ドラゴン、試験に立ち会う。1
「さあ、遠慮せずに。全力でかかっていらっしゃい」
フィリスさんは厳かに宣言した。
「ぜ、全力……ですか」
オリビアは困った顔で僕を見た。
***
オリビアが特別奨学生である【王の学徒】に選ばれるための試験の内容は、こう言うものだった。
フィリスさんが、聖なる魔力でオリビアを攻撃する。
オリビアがそれを防御できるかを試験する。
次に、それを交換する。
つまり、オリビアがフィリスさんの作った結界を破る――と。
けっこうシンプルだなー。
ボクがそう思っていると、クーリエさんがそっと囁く。
「安心してください。まさか、フィリス様にオリビアさんが勝てるなんて思っていません。あくまで、形のうえでの話ですよ」
「はぁ」
「つまりは、成功しなくても【王の学徒】になれる可能性がある、ということです。そんなに心配そうな顔をしないでいいですよ」
「あー、いや。そうですね」
えっと、ボクが心配しているのはそういうことじゃなくて。
オリビア……全力を出すなって、魔王さんに言われてなかったっけ?
オリビアの魔法の師匠である魔王さんが話していたことを、ボクは思い出す。
たしか、こんなこと言ってたよな。
ほわんほわんほわん、ドラドラ〜。
『オリビア、いいか。学校とやらに行くのはよいが、そのためには全力を出さない練習をしなくてはいけないのであるぞっ! この魔王マレーディア直伝の魔法、我が右腕である麗しき女魔族騎士長クラウリア直伝の剣術に体術っ、もうね、それだけでチート級っていうか? 我ってば、この城だから耐えられる出力の魔法とかも教えてるしっ、だから、学校で全力だしちゃダメだからね、絶対!』
そうそう。
そんなことを言ってたよ!
「パパ……」
不安げなオリビア。
ボクは、少しだけ考えて、オリビアに力強く頷いて見せる。
「大丈夫。理事長先生がそう言ってるんだから、全力を出して大丈夫ってことだよ」
エルフの賢女王っていうくらいだから、きっと全力を出しても大丈夫さ。
魔王さんは、こう言ってたんだ。「人間の前では」本気をだしちゃいけないって。
ということは、相手はエルフだから大丈夫ってことだよ。
フィリスさん、さっき叡智がどうとか言ってたし。
ボクの後押しに、オリビアは意を決したように一歩前に出た。
「……理事長先生、よろしくお願いしますっ」
「ええ。あなたの全力、見せてもらうわね」
ゆうゆうと、フィリスさんは微笑んでいる。
やっぱり、余裕がある佇まいだなあ。
さすがエルフの賢女王。きっと、すごく強いんだろうな。
***
まずは、フィリスさんがオリビアを攻撃する番だ。
学院長のクーリエさんが、ボクにそっと耳打ちする。
「ご安心ください、お父さま。命は危険にならない程度に加減してくださるはず……そもそも、フィリス様の全力の攻撃に耐えられるものなど、世界広しといえど数えるほどもいないでしょうから」
「そ、そんなに強いんですね」
なるほど。
そういうことは育児書に載っていないから、ボクもうといんだよな。
「それでは、開始の合図と同時に魔法を展開してください」
クーリエさんの言葉に、オリビアは元気よく返事をする。
「はいっ」
「それでは――はじめっ!」
フィリスさんが、動く。
ボクのお気に入りの石がついた杖、【久遠の玉杖】を振りかざす。
「――光線弾」
「っ、えいっ!」
ボクのお気に入りの宝玉が、カッと光る。
わあ、すごい。あのきれいな石、ああいう使い方ができるんだな。
フィリスさんの放った光線が、オリビアを包む――と。
「まあ、まったく無傷というわけにもいかないでしょう。ここで自分の実力とフィリス様の叡智の差を思い知るための厳しい試験ですから……って、えぇえぇっ!?」
「あ、オリビア! 無事でよかった〜」
光が晴れるとオリビアは、なんの傷もなく立っていた。
よかった!!
ボク、オリビアが怪我をしていたらちょっと暴れちゃうところだったよ。
怪我する可能性があるんなら、先に言ってくれなくちゃ。
きゅうっと目をつぶっているオリビア。
大丈夫かな、まぶしかったのかな。
「な、な……」
フィリスさんが、玉杖を持ったままガクガクとふるえている。
不思議そうに、【久遠の玉杖】とオリビアを見比べている。
沈黙がしばらくつづいたあと、オリビアがこてんと首を傾げた。
「えっと……防御の試験は、いまのでおしまいでいいですか?」
「っ、あ、あわ、いいいいかにも! そうね、オリビアさん。あなたはずいぶん防御魔法が得意なようね」
フィリスさんがごほんこほんと咳払いをする。
とりあえず、前半戦は合格みたいだ。
すごいなあ、オリビア。
「つ、次。オリビアさんの攻撃です」
攻守交代。
次は、フィリスさんが防御だ。
「エルフの光魔法の真髄は、防御や癒しです……さ、さきほどと同じようにはいかないと考えなさい。全力を尽くすことが、このフィリス・フローレンスへの礼儀だと心得るのですっ!」
「はいっ、わかりました!」
オリビアはやっぱりいいお返事だ。
もう夜も遅いし眠いだろうに、なんて偉いんだろうウチの子は。
クーリエさんが、手を高く掲げる。
「そ、それでは……はじめっ!!」
すかさず、フィリスさんが動く。
「編まれよ、遍く光の糸――防御結界【水光鏡】!!」
とたんに。
ボクのお気に入りの虹色の宝玉が光り輝いて、天井までそびえる魔法陣が展開する。
ひとつひとつが強い魔力を纏っているのがわかる。
なるほど、さっきよりも強い魔法だ。エルフっていう人たちは、こういう魔法が得意なんだな。
ボクは、オリビアを見守る。
「本気……本気、かぁ」
オリビアは、必死で何かを考えているみたいだ。
それはそうだ。
今まで出したことのない全力を出すって、とっても大変なことだから。
もしも、全力でやって失敗してしまったら……それは、成長途中のニンゲンの子供にとって恐ろしいことだと、いろいろな育児書に書いてあった。
「よしっ。パパ、マレーディアお姉ちゃん、クラウリアお姉ちゃん。オリビア、全力っていうの出してみるよっ!」
オリビアはゆっくりと、フィリスさんの結界のほうに歩み寄る。
「? オリビアさんは、なにを。魔法で展開された結界は、魔法でしか破れないはずです。初級の理論ですよ」
「あ、いや。あれ、たぶん魔法です」
ボクがオリビアの意図を理解して呟くと、クーリエさんは「はあ?」と怪訝な顔をする。
そのとき。
「えいっ!!」
オリビアが、それはそれはきれいなフォームでフィリスさんの防御結界にパンチした。
あれは、魔王さんの得意な闇魔法をまとった拳をクラウリアさん直伝の体術に乗せて放っているのだ。
そうか。
あれが、オリビアの考えた“全力”なんだ。
ボクは、胸がじぃんとなってしまった。
オリビアにとって、お家でいっしょに暮している魔王さんとクラウリアさんは――こういうときに頼るべき、「お姉ちゃん」なんだね。
ピシッ、と高い音がする。
それをきっかけにしたように、フィリスさんの結界は細かい破片になって砕け散り――夜の演習場に舞い散っていった。
「な、んですって!? ……フィリス様の結界を、や、やぶった」
しかも、パンチで?
クーリエさんが呆然とつぶやく。
いや、魔法ですよ。あれは。
「……ご、」
同じように呆然としていたフィリスさんが、聴こえないくらいに小さな声で宣言する。
「合格、です。オリビア・エルドラコ……この才能、本物です。そんな、わ、わたくしが……」
「や、やったー!!」
その声に、オリビアがぴょーんと飛び上がる。
駆け寄ってきたオリビアを、ボクは全身で抱きしめた。
「すごいよ、オリビア! 合格だって。頑張ったねぇ!」
「えへへっ、あのねっ、オリビアちょっと緊張しちゃった」
「本当かい。そうは見えなかったよ」
「そうかなっ、えへへっ……」
ぎゅう、と柔らかな頬を擦り付けてくるオリビア。
なんて可愛らしいんだろう。
「これでオリビア、みんなといっしょにお勉強していいんだよねっ」
「そうだよ。さっき、先生たちが約束してくれていたから」
「そっかあ」
オリビアは、心の底から安心したように息をついた。
そうか。
これはオリビアにとって、友達との時間を守るための負けられない戦いだったんだね。
それに、自分で立ち向かったんだ。
オリビア。君はボクの、自慢の娘だよ。
ボクが感慨にふけっていると。
「でもね、パパ」
と、オリビアは、すこし悔しそうに口を尖らせた。
なんだい、と優しく問い掛ければ、内緒話をするようにオリビアは囁く。
「やっぱり、全力ってちょっと難しいみたい。オリビア、恥ずかしくって……ちょっと遠慮、しちゃったの」
えへへ、と笑うオリビアは世界一可愛かった。
ボクは、にっこりと微笑んで見せる。
「大丈夫。これからは、フィリスさんの胸を借りて、いっぱいオリビアの全力を出す練習をさせてもらいなさい。さっき、フィリスさんそう言っていただろう?」
「うん、パパ! あ、でもマレーディアお姉ちゃんが、ビームは絶対ダメ!! って言ってるから、それはちゃんと守るね。なんか、学校壊れちゃうんだって!!」
学校、壊れちゃったらやだもんね。
ボクの言葉に、オリビアは弾んだ声で頷いた。
その後ろで、フィリスさんが「ヒエッ!!」と悲鳴を上げていたけれど。
どうしたんだろう……虫でもいたのかな?
フィリスさん、完敗でしたね……っ!
お読みいただき、ありがとうございます。
次回、オリビアの考えについてのクーリエさんの気持ちを動かす出来事が。
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