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ドラゴン、エルフの賢女王に子育てを説く。

 お昼休みでにぎわうフローレンス女学院。

 6人しかいない選抜クラス、通称ゼロ組の教室にいたオリビアは、ボクをじっと見上げて言った。



「すごい。オリビア、パパに内緒のお願いされちゃった!」


「お願いできるかな、オリビア」


「もちろんだよ、パパ! えへへ、オリビアがんばるね!」


「ありがとう。それじゃあ、たのんだよ」


「うんっ!」



 ボクはオリビアを抱きしめた。

 そうして、お互い別の場所へと向かう。


 オリビアは、昼食を配っている食堂へ。

 そしてボクは、女学院の創設者であるエルフ・フィリスさんとその娘のセラフィちゃんの待っている応接室へと足早にいそいだ。



***



 応接室に行くと、すでにフィリスさんとセラフィちゃんは並んでソファに座っていた。

 こうしてみると、二人はそっくりだ。

 きらきらと宝石みたいな目なんて、特に。


 でも二人とも難しい顔をして……もしかして、ボクがくるまで喋ってもいなかったのかな?

 フィリスさんは白くて丈の長いドレスを着ている。

 セラフィちゃんは、中庭で会ったときの小さな庭師のようなスタイルで、かぶっていたハンチング帽を膝に抱えたまま、じっと膝小僧をながめている。



「ごめんなさい。遅くなっちゃった……っと、その前に失礼」



 ボクは、応接室の窓――中庭に面した窓を大きくあけ放った。

 セラフィちゃんのつくった、美しい中庭の木々が目に嬉しい。


 ……これで、準備完了。


 ボクは、ソファにゆっくりと座る。



「エルドラコ殿。こちらが、わたくしの娘であるセラフィ・ド・リフィリア・ロザリア・エクセリア・グロリィ・カリタス=エト=ヴェリタス・マリアムネ・フローレンスですわ」


「……母うえ、あの、名前は」


「? なんですの、セラフィ・ド・リフィリア・ロザリア・エクセリア・グロリィ・カリタス=エト=ヴェリタス・マリアムネ・フローレンス」


「あ、いや、その……僕、名前はもうすこし」


「エルドラコ殿、申し訳ないですわね。まだマナーがきちんとしていませんの。……とにかく、セラフィ・ド・リフィリア・ロザリア・エクセリア・グロリィ・カリタス=エト=ヴェリタス・マリアムネ・フローレンス。わたくしが、【エルフの賢女王】としての叡智を集めて名付けた、気高くて幸運を呼び込む名前です」


「……よろしく、おじさん」



 フィリスさんの言葉を無視して、セラフィちゃんはボクにぺこりと頭を下げた。



「やあ、さっきぶりだね。セラフィちゃん」


「エルドラコ殿。ぜひ、フルネームで! ……って、娘と面識が?」


「はい。さっき中庭で。そのときは、えっと……」



 ボクは、セラフィちゃんの顔色をうかがってみる。

 中庭では、「セラフィと呼んでほしい」と自分からお願いしてきたのだ。


 でも、いまはきゅっと唇を噛んでいる。

 フィリスさんとそっくりな、キラキラ光る瞳を揺らしている。

 ゆっくりと、ボクはセラフィちゃんにむけて頷いてみせた。


 きっと。

 このふたりは、なんだか誤解しあっているんだ。


 ――ボクは、なるべくフィリスさんを傷つけないように言葉を選ぶ。



「さっき、彼女は『セラフィ』と呼んでほしいって、そう自己紹介していたんです。――えっと、その、セラフィ・ド・リフィリア・ロザリア・エクセリア・グロリィ・カリタス=エト=ヴェリタス・マリアムネ・フローレンスちゃん……すてきな名前だと思います。きっと、フィリスさんが、色々な願いを込めてつけた名前でしょうし」


「まあ、もうフルネームも覚えてくださったのですね!」


「ええ。でも……当の本人は、違うふうに呼ばれたいんじゃないですかね」


「本人? そんなことは……」



 フィリスさんが、傍らに座るセラフィちゃんに視線を送ると。

 意を決したように、セラフィちゃんが声を震わせた。



「な……がいよ」


「えっ?」


「いや、名前長いよっ!!!」



 セラフィちゃんは、きっぱりと叫ぶ。

 うん。

 そうだね、長いね。


 フィリスさんは、その言葉に表情を険しくした。



「なっ」



「長すぎるよ、僕の名前……名前を呼び始めてから呼び終わるまでに、お友達の会話がいくつも進んじゃうんだよ。ご、合格できなかったフローレンス学院の入学テストでも、名前を書いている間にみんなが問題文を読み始めちゃってたんだよ? せ、先生たちは、『セラフィ・フローレンス』でもいいって言ってくれたのに」


「でもっ、あなたの名前は由緒正しく、そして縁起のいい……」


「だからって、いつもフルネームは嫌だよ、僕!」



 堰を切ったように、セラフィちゃんの言葉があふれ出す。

 もしかしたら、いままでちゃんと話をしたことがなかったのかもしれないな。


 セラフィちゃんの言葉に、フィリスさんは顔面を真っ青にしている。

 ガーン! という感じの表情だ。


 ボクは、フィリスさんにそっと言葉をかける。



「あの。よくわかりますよ、フィリスさん……子供に名前をつけるときは、きっと色々な思いや願いを込めるんだって」



 ボクはこれを、『すてきな名付けの大辞典 ~出産ハイに気をつけよう~』という育児書で読んだ。子どもが生まれたてのときは、嬉しくて嬉しくて、子どもに最高の名前をあげようとして、こう……変わった名前とかをつけがちなんだって。


 きっと、フィリスさんも――セラフィちゃんが生まれたときには、すっごく嬉しかったんだろうなぁ。



「でも…………わたくしは、セラフィ・ド・リフィリア・ロザリア・エクセリア・グロリィ・カリタス=エト=ヴェリタス・マリアムネ・フローレンスに、立派な【エルフの賢女王】の跡継ぎになってほしくて」


「母うえ……あの。セラフィ、って呼んでください」


「セラフィ、に……立派なエルフになってほしくて」



 そういって俯いてしまったフィリスさん。

 ボクは、そっと立ち上がる。


 ……さて。

 そろそろ、オリビアも準備ができたころかな。



「そのことなんですが、フィリスさんは普段はあまり学校には来ていないと聞きました」


「? ええ、賢女王としての責務がありますから。学院長のクーリエに実務はまかせています」


「じゃあ、中庭を歩いたことはありますか?」


「中庭……ああ。たしか、そんなものもありましたわね。それが、なにか」



 大きく開け放った窓のそばに立つと――中庭で、ボクのとっても可愛くて頼りになる娘が麦色の三つ編みを揺らして微笑んでいた。



「オリビア、頼むよ」


「うん、パパ。まかせて……えいっ!」



 オリビアが、大きく右腕を振り上げて「えいっ!」と叫ぶと、中庭の上空からひとかたまりの風が吹き込んだ。


 強すぎもせず、弱すぎもせず。


 ニンゲンの髪を大きく揺らすくらいの強さの風が、中庭を満たす土や草や花のステキな香りをまきこんで応接室に吹き込んでくる。


 ばっちりだ。

 ナイス、オリビア!!



「……な、なんですの。まるで、神秘の森のような香りが……それに、色々な季節の花の匂いも。これが、中庭?」



 吹き込んでくる風に長い金髪をなびかせながら、フィリスさんはとまどっている。

 そう。

 フローレンス女学院の中庭は、まるでエルフさんたちが住む森とか、あるいはボクの地元の山みたいな素晴らしい自然と魔力に満ちているのだ。


 それこそ、魔法みたいに。



「フィリスさん。この中庭は……」



 そこまで言って、ボクはセラフィちゃんの背中にそっと手を置く。

 切りそろえた金髪を風にあそばせながら、セラフィちゃんは呆然としていたけれど――そっと、お母さんに真実を告げた。



「この中庭は、ぜんぶ、僕が手入れをしているんだ」


「な、なんですって?」


「母うえが望むみたいなエルフの光魔法は、好きじゃないんだ。強すぎる光は、植物たちを枯らしてしまうから。水魔法、土魔法、そしてちょっぴりの闇魔法……大好きな植物たちがよく育つように、そういう魔法をね。ずっと、僕は勉強していたんだ」



 そう。

 フィリスさんが言う、「セラフィちゃんは魔法の習得に全然前向きではない」というのは――半分間違っていたんだ。


 オリビアに聞いてみたら、セラフィちゃんが色々な種類の魔法を試して【庭園魔法】ともいえる独特の魔法を使っていることがわかった。



「落ちこぼれどころか、セラフィちゃんは素晴らしい研究者ですよ」



 ボクは、思ったままをフィリスさんに伝える。

 すっかり黙ってしまったフィリスさんを、セラフィちゃんは心配そうに見上げてる。



「母うえ……」


「ごめんなさい。セラフィ・ド・リフィリア・ロザリア・エクセリア……いえ、わたくしの大切なセラフィ。わたくし、【エルフの賢女王】の跡継ぎのことで頭がいっぱいで……あなたのこと、全然見ていなかった」



 フィリスさんは膝を折ると、ぎゅうっとセラフィちゃんを抱きしめた。



「あっ、あの、僕……」


「いろいろと、押し付け過ぎていたのかもね……セラフィ」


「母うえ」



 セラフィちゃんが、フィリスさんの背中を抱きしめかえす。

 ぎゅう、と。

 まるで、もっと小さな子どもみたいに。


 ああ、よかった!

 ふたりとも、仲直りしてくれたんだな。



「よかったら、中庭を歩いてみてもいいんじゃないですか?」



 感動の和解をしている二人に、ボクはそんな提案をした。




***




 中庭に出ると、可愛い魔法使いがボクに笑顔を向けてくれる。



「あっ、パパ~!」


「オリビア!」



 いまだに風を起こす魔法を起動し続けていたオリビアに、「ありがとう。もう大丈夫だよ」と伝える。オリビアが腕をおろすと、大きくうねるように吹き続けていた風がやむ。



「ま、まちなさい!」



 フィリスさんが声をあげる。



「今のは……オリビアが吹かせていた風ですの!? 一時的に風を起こすのならばともかく、あんなに連続して風を吹かせ続けるなんて、禁術の天候操作魔法に匹敵する……」


「えっ、オリビアいつもお洗濯乾かすときにやってるよ?」


「……き、聞かなかったことにしますわ」



 天候操作がキンジュツ?

 どういうことだろう。

 ボクもドラゴンの姿のときには雲とか大嵐とか、たまにフーッて吹き飛ばしちゃうことあるんだけど……ニンゲンの世界ではあれってやっちゃだめなのかな。


 気をつけようっと。


 ボクがそんなことを考えていると。

 とことこ駆け寄ってきたオリビアが、ボクの服の裾をチョイチョイッと引っ張った。



「ねえ、パパ。オリビア、上手にできたかなっ」


「うん、ばっちり! さすがオリビアだよ」


「えへへっ、やった~! パパにほめられちゃった!!」



 にこにこと笑うオリビアの頭を撫でてあげる。

 オリビアは嬉しそうに目を細めた。


 その間にも、フィリスさんは中庭を見て回る。

 セラフィちゃんに解説されて、植物が魔法陣を描いていることを知ったときにはとっても驚いていた。


 ふたりは、手をつないで中庭をゆっくりと歩いている。

 その背中は、とっても仲のいい親子そのものだ。



「パパ?」


「なんだい、オリビア?」


「オリビアも、パパと手つなぎたい!」


「よろこんで!」



 ボクは、オリビアに左手を差し出す。

 オリビアの小さな右手が、ボクの手を握り返してくれた。


 そういえば、こうしてオリビアと手をつなぐなんて、なんだか久しぶりだなあ。

 学校に入学してからは、なかなか会えないから。



「ねえ、オリビア。次のお休みに、よかったら街に遊びに行こうか?」


「えっ、ほんとに! やったぁ~!」



 オリビアはぴょんっと飛び上がる。



「とっても楽しみだね! オリビア、学校がんばるよ!」



 ほっぺたを真っ赤にして喜んでいるオリビアに、ボクもとっても嬉しくなる。

 そうだね。どこで、何をして遊ぼうか。

 

 よく聞こえるドラゴンイヤーを澄ましてみると、フィリスさんとセラフィちゃんも同じような相談をしているところだった。



 ああ、次のお休みが待ち遠しいな。

お読みいただき、ありがとうございます( *´艸`)

評価ポイントや感想、とても励みになっています。誤字報告もありがたいです!


***


みなさん、台風気を付けて過ごしてくださいね。

嵐の三連休は、最強ドラゴンと可愛い娘のほっこりストーリーで癒されてください₍₍ (ง ˙ω˙)ว ⁾⁾


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― 新着の感想 ―
[一言] よかったねえ…フィリスさんとセラフィちゃん
2021/04/04 15:45 退会済み
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