ドラゴン、エルフの賢女王に「お願い」される。
フィリスさんは、ボクを応接室に招き入れると神妙な表情で話し始めた。
いわゆる、身の上話っていうやつだ。
ボク、オリビアや魔王さんたち以外とこんなに話すのはじめてだ。
「私の属するフローレンス一族は、エルフのなかでも優秀な血筋です……娘にも、フローレンス一族が代々戴いている称号【賢女王】を襲名してほしいと思っているのですが……」
「ですが?」
「娘はどうにも、魔法の習得に前向きではないのです」
「好きじゃないんですか?」
「ええ、ええ。そうだと思います」
はぁ、とフィリスさんはこめかみをおさえて、大きなため息。
「実は、私の【賢女王】としての任期は、あとわずかしかないのです」
「どれくらいですか?」
「250年」
「わぁっ! それはわずかですね」
「えっ」
フィリスさんは、ボクのことをまじまじと見つめて首を傾げる。
「エルドラコさん……人間のわりには、よく事情がお分かりですね」
「あ、はは……その、エルフの知り合いがいるもので」
これは嘘じゃないぞ。
ボクの祠にたまに遊びに来ていたおじいさんは、エルフだって言ってた気がする。もう500年くらい会ってないけど、元気かな。
「そうですか。では、ご存じかもしれませんが……エルフは500年に一度だけ生殖期が訪れるのです。娘が生まれたのはたったの12年前ですから、私の任期が終わるまでに新たに子を成すこともできません」
「うーん」
「せめて、あの子がもっと魔法に興味をもってくれたらいいと思っているのです……フローレンス家の修めてきた光魔法をもって、【賢女王】の座についてくれたらと」
ボク、オリビアには『元気で幸せでいてね』っていう願いしかないんだよな。
オリビアが、どうかいつまでも笑顔でいられますように。
そのために必要なことはするけれど、「何かしてほしい」とか「こうなってほしい」っていうのは、あんまり……。
「その、フィリスさん。ボク、あまりお役に立てないと思うんですけど」
「そこをなんとか、この通り!!」
フィリスさん、ガバリと立ち上がるとボクに深々とお辞儀をした。
なんだか、お辞儀しなれていないのかギクシャクした動きだ。
エルフって、けっこういろんな国や組織で偉い地位についている人が多いって『13歳からはじめるお仕事えらび』っていう児童書に書いてあったもんな。
「あの、そのぅ……」
「オリビアさんをしっかりお預かりしますのでっ、この通り!」
ふかぶか~っと頭を下げるフィリスさん。
ううぅん、とボクは腕組みをして考える。
あ、余談だけれど、考え事をするときに腕組みをすると、すごくニンゲンっぽいということに最近気づいたボクである。
「えっと、じゃあ……とりあえず話だけでも」
と、ボクがいうとフィリスさんはパァっと明るい表情になった。
「あ、ありがとうございますっ!」
「えぇっと、娘さんのお名前は?」
ボクが質問すると、フィリアさんは何故か大きく息を吸い込んで――
「セラフィ・ド・リフィリア・ロザリア・エクセリア・グロリィ・カリタス=エト=ヴェリタス・マリアムネ・フローレンス」
「…………へ?」
「ですから、セラフィ・ド・リフィリア・ロザリア・エクセリア・グロリィ・カリタス=エト=ヴェリタス・マリアムネ・フローレンスです」
「え、えぇっ!?」
え、なに。
もしかして、いまの名前?
「我らエルフ族の言葉で、『天使のごとき薔薇の娘に再び満つる栄光と慈愛と叡智あれ』という意味の名前です。素敵でしょう!」
「は、はあ」
えへん、と胸を張るフィリスさん。
一応、ボクは質問してみる。
「学院長さんのお名前は、フィリスさんですよね」
「えぇ。フィリス・フローレンス。偉大なる母フィリア・フローレンスの娘ですわ!」
「それで、娘さんは……」
「セラフィ・ド・リフィリア・ロザリア・エクセリア・グロリィ・カリタス=エト=ヴェリタス・マリアムネ・フローレンス」
「えっと、セラフィ・ド・リフィ……?」
「セラフィ・ド・リフィリア・ロザリア・エクセリア・グロリィ・カリタス=エト=ヴェリタス・マリアムネ・フローレンス、ですわ」
「わ、わぁ……」
ボクは、うーむと考える。
そんなに長い名前、覚えられるのだろうか……と。
***
とりあえず迎えた、翌朝。
朝早くの中庭。ボクはベンチに座って考えていた。
フィリスさんの相談……娘さんに一度会ってみてほしい、そして子育てのアドバイスをくれないかというお願いに応えるまでは、フローレンス女学院の貴賓として宿泊させてくれるのだそうだ。お布団もふかふかだし、お食事も、とびきり豪華でおいしいのを用意してもらえる。
ボクは早朝に起き出し、こうしてフローレンス女学院の中庭で朝日を浴びてぽかぽかしているのだ。ひんやりした空気と、朝日のぽかぽかが気持ちいい。
それにしても、本当に美しい中庭だな。
季節の花が咲き乱れていて、枯れた植物が一本も見当たらない。
彫刻や噴水との調和もとってもとれているし、とても清潔な空気が満ちている。
「フィリスさんのおじょうさん……エルフとはいえ、まだ13歳だからオリビアと変わらない年なんだよな」
中庭の風景を眺めながら、ボクはフィリスさんの相談を頭の中で繰り返す。
娘さんは魔法のことを学ぶのが好きじゃないみたいだ、ってフィリスさんは言っていたけれど……いったい、どうしてなんだろう。
エルフという種族は、魔法がとっても得意って『種族別の子育て』っていう育児書で読んだけど。
ぽかぽかの朝日のなかで、ボクが考えていると。
ボクの視界が、いきなり塞がれた。まっくら。
「わわっ」
「だーれだっ」
そうしてすぐに、可愛い声がする。
ああ。
目隠ししてたってわかるよ。ボクが世界でいちばん好きな声だもの。
「オリビア」
「えへへっ、失敗~」
ふわっと、目隠しがとれて明るい光が目に飛び込んでくる。
振り返ると、制服に黒マント姿のオリビアが立っていた。ふだん、学校では三つ編みにしている麦色の髪の毛はおろされていて、そよ風にふわふわ揺れている。
「どうしたんだい、オリビア」
「パパが、あとちょっとだけ学校にいるって先生から聞いて、オリビアとってもうれしくなっちゃってね。パパを探しに来たのっ」
「そうなんだ!」
わあ、うれしいよオリビア!
朝からオリビアの笑顔を見るだけで、元気がむくむくと湧いてくるようだ。
「パパ、きっとこの中庭が気に入るだろうなって。オリビア、1学期からずっと思ってたの!」
「うん。パパ、この中庭好きだよ」
「オリビアも!」
弾むような声で、オリビアがこたえる。
ボクの隣にちょこんと腰かけたオリビア。
「ねえ、オリビア。リボンはもっている?」
「うん、もってるよ」
「久しぶりに、パパが三つ編みしてあげようか」
「ほんとにっ! やったぁ」
ベンチに座ったまま、ぴょんぴょんと身体を弾ませるオリビア。
学年色の赤いリボンで、三つ編みのおさげを作ってあげる。
オリビアの麦色の髪を編み上げながら、ボクは思う。
「パパはね、オリビア」
「なぁに?」
「もしも、オリビアが勉強や魔法が好きじゃなくっても、オリビアが上手にできることが今より少なかったとしてもね……今と変わらず、オリビアのことを大切だと感じると思うんだ」
「うん。パパがお料理もへたっぴで、ちょっと弱かったとしても、オリビアはパパのこと好きだよ」
「そうか。うん、ありがとう」
そんな話をしながら、ボクは考えた。
――フィリスさんは、娘さんのことをどう思っているんだろう。
もしも、魔法の勉強をしない娘さんのことを、フィリスさんが嫌っていたとしたら……それは悲しいことだなあ。そう、ボクは思う。
「さあ、できた」
オリビアの髪が編みあがる。
「ありがとう、パパ!」
そう微笑むオリビアは、記憶よりもちょっとだけ髪も背も伸びている気がした。
ああ。
ニンゲンの子どもは、本当にあっという間に大きくなるんだなあ。
じゃあね、と手を振りながら元気に朝の集会へと向かうオリビアの背中を見ながら、ボクはなんだかしみじみしてしまった。
オリビアの三つ編み、可愛い(確信)
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