ドラゴン、任命式に参列する。
オリビアの試験が無事に終わって、ボクは安心してぐっすりと眠った。
朝はやく。
ボクが泊っているフローレンス女学院の客間をノックしたのは、事務局の女の人だった。
「おはようございます、エルドラコさん」
「あわ、おはようございます……すみません、こんな格好で」
ボクはパジャマ姿だった。
ノックに驚いてドラゴンに戻ったりしなくてよかったな。お部屋、壊れちゃうので。
「いいえ。今後のスケジュールが決まったので、お伝えをしに来ました。それにしても、すごいですね、お嬢さん。【王の学徒】の選抜に合格したそうじゃないですか」
もう知っているんだ。
オリビアのことを褒められて、ボクは朝から嬉しい気持ちになった。
「ありがとうございます。えっと、スケジュールというのは……」
「ええ。【王の学徒】への任命式です……といっても、今回はオリビアさんの希望もあり、大規模なものではなく学院内でのものになりますが。急ですが、本日の夕食前に行われる学校集会で実施します」
「えっと、それってボクも参加してもいいんですかね」
「もちろん。その後、もう一泊されても構いません」
「ありがとうございます。じゃあ、そうさせてもらおうかな……あっ」
「あ?」
ボクは、ふと思いついてしまった。
オリビアの晴れ姿を見たら喜んでくれる人が、家で待っていることを。
「ちょっと、それまで外出してもいいですか?」
「それは、構いませんが……」
事務局員さんにお礼をいって、ボクは身支度をはじめる。
ようし、ビューンとひとっ飛びして――魔王さんとクラウリアさんを連れてこよう。
***
往復に丸半日かかって、ボクは魔王さんとクラウリアさんをフローレンス女学院まで連れてくることに成功した。
魔王さんはやっぱり外出を嫌がってぐずっていたので、黒猫の姿に化けてもらった。今も、クラウリアさんの胸元にすっぽりと収まっている。
「あう……まさか、古代竜の背中に乗る日がくるとはなぁ。わ、我も落ちたものよっ!」
なんて魔王さんは言うけれど、黒猫のしっぽが嬉しそうにゆるゆる揺れている。
空の旅、楽しんでもらってよかったな。
「それにしても、ひと学年100人でしたっけ。6学年集まると迫力がありますねえ」
クラウリアさんが、魔王さんの頭をなでなでしながら講堂を見渡す。
ボクたちは、全体集会が行われる講堂の一番後ろに座って【王の学徒】の任命式の開始を待っている。クラウリアさんの言う通り、オリビアたち第1学年から、第6学年まで全校生徒がそろった講堂は、けっこう迫力がある。
すごいなあ……みんな、女の子だもの。
しばらくすると、学院長のクーリエさんが厳かに壇上で話始める。
「皆さんには、すでにお知らせしている通り、実に100年ぶりに我らがフローレンス女学院から特別奨学生、【王の学徒】が選出されることになりました」
拍手が、生徒たちから湧き上がる。
さらに、クーリエさんは続ける。
「しかも、今回選出された【王の学徒】は、特別扱いを望んでいません――この学園で、変わらぬ学校生活を送ることを決めました。もちろん、【王の学徒】としての学びも怠らない、という条件付きで。……お友達との交わりを、彼女は選んだのです。わたしも、彼女から学院長として大切なことをもう一度教わった気持ちです」
その言葉に、もう一度生徒たちが拍手をした。
ボクたちもクーリエさんに拍手を送る。
多すぎも少なすぎもない言葉で、オリビアの気持ちを生徒たちに伝えてくれているな、とボクは嬉しくなった。
「それでは、ご紹介しましょう――100年ぶりにフローレンス女学院から選出された【王の学徒】、第一学年ゼロ組オリビア・エルドラコさんです」
紹介されてオリビアが壇上にあがると、さらに拍手は大きくなる。
「まあ、神童っていう噂は本当だったのね」
「すごいなぁ、あんなに小さいのに」
「性格もすごくいいんだって、ゼロ組以外の生徒とも仲がいいらしいよ」
「まぁっ、ゼロ組の皆さんに見習ってほしいくらいだわ」
ささやきあう生徒たちの言葉を聞いて、ボクは鼻高々だった。
どうですか、うちの娘は素敵でしょ!
そして、壇上のオリビアが挨拶をする。
短くて、立派な挨拶だった。最後に、にこにこ笑いながら、
「この学院に入学させてくれた、大好きな父に感謝しています」
っていう言葉を聞いたときには涙がでてきちゃった。
父、だって!
いつも、「パパ~」と屈託のない笑顔で駆け寄ってくるオリビアだけれど、よそではボクのこと「父」っていえるくらいに、立派に育っているんだ。
オリビアに、惜しみない賛辞を!
その後、厳かに現れた学院の創設者フィリスさんから、オリビアは黒いビロードのマントを授与された。なんでも、紋章のついた黒いビロードのマントが【王の学徒】の証なのだそうだ。
お尻あたりまでをすっぽりと覆うサイズで、オリビアが動くたびに揺れるマント。
か、か、可愛い!!
オリビアったら、なんだって似合うんだから……困っちゃうなぁ。
***
集会が終わる。
聖歌隊の歌声にあわせて、生徒たちは列になって退場していった。
「少し見ないあいだに大きくなりましたね。オリビアさん」
と、クラウリアさん。
その胸元で、魔王さんが「あうぅ~」と不満そうに鳴いている。
ごにょごにょ、と呟いているのを聞く限り、オリビアの晴れ姿は嬉しいけれど、人がたくさんいる空間が魔王さん的には辛いらしい。
「うぅ……軍を率いてたときの超ブラック中間管理職っぷりを思い出してしまう~。クラウリア、はやく帰ろうよぅ」
とのことだった。
そうか、魔王さんも苦労しているんだなあ……軍を率いているなんて、ひとりで悠々と暮らしていたボクには想像できないな。
「って、中間管理職?」
「あう。我は魔界最深部にいる父上の命のもとで魔王やってるのだ。まあ、そんな話はあとにして、早く帰ろうっ。オリビアのいいところ見られて、我はもう満足……っって、あうぅ~~!?」
クラウリアさんを誘導するように、床に降りてテチテチ歩いていた黒猫姿の魔王さんは、講堂を出た瞬間に叫び声をあげた。
どうしたんだろう。
そう思って、慌てて追いかけてみると。
「猫ちゃん、可愛いわ!」
「ねえ、今喋ってなかったかしら?」
「みて、かわいい羊の角……あら、これ本物ね」
「もしかして、キメラとか。それにしても、なんて可愛いのかしら!」
魔王さん、生徒たちに取り囲まれていた。
口々に「可愛い」「かわいい」と言われて、シビビとしっぽの毛を逆立てている。
すると、オリビアがやってきた。
真新しいビロードのマントが、オリビアが歩くのにあわせて揺れている。
「パパ! それに、お姉ちゃんたちも!」
「オリビア! マント、すごく似合っているよ」
「えへへ、パパ、ありがとう!」
オリビアがにっこりと笑う。
魔王さんを取り囲んでいた生徒たちが、わっと声を上げた。「オリビアさんのご家族だったのね」、と目を輝かせているし、「かっこういいお父様で、うらやましいわぁ」という声もした。
うーん、ちょっと照れるなあ。
でも、オリビアのパパとしてかっこういいって言ってもらえるのは、素直に嬉しい!
「えへへ、マレーディアお姉ちゃんもいる」
言いながら、オリビアは黒猫姿の魔王さんを抱き上げた。
姿が変わっても、オリビアにはちゃんと魔王さんだってわかるんだ。
「オリビアの、たいせつなお友達なの!」
笑顔で魔王さんに頬ずりするオリビア。
魔王さんも、オリビアに抱き上げられて、なんとなく落ち着いたみたいで、アグアグと喉を鳴らしていた。ほんとの猫みたいだな。
ひとしきり生徒さんたちにちやほやされた魔王さんは、「ふふんっ、我の可愛さに気づくとは小娘たちもなかなかやるな!」とほくほく顔だった。クラウリアさんに抱かれて、そうそうに帰っていったけれど――うん、魔王さんもちょっとは学校を楽しめたかな。
***
魔王さんたちの乗った馬車が走り去るのを見送って、さてボクもオリビアに挨拶をして、お家に帰ろうかなと思っていると――
「……エルドラコ殿」
そう声をかけられた。
聞き覚えのある声に振り返る。
そこに立っていたのは、フィリスさんだった。
「あ、理事長さん。今回はありがとうございました、調子が悪いのにオリビアの試験をしてもらって」
「こ、こほん! その件は、もういいのですっ。エルドラコ殿に、すこし相談があって声をかけさせていただきました」
「え? オリビアのことではなく」
「はい。これは個人的な相談なので……できれば、誰にも言ってほしくないのですが」
「それは、大丈夫ですが」
どうせ、お家に帰ったらのんびり過ごすだけだ。
魔王さんやクラウリアさんとしか話さない。それに、たぶんあの二人は、他人の相談事に興味はないだろうし。
「実は、ですね……オリビアは非常に優秀で、しかも父上であるエルドラコ殿との関係もいい。羨ましいくらいです。なので、その」
フィリスさんは、美しい髪をもてあそぶ。
そうして、おずおずとボクに言った。
「私の、子育ての相談に乗ってほしいのです」
え?
子育ての、相談?
幼女の黒マント、可愛い(確信)
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