ドラゴン、すてきな庭師に懐かれる。
「た、たしかに、僕のほんとうの名前は、セラフィ・ド・リフィリア・ロザリア・エクセリア・グロリィ・カリタス=エト=ヴェリタス・マリアムネ・フローレンス……です、けど」
彼女が頷くと、あごの高さできっちりと切りそろえた金髪が揺れる。
「あれっ、パパ。セラフィちゃんのこと知ってるの?」
オリビアは、セラフィ・ド・リフィリア・ロザリア・エクセリア・グロリィ・カリタス=エト=ヴェリタス・マリアムネ・フローレンスちゃんと顔見知りだという。
オリビアは入学以来この中庭を気に入っていて、毎日のようにベンチに座って木々を眺めていたのだそうだ。そうして、セラフィ・ド・リフィリア・ロザリア・エクセリア・グロリィ・カリタス=エト=ヴェリタス・マリアムネ・フローレンスちゃんが、毎日欠かさずこの中庭の手入れをしているのだということを知ったんだそうだ。
「あのね、セラフィちゃんはお花のこと何でも知ってるの! 中庭の木も、花も、草も、ぜーんぶセラフィちゃんがお手入れしてるんだよ。それに、こないだオリビアが書いた自由研究の草もね、もしかしたら、万能の薬草っていう月光草……エリ草って呼ばれてる薬草じゃないかって教えてくれたんだっ!」
「あれは……たまたまで……」
オリビアの言葉に、セラフィ・ド・リフィリア・ロザリア・エクセリア・グロリィ・カリタス=エト=ヴェリタス・マリアムネ・フローレンスちゃんは、恥ずかしそうにうつむいた。
「えっと、ボクはオリビアの父です。いつも、オリビアと仲良くしてくれてありがとう。セラフィ・ド・リフィリア・ロザリア・エクセリア・グロリィ・カリタス=エト=ヴェリタス・マリアムネ・フローレンスちゃん」
「あ、あのぅ」
「なんだい? セラフィ・ド・リフィリア・ロザリア・エクセリア・グロリィ・カリタス=エト=ヴェリタス・マリアムネ・フローレンスちゃん」
「その、僕のことフルネームで呼ぶのやめてもらえないですかっ!? は、は、恥ずかしいのでっ!!」
と、彼女は叫んだ。
わわっ! とボクは思った。
せっかく素敵なお名前だし、フィリスさんが一生懸命考えたお名前だから、長くてもちゃんと全部覚えなくっちゃと思って、がんばったんだけど。
どうやら、セラフィ・ド・リフィリア・ロザリア・エクセリア・グロリィ・カリタス……じゃなくて、セラフィちゃんにとっては、フルネームで呼ばれるのはあんまり好きじゃないみたいだ。
「そうかい。えっと、セラフィちゃん。こんにちは、いつもオリビアと仲良くしてくれてありがとう」
「えへへ。ありがとう、セラフィちゃんっ!」
「あ、はい。僕のほうこそ、ありがとうございます。オリビアさんには、すごく仲良くしてもらっていて。この学院の生徒でもないのに」
ああ、やっぱり。
セラフィちゃんは制服のローブも、学年色のスカーフも身に着けていない。
そのかわりに、セラフィちゃんのまとっているのは全体的に茶色い服だ。
頭には、緑のチェックがかわいらしい、ハンチング帽。オリビアのお気に入りの絵本で、犬の探偵さんがかぶっていたやつにそっくり。
厚手のジャケットにはたくさんのポケットがついていて、どれもが膨らんでいる。何を入れているんだろう。膝までのズボンのすそはきゅっと締まっていて、綿のソックスをはいた細い足が飛び出ている。大きくて、つま先の丸い革靴。
腰に巻いている革製のベルトとポーチは、大きいハサミや小さいハサミ、使いやすそうなナイフやきっちり巻かれた細めの紐などが整然と収納されている。
他のエルフの人たちみたいな白いドレスとか、キラキラの冠は全然つけていないみたい。
庭師の小さな少年……ってかんじの服装だ。
なんだか、絵本から出て来たみたい。
そのとき、コロンコロンとベルの音が鳴り響く。
授業が終わりの合図だ。
小さな手持ちのベルを持った事務局の人が、コロンコロンと楽しげな音を響かせながら廊下を歩いている。
「あっ、3時間目が始まっちゃう。オリビア、そろそろ行かなくちゃ」
「そうか。ありがとう、オリビア。ピクニック楽しかったって、みんなにも伝えて」
「うんっ! パパもありがとう」
自分の分のバスケットを手に取ると、麦色の三つ編みを揺らして駆け出した。
授業の終わりを告げるベル。たしか、次の授業が始まるまで10分。
いまは、休憩時間だ。
回廊にある教室のドアが次々に開いて、解放されたような声の生徒たちが廊下にあふれでてくる。セラフィちゃんは、それを横目でちらりと見て、ハンチング帽を目深にかぶりなおす。
「……休み時間、嫌い」
セラフィちゃんは、そう呟いてそっと中庭から出ていこうとする。
あ、ちょっと待って!
「セラフィちゃん。あの、よかったら少し話をしたいんだけれど……」
フィリスさんがいる場で話すよりも、とりあえず、セラフィちゃんだけの話を聞いた方がいい気がする。セラフィちゃん、ちょっと恥ずかしがりやさんみたいだし。
「待って、セラフィちゃん」
「……いやです」
「えっと、じゃあ15分後にここで会わないかい? 授業がはじまって、しばらくして静かになったら。……どうだろう?」
ボクの声に、セラフィちゃんはしばらくジッと考えるようなそぶりをしていたけれど無言で去っていった。
こういうときに、無理に引き留めてもセラフィちゃんを「あうあう」させてしまうだけだ……と、我が家の大家さんである魔王さんから学んでいる。そっとしておいて、もしも気が向けばセラフィちゃんから来てくれるかもしれない。
「……それにしても」
女の子たちの笑い声に包まれた休み時間。
中庭を改めて見渡す。
「ほんとうに、素敵なお庭だなぁ」
よっこいしょ、とベンチに腰掛ける。
うん、ニンゲンの姿も悪くはないな。
体は小さいし、かといってパワーは強いままだから気を使わないといけないし。
空を飛ぶこともできないし、火だって吐けない。
ニンゲンの身体は、ちょっと不便なことばっかりだ。
けれど、この中庭のなかで木や花に囲まれて風に吹かれているのは――とっても気持ちいいなあ。
こうして座っているだけで、とっても優しい気持ちになる。
きらきらした光と、いい匂いの土。
オリビアもこの庭を好きだと言っていた。そうだろうなぁ。オリビアは昔から優しくてきれいなものが大好きだったもの。
この中庭を作ったセラフィちゃんも……きっと、優しい女の子なんだろうな。
そんなことを考えながら、ボクはきらめく木漏れ日を眺めた。
***
それから、ずいぶん経った頃。
かさり、と落ち葉を踏む音がした。
「……おじさん」
「セラフィちゃん。ありがとう、来てくれたんだね」
そこには、セラフィちゃんが立っていた。
ボクと距離をとるように、木の陰に隠れるようにして立っている。
「ずっと、ここにいたの?」
聞き取れないくらいに小さな声の質問に、ボクは大きくうなずいた。
「うん。すごく、ステキな庭だから」
「……っ!」
ほとんど動かなかったセラフィちゃんの表情が、ふにゃっと崩れる。
というか、崩れかけたのを、必死でむぎゅっと無表情に直している。魔王さんがよくやる表情だ。口元がむにゃむにゃ~っとなるからよくわかるんだ。
「こ、この中庭のステキさが、おじさんもわかる、の?」
「そうだね。庭はくわしくないけど、昔から木とか草は大好きだよ」
嘘じゃないよ。
何千年も、山でのんびりと暮らすくらいには好きだ。
「そ、そっか……。こっ、この中庭はね、僕が手入れをしているんだ」
「へぇっ、すごいなぁ。こんなにきれいな庭を」
「木とか草とか花が好きで、それで、調べたりした」
「そうなんだ。よっぽど好きなんだね、こんなに見事に……季節の花と、季節外れの花が一緒に咲いているのも、なにか工夫したの?」
「おお……そこに気づくとは、おじさんは見どころがある」
すこしずつ、セラフィちゃんはボクのほうに近づいてきてくれた。
「おじさん、こっち。あれを見て。あれはクリムゾニアの花なんだけど、本当は春先にしか咲かない。だけど、ハルマチ草を根元にたくさん植えることで……」
次々に、木や草を指さして一生懸命説明をしてくれるセラフィちゃん。
その横顔は、とっても楽しそうだ。
うーん。
フィリスさんは、セラフィちゃんのことを「怠け者」って言っていたけれど、全然そんなコトないのになぁ……とボクは不思議に思う。こんなに、好きなことに一生懸命なのに。
「それと。とっておきを見せてあげるっ。おじさん、こっち!」
「わっ、と。そんなに走らないでおくれよっ」
腕を引かれるままに、校舎の北側にある塔を駆け上がる。
てっぺんまでたどり着くと、フローレンス女学院の全体を上から見下ろす形になる。
わあ、高いなぁ。
草原の遠い地平線まで見渡せる。絶景だ。
「見て、おじさん」
「わあ、身を乗り出したら危ないよ」
見て、という言葉のままにセラフィちゃんが指さす下を見ると。
「……へぇ。これは気づかなかったなぁ」
「気温や湿度を一定にする魔法陣だよ」
中庭に植えられている草木。
その配列が、大きな魔法陣を描いていたのだ。
正直、そんな魔法陣なんて使わなくてもドラゴンだったら、身の回りの温度や湿度を調整するのなんてお安い御用なんだけれど――ちいちゃいものたちにとって、それはけっこう大変な魔法なんだと、『子育てライフハック魔導具一覧』という育児書に書いてあった。
「ほんとうは基礎工事の段階で魔法陣を描いた土地に庭園を造るのが主流なんだけど……植物の配置で描いたらどうなるのかなって、やってみたら、大成功」
「すごいじゃないか、セラフィちゃん! だからあの中庭は、あんなに気持ちがいいんだねぇ」
ボクは、素直な感想を伝える。
まだ12歳か13歳なのに、自分で工夫をして、あんなに素敵な中庭を作るなんて!
それって、結構、すごいことだとおもう。
「……でも、母うえは喜ばないよ」
ボクの言葉に、少しだけほっぺたを染めたセラフィちゃんは、ふいっと背中を向けてしまった。
「おじさん、オリビアのお父さん……エルドラコさんでしょ。午後になったらおじさんから教えを乞うんだって、母うえに言われたよ」
「そうだったの。うん、ボクがエルドラコだ」
「僕みたいな劣等生に時間をとらせて、ごめんなさい……でも、母うえの望むようには、できないと思うんだ」
それじゃ、と。
セラフィちゃんは塔の階段を駆け下りてしまった。
ボクはその背中を、黙って見送る。
だって、セラフィちゃんが少し泣きそうになっているのを見てしまったから。
「うーん……」
ボクは、腕組みをして考える。
なんだか、娘のセラフィちゃんもお母さんのフィリスさんも、お互いをよく思っていない?
というか、お互いのことを知らないんじゃないか……と。そんなギモンが浮かび上がってきた。
ランチをしながら、フィリスさんの子育て相談に乗ることになっている。
たぶん、そこにセラフィちゃんが同席するんだろう。
「どうにか、いい方向にいくといいんだけど」
ボクは、うーんうーんと頭をひねりながら塔の階段を下りていった。
ころんころころ、と。
お昼休みの時間を告げるベルが鳴っている。
幼き庭師エルフのセラフィちゃん(かわいい)
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