕生日」のお昼に行われることになっている。

 どうしてオリビアが急に今日を「誕生日」だと言いはじめたのか、謎は残るけれど――とにかく、素敵な一日になるように。


 ボク、がんばるよ!



「おお、ケーキだ!」



 焼き上げた、ドライフルーツたっぷりのスポンジをオーブンから取り出す。

 ふっくらと焼き上げたスポンジからは、甘い香りが立ち上る。

 焦げもないし、ふわふわしている。



「これは……もしや、ボクってばお菓子作りの才能があるのかもっ!?」



 数千年生きてきて全然気づかなかったよ!

 将来、オリビアが大きくなったらボクはお菓子屋さんとかになってもいいかもな。



「おおお~、やるではないか古代竜!」



 魔王さんも、ボクの焼き上げたスポンジを見て飛び上がって喜んでいる。



「うむうむ。よぅし、古代竜……あとは我に任せるがよい!」


「え? でも、魔王さんはダイニングの飾りつけが」


「いいからいいから! このケーキはダイニングで冷ましておいてやろう」



 魔王さんはそう言って、まだ湯気をあげているケーキを持ってダイニングに行ってしまった。

 


「え、え、どういうこと?」



 いつになく強引な魔王さんに、ボクは首を傾げた。

 なんだかすごく、楽しそうだけれど……?



***



 さて、すっかりと朝日も昇りきる。


 パーティの仕上げは、大忙しだ。

 ダイニングの飾りつけをしているであろう魔王さんとクラウリアさんに、うまくオリビアを足止めしてもらう。



「いってきます、パパ!」


「いってらっしゃい、オリビア」



 朝ごはんのスコーンをもって、オリビアは神嶺(しんれい)オリュンピアスの森へと入っていく。最近のオリビアの日課だ。もこもこのコートがとっても可愛い。


 そのあとに、庭の薬草園で冬でも枯れない薬草たちの手入れをして、キッチンやダイニングに戻ってくる……というのが最近の習慣だ。


 森にウキウキと向かうオリビアを見送って、ボクはキッチンでごちそうの仕上げに入った。


 ケーキを焼いていたオーブンで、次にチキンを焼き上げる。

 まるまる太ったチキンのお尻から、ハーブや木の実をたっぷり詰めて風味豊かに仕上げる……と、『たいせつな日のごちそう』というレシピ本に書いてあった。


 バゲットを小さく切って、ディップソースを用意する。

 森バターの実をすり潰したのに、たっぷりのレモン汁を絞ったもの。これが美味しいんだ。


 スープは、いつものミルクスープ。

 オリビアが大好きなきのこたっぷりのやつだ。これはいつだって、ボクとオリビアの食卓にあった。



「よぅし、これで完成……かな」



 キッチンには、目にも豪華なごちそうが並んでいる。

 うん、きっと、オリビアも喜んでくれるはず。


 忘れているメニューはないか、ボクは何度も確認する。

 それに、オリビアにあげる金の鎖の小箱もばっちり。



「ああ、はやくオリビア帰ってこないかなぁ」



 喜ぶ顔を見るのが、待ちきれない。



***



「ただいま!」



 という弾んだ声が響いたのは、それからすぐだった。

 ボクはわくわくと胸を高鳴らせながらダイニングに向かう。



「えっと……『オリビア、お誕生日おめでとう』だよね」



 オリビアが飾り付けられたダイニングに入ってきた瞬間に、魔王さんたちと声を合わせてお祝いをすることにしていた。台詞を確認しつつ、速足でダイニングに向かう。


 さあ、オリビアが入ってくる前に位置についておかなくちゃ……と。

 そんなことを考えて、ダイニングのドアを、開く。


 と、そのとき。



「パパ、おめでとう~~~!!」



 ぱぱぱん、と浮かれた音。

 色とりどりの小さな花火が、ボクの周囲ではじける。

 オリビアが右手をかざしている……このきれいな花火は、オリビアの魔法?



「……え? え、オリビア、どうしてここに?」



 森に出かけたはずじゃ?

 ボクは、びっくりして固まってしまう。



「古代竜さん、お誕生日おめでとうございます!」


「わっははー! サプライズ大っ成っ功じゃ~~~っ!」



 魔王さんとクラウリアさんも、にこにことボクに拍手をおくっている。

 おめでとうって、どういうこと?



「えへへ、パパ。びっくりした?」


「オリビア、これって……いったい」



 ぎゅうっとボクに抱き着いてくるオリビアが、とても満足そうな顔をしている。

 ふっと視線を上にやれば、『パパ、お誕生日おめでとう!』という大きな垂れ幕が。


 ボクの、お誕生日?



「あのね、オリビアがお姉ちゃんたちにお願いしたの。パパのお誕生日をお祝いしてみたいなって」



 オリビアが、内緒話をするように種明かしをはじめる。



「でもボクの誕生日なんてわからないよ……」



 ボクは悠久の時を生きるドラゴンだ。


 ニンゲンの営みがはじまるよりもずっとずっと前から生きて来た。

 ひとりでのんびり、過ごしてきた。その時間は、何千年なのかそれとも何万年なのか、ヒトの時間の尺度では、もはや計れないくらいだ。



「ううん。あのね、今日は待春節の最終日なの」



 オリビアが言う。

 待春節、というのはニンゲンが寒い冬に春の訪れを願いながらすごす、一年で一番きらびやかな時期。その最終日というのは、街の誰もが幸せな日だ、と聞いたことがある。



「オリビア、小さかったからよく覚えていないけど……パパが、オリビアを家族にしてくれた日なの」


「え?」



 ボクは、思い出す。

 寒い寒い日だった。

 祠で眠っていたボクの前にあらわれたオリビアを背に乗せて、のしんのしんと歩いていた。


 行きついたピアスの村。

 たしかに街は浮ついていて、みんながウキウキとしていて、オリビアの父親が仲間とゲラゲラ笑いながら酒を飲んでいたテーブルには……鳥の丸焼きがおいてあった。ああ、そうだ。育児書を買ったおばあさんの古本屋にも、待春節を祝う飾りがおいてあったかもしれない。


 オリビアは、そんな幸せな日に、捨てられていたの?

 ボクは、遠い過去のことながらじくじくと胸が痛むのを感じた。



「うん、あのね、だから……今日が、オリビアの誕生日なの。パパの娘になった日だから、今日が、オリビアの誕生日!」


「オリビア……」



 あ、やばい。

 泣きそう。


 ボクがぐうっと喉をつまらせていると、オリビアは続ける。



「それでね、いっぱい考えたんだけど、きっとパパも今日が誕生日なの! かっこいいドラゴンが、オリビアの『パパ』になった日なの!」


「パパに……」


「古代竜がいつ生まれたかは、オリビアもお姉ちゃんたちも学校の先生にだってわからないけど。オリビアは、パパが『パパ』になってくれた日を、ちゃんと覚えているよ!」



 にっこり、と微笑むオリビア。

 あ~~~、もうだめだ。



「オリビア……っ」



 ボクは、ぽろぽろ溢れてきてしまう涙もそのままにオリビアをぎゅうっと抱きしめる。

 麦色の髪からは、あたたかなお日様の匂いがした。



「パパ」



 ぎゅうっとオリビアが抱きしめかえしてくれる。

 ぜったいに、幸せにしてあげるからね。

 オリビアがニンゲンとして幸せに暮らしていけるように頑張ると、ボクは改めて誓った。



「あうっうぅっ」



 魔王さんが貰い泣きしながら、「のう、オリビア」と話しかけてきた。

 なんだろう?



「ああ、そうだ! あのねパパ」



 オリビアが、ダイニングテーブルの上にある白い布をかぶった塊を指さす。



「これ、オリビアとマレーディアお姉ちゃんで作ったの!」



 じゃじゃーん!

 取り外された布から出てきたのは……。



「わあ、お家だ!」



 ボクたちの住む、お城。

 それが、なんとケーキとクッキーで作り上げられていたのだ。



「ああ、魔王さんがクッキーを焼けって言ってたのはこれか!」


「ふふん、そうじゃぞ~! いい出来だろう?」



 えっへん、と胸を張る魔王さんが、さらに何かを取り出す。



「さらに、この魔王マレーディア特製の……人形焼きじゃ!」


「人形焼き!?」



 ぽてん、と魔王さんがケーキの上に置いたのは……どういう仕組みかわからないけれど、オリビアそっくりの女の子のお人形だ。楽しそうに笑っている!



「ちゃんと食べれるぞ! さらに、こっちも」


「わあ、パパだ!」



 ぼすん、と置かれたのは大きなドラゴンのお人形。

 その背中には、優しそうな笑顔を浮かべた男の人形が乗っている。

 これ、ボクだ!



「すごい、すごい! マレーディアお姉ちゃん、ありがとうっ!」


「あう!? く、くるしいよオリビア~」



 ぎゅうぎゅうと抱きしめられて、へにゃへにゃの笑顔を浮かべる魔王さん。

 きっと、すごく一生懸命に作ってくれたんだろうな。


 その様子を、クラウリアさんはニコニコと見つめている。



「ふふふ……、じゃあこれはクラウリアからのお祝いです。えいっ!」



 ぱちん、とクラウリアさんが指をはじく。

 すると、部屋中に飾られているオリガミの飾りが、きらびやかに光り始めた。

 まるで、夜空のお星さまみたい。



「わあ……」



 オリビアがうっとりとそれを眺める。

 ボクは、とっても満ち足りた気持ちだ。


 こんなに嬉しい気持ちになるなんて。

 サプライズって、いいものだな。



「さあ。オリビアの好きなものばっかりつくったからさ。お誕生日パーティーをしようか」


「うんっ!」



 やったー、と跳ねまわるオリビア。


 楽しい食事のおしまいに、プレゼントの金の鎖を差し出すと、顔を真っ赤にして喜んでいた。

 ブローチと一緒に制服につけるんだと、嬉しそうに話していた。なんでも、2年生以上は、制服に自前の装飾品をひとつまでならつけてよいという校則だそうだ。


 オリビアの1年生最後の日々は、こうして楽しく暮れていった。

 また、来年が待ち遠しい……ああ、誕生日があるっていいものだなあ。



 冬が過ぎて、春がきて。

 スプリーグの花が咲くころに、次の学年が始まるのだ。


お読みいただき、ありがとうございます。


感想嬉しく拝見しています。

また、ブクマや評価をいただけると嬉しいです。

(ブクマ8000突破しました、ありがとうございます!!!)

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― 新着の感想 ―
あうう、号泣(´;ω;`) なんってほっこりほこほこするお話(´;ω;`) 素敵なお話をありがとうございます(五体投地
[良い点] 誕生日ああ 2人に おめでとうと言いたいです
[良い点] ほっこりしてます [一言] ほっこりしてます!! もっと読みたいです! 頑張って下さい応援してます!!
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