ドラゴン、街を歩く。
本日は真夜中の更新です。
「また来てくださいね、お嬢様が美味しそうに召し上がってくださるのでパフェが大人気ですわ!」
メイド服の店員さんに見送られて喫茶店を出ると、街はぽかぽかの午後だった。
午前中のなんだか忙しない騒がしさとはちがって、街のざわめきもふっくらとしている気がする。
「ルビーちゃんのお店は、商店街のほうじゃなくて街の一等地にあるんだって」
オリビアが、メモと街中にある道案内の看板を見比べながら歩いている。次は、オリビアのクラスメイトであるルビーちゃんの家が営む宝石店に行くのだ。
つないだ手がぐいぐいと引っ張られるのを感じて、なんだか心強く思う。オリビア、この1年でしっかりしたよなぁ。
「えっと、この辺だと思うんだけど」
うーん、と首をひねっているオリビア。
ボクたちに声をかけてくる人がいた。
「あら、どうしましたか?」
振り向く。
おばあさんだった。
上品な服に、優しそうな目元の皺。
寒い空気にまけないように、厚手のコートと襟巻きをして、手には花束をもっている。
一等地、という街のいちばんいいところを歩いているだけあって、おっとりとしていて、とってもいい人そうだな。
「うふふ、きれいな花でしょう。冬に咲く花よ。花の市場で買った花をね、次の市がひらくまで大事に生けるの」
ボクが、お花をじっと見ているのに気付いて、おばあさんは目元の皺をさらに深くした。
「あのね、おばあさん。オリビア、ここに行きたいのだけれど」
「どれどれ……?」
オリビアの差し出したメモをじっと見つめた、おばあさん。
ふむふむ、と頷きながらメモを読んでいる様子は、なんだか少女みたいにあどけない。
「あら、お嬢さん。このお店ならね、もうひとつ向こうの通りよ」
「わああ、おばあさん。ありがとうございますっ……えへへ、オリビアまちがえちゃった!」
ごめんね、パパ!
そういってボクを見上げてくるオリビア。
おばあさんが、じいっとオリビアとボクを見比べている。
「お嬢さん、とっても楽しそうな顔をしているわ。今日はお父様とお出かけなのねぇ」
いつくしむみたいな、おばあさんの言葉。
ボクは思わず、大きく頷く。
「そうなんですっ!」
「うんっ。オリビア、ずっと楽しみにしてたの」
えっへん、と胸をはるオリビア。
おばあさんは、ころころと笑う。
「……ふふふ、お嬢さん、お父様にそっくりね」
そのおばあさんのセリフに、ボクは息を呑んだ。
「えっ! に、似てますか」
そっくり。
おばあさんは、たしかにそう言った。
「ええ、そっくり。笑いかたなんて、特に」
「そうですか」
ニンゲンの寿命からしても、ボクの千分の一も生きていないだろうおばあさん。
けれど、きっと山でのんびり過ごしていたボクよりも、たくさんのニンゲンを見てきたであろうおばあさん。
そのおばあさんが、ボクとオリビアは「そっくり」と言ってくれたことが、ちょっと、信じられないくらいに嬉しい。
オリビアとは血が繋がっていないけれど、たったひとりの大切な娘なんだ。
そう信じている。
……それを、他の人から認めてもらった気がして。
「えへへっ。そっくりだって、パパ!」
オリビアも、嬉しそうに声を弾ませている。
通りすがりのおばあさん、どうもありがとう!!
「ありがとうございます。あの、お礼といってはなんですが」
ボクは、おばあさんが大事に持っている花束に触れる。
神嶺オリュンピアスに満ちている魔力……ボクが操る魔力の一端を、そっと花に吹き込むと。
「あら? まあ、まぁ!」
ひとつ、またひとつ。
冬に咲くというその花の間から、春の花、夏の花、秋の香りの良い花が咲き乱れる。
ちょっとだけ、もとあった花をいじらせて貰ったんだ。本当は、種とか根っこがあるとやりやすいんだけど……でも、ボクは長年生きているから、これくらいのことはできるのだ。
「あら、あら、まぁ! なんてこと!」
「まあ、これくらいは……長年生きてますから?」
僕の言葉に、おばあさんは吹き出す。
「あら、おどろいた! 私みたいな老人にむかって『長年生きてるから』なんて。おもしろいのね。あなた、きっと高名な魔術師さんなのねぇ。本当にすごいわぁ」
おばあさんが、花束を抱いて小さな女の子みたいな弾んだ声をあげる。
オリビアがすかさずおばあさんに同調する。
「えへへっ、パパすごいでしょ!」
「本当にすごいわね。自慢のお父様でしょう」
「うんっ!」
オリビアは、自信満々にうなずいた。
おばあさんに、バイバイと手を振る。
言われたとおり、一本隣の通りに入れば、宝石店が目に入る。
「あった、ここだよ。パパ!」
「うん、『リリアント宝石店』……って書いてある」
ルビー・リリアント。
それが、オリビアの同級生のルビーちゃんのフルネームだそうだ。なんでも、長期休暇中は修行も兼ねてお店のお手伝いをしているんだって。
オリビアは、よく磨かれた看板を見上げている。
はじめて訪ねる友だちのお店に胸を高鳴らせているようだ。
ボクは、オリビアの背にそっと手を置く。
すると、それに気付いたオリビアがボクに微笑んで。
そうして、二人の声が、かさなる。
「「楽しみだね」」
あっ。
まるきり、同じタイミング。
まるきり、同じ言葉。
それが、オリビアの声とボクの声で重なった。
「えへへっ!」
オリビアが、おかしそうに、嬉しそうに肩をふるわせる。
「パパとオリビア、ほんとにそっくりだね!」
――なんて。
もう、そんな、可愛いこと言って!
「ほんとうだね、オリビア。ボクたち、そっくりだ」
ボクは、もう、飛び上がるくらいにウキウキした気持ちでオリビアの手を取る。
さあ、ルビーちゃんのお店も楽しもうね。
そっくりですね、って言われたパパさん嬉しかっただろうなあ。