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ドラゴン、宝石店に行く。

 リリアント宝石店。

 オリビアの同級生のルビーちゃんの実家で、この繁華街であるミランダで一番格式高い宝石店だそうだ。


 一歩店に入ると、店内にはとっても清潔でいい匂いのする空気が満ちていた。



「いらっしゃいませ……って、あら」



 オリビアとおなじ年頃の赤髪の女の子が、品のいい服をきちんと着こなして、しゃんと背筋を伸ばして立っていた。まるで、紅い宝石みたいな瞳……彼女が、ルビーちゃんだ。


 オリビアが手を振る。



「ルビーちゃん!」


「ふふ。いらっしゃいませ、お客さま」



 ルビーちゃんも、先ほどのピシッとした挨拶よりも少しだけくだけた笑顔でオリビアを迎えてくれた。すごい、ちゃんとルビーちゃんはお店のお手伝いをしているんだなあ。

 店内で働いている人たちは、男の人も女の人も黒いスーツをぴしっと着こなしている。なんだっけ、そう、燕尾服ってやつだ。『子どもと参列する冠婚葬祭』っていう育児書で読んだ!


 ボクも、オリビアに少し遅れてルビーちゃんに挨拶する。



「こんにちは、ルビーちゃん」


「まあ、オリビアのおじさまなの!」



 ぽぁっ、とルビーちゃんがほっぺたを染める。

 ボクがフローレンス女学院で生徒達のお茶会に混ぜてもらったときに、ボクの髪をとても上手に結い上げてくれたルビーちゃん。


 手先が器用で、とってもお洒落な子だとオリビアが言っていた。



「いらっしゃいませ、オリビアのおじさま。本日の責任者でございます、ルビー・リリアントと申します」



 スカートのすそをつまんで、ちょこんとお辞儀をするルビーちゃん。

 とってもエレガントだ。



「わあ、ルビーちゃんかっこいいっ!」



 と、オリビアが手を叩いて喜んでいる。

 魔王さんのチョイスでおめかしをしてきたオリビアは、高級な宝石店でもちゃんと「お嬢様」ってかんじだ。ボクも、オリビアの選んでくれたジャケットを着ているから、他に何組かいるお客さんからも浮いてない。


 ルビーちゃんは、周囲の店員さんにいくつか申し送りをして、ボクたちの対応をしてくれることになった。ああ、とっても楽しいなぁ。



***



 ルビーちゃんに案内されて、オリビアとボクはショーケースをのぞき込む。



「わあ……とっても綺麗」



 オリビアがほぅっと溜息をつく。

 ショーケースの中に入っているのは、宝玉自体はとっても小粒だけれど、金細工や銀細工、それにキラキラと光る宝石の粉つぶで美しく装飾されているアクセサリーだった。


 ルビーちゃんは慣れた様子で宝石の説明をしてくれる。



「宝石、宝玉……そう呼ばれる石は特別です。例えば、リリアント宝石店でとりあつかいをしている装飾具のほかにも、大きさや純度の高い宝石は魔法にも使われるのだわ。宝石魔術と呼ばれる魔術形態では、詠唱や魔法陣のかわりに宝石の力を借りたりするの」



 そうか、ニンゲンは宝石を色々なことに使っているんだな。

 それにしても、こんなに繊細で美しいものを作るなんて……ニンゲンは手先が器用だな。

 お店の歴史にルビーちゃんの説明がうつる。



「リリアント家は、もともとは鋳造ギルドに所属している職人の家系。先々代の当主は、とりわけ腕が良かったので王家の装飾品も多く請け負っていたのだわ。はじめは、小さな店だったリリアント宝石店は、先々代の鋳造技術を受け継いで、先代の経営手腕や、そして私の父様である当代の繊細で可憐なデザインをかてに成長を続け……いまや、大陸に五店舗、よその国への出張買い取りや販売も手広く行う一流宝石店なのだわ!」


「ふわぁ……すごいんだね、ルビーちゃんのパパ!」


「ええ、当然なのだわ! 私も、将来は父様からお店を受け継いで、もっともっと宝石の素晴らしさを知ってもらえるように頑張るのっ」



 えっへんと胸を張るルビーちゃん。

 ボクは店内をきょろきょろと見て回る。


 小さい石ばかりだけれど、本当に、加工ひとつでこんなに綺麗に輝くんだな。

 ボクはごろんとした宝玉ばかりを持っているけれど――(ほこら)にある宝石も、ルビーちゃんのお店で加工したらこんな風にキラキラになるのかな。


 オリビアがショーケースの中をのぞき込んでは瞳を輝かせる。



「パパ。お店の中見てきてもいい?」


「もちろんだよ、オリビア。……ねえ、うちの宝玉も、加工してくれるのかな」


「おじさま。ええ、ぜひその際はリリアント宝石店へ!」



 ちなみに、とルビーちゃん。



「どれくらいの大きさの宝玉ですの? それによって、お値段や職人が変わるのだわ」


「えーっと」



 店内で一番目立つところに置いてあるショーケースに、たったひとつだけ展示されているネックレス。その真ん中におさまっている、紅い宝玉を指さす。



「だいたいの石は、これよりもう一回り大きいくらいかな?」


「ええ!?」



 ルビーちゃんが飛び上がる。

 あれ、なにかまずいのかな? ボクの持っている宝玉でアクセサリーに出来る大きさの石だと、それくらいなんだけれど。ボクの背丈より大きい「とっておき」は、ちょっと指輪とかにするのは無理があるしね。



「そ、その紅玉石(ルビー)は、大陸でも最大級のサイズなのだわ……そ、それよりも大きい宝玉って、そんなにないはずなのだわ。それこそ、伝説の【七天秘宝(ドミナント・セブン)】に使われているレベル……」



 うーんうーん、とルビーちゃんは首をひねっている。

 あれ、もしかしてボクの持っている宝玉ってビッグサイズだったりするのかな?


 ボクはそんなことに思い当たってしまった。

 そのとき、オリビアがボクのジャケットの袖をつんつんと引っ張った。



「ねえ、パパ?」


「おや。どうしたんだい、オリビア」


「あのね……この指輪、買ってもらえる?」


「指輪?」



 オリビアが指さす先のショーケースには、宝石の粉つぶがまぶされているようにキラキラと輝く指輪がふたつ並んでいた。ひとつは、こっくりとした梔色(くちなしいろ)の宝石が埋め込まれていて、もうひとつには凜と光るピンク色の石があしらわれている。


 ふたつとも、同じデザイン。



「あら、ペアリングですの? オリビア、許嫁がいらっしゃるとか?」


「えっ!!?? い、いないよ!!!!」



 ボクは思わず大きい声を出してしまった。

 いかんいかん、冷静になれ、ボク。


 オリビアは、そんなボクの様子に「えへへっ!」とおかしそうに肩をふるわせた。



「ちがうよ。あのね、お土産にしたいの」


「お土産?」


「うんっ、マレーディアお姉ちゃんとクラウリアお姉ちゃん! 今日、お家でお留守番してるから……だめかな?」



 と、オリビア。

 そうかあ、お土産。考えてもいなかった。


 ルビーちゃんが、ぽんと手を叩く。



「ああ、そういうことなのだわね。いいと思いますわ、お客さま。こちらの指輪は、つける方によってサイズが微調整できるような術式が埋め込まれていますの。使っている石も、最高級のものですので……ほら」



 流れるような動きで、ルビーちゃんはふかふかの台座に指輪を取り出してくれる。



「デザインもとても可愛らしいですが、品も良くて、どのような方にも手にとって頂きやすいかと。お値段も、当店のなかでは手に取りやすいかと」



 と、値札を差し出してくれるのだけれど……うーん、値段。


 そういえば、洋服店では金の粒で支払ったし、喫茶店でも洋服を買ったときのお釣りをちゃらちゃらんと出して必要なだけ取って貰ったんだよね。


 そうかあ。

 値段、っていうのを気にしたことをなかったなあ。



「えっと、ルビーちゃん」


「はい。オリビアのおじさま?」


「うーん。これで足りるかなあ」



 持ってきた中で、一番粒の小さい金をルビーちゃんに見せる。

 オリビアの小指の先ほどの、小さな粒だ。

 あら、とルビーちゃんは目を丸くした。



「質のいい金なのだわ! ええ、おじさま。それでしたら、十分にこちらのペアリングと……そうですね。それではいただきすぎなので、この中からブローチをひとつ選んでくださいませ」



 よかった、足りた。

 そうか、あの小さな金の粒では指輪ふたつと、ブローチが買えるくらいの値段なんだな。

 じゃあ、さっき服屋さんで使ったゲンコツくらいの大きさの金って、もしかしてけっこう、ニンゲンにとっては高価だったのかな?


 ルビーちゃんがブローチをたくさん並べているのを眺めながら、ボクはうーむと考え込んでしまう。



「うーん、ニンゲンのお金の勉強もしなくちゃな」



 育児書には、お金のことが書いてあるものは少なかったんだ。

 ボクがブツブツ言っている間にも、オリビアはたくさん並んでいるブローチをひとつひとつじっと見つめていた。


 どれも、真珠細工や銀細工できらきらと輝いている。



「うーん……どうしよう……」



 選びかねているようで、オリビアはほっぺたに手を当てて真剣な表情をしている。

 可愛いなあ。



「どれでも、オリビアが好きなのを選びなよ」


「ねえ、パパ」



 オリビアが、ボクの袖を掴んだ。



「どうしたの?」


「パパが選んで!」



 オリビアのおさげ髪に、黄色いリボンが揺れる。

 ボクが選んだ、お日様の色。



「でも、いいのかい? オリビアのブローチなのに」


「うんっ、パパに選んでほしいの!」



 オリビアの輝く笑顔。

 ボクは、うーんうーんと頭を悩ませて、ふたつの色を選んだ。

 輝くくらいに黄色い石がついたブローチと、朝焼けみたいに真っ赤な石がついたブローチ。



「まあっ、どちらもこの中では、一番よいお品なのだわっ」



 とルビーちゃんが感心してくれる。

 まあ、宝石はずっと身近にあったからね。



「オリビア、どちらがいい?」


「ええっ」


「パパは、どっちもオリビアに似合うと思うんだ」



 ふたつのブローチをじぃっと見つめたオリビアは、しばらくしてそっと赤いブローチに手を伸ばす。そっと、そのブローチをつまみあげると、店内の灯りに照らしてのぞき込む。



「………きめたっ。オリビア、これにする」


「では、お包みいたします。それとも、付けていくかしら。オリビアちゃん、すごく似合っているのだわ!」」



 ルビーちゃんに褒められて、オリビアはくすぐったそうな表情でこくんと頷く。



「パパ、つけて!」



 とオリビアがブローチを差し出してくる。

 そっと服の胸元にブローチを付けてあげると、オリビアはにっこりと笑って、



「この宝石。真っ赤で、綺麗で、パパのおめめの色みたいだよねっ」



 と声を弾ませた。

 オリビアがじっと見つめてくれる、ボクのドラゴンの魔力を秘めた真っ赤な瞳。そうか、それでこのブローチを選んでくれたんだね。


 ボクは、胸がきゅんきゅんと切なくなってしまった。


 きれいに包んでくれたお土産の指輪を受け取って、ボクたちはルビーちゃんに手を振ってさよならをする。


 今日さいごの買い物は、選ぶ時間まで楽しいものになった。

パパが選んでくれたブローチ、オリビアちゃんの宝物ですね。


いつもお読みいただき、ありがとうございます!

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***


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