ドラゴン、三者面談をする。
夜。
フローレンス女学院の応接室には4人が集まった。オリビア、ボク、それから校長先生のクーリエさんに、理事長でこのフローレンス女学院の創設者であるエルフのフィリスさん。
ランタンの灯がゆらめいて、ボクたちの座ったソファに影を落とす。
ボクは、オリビアにそっと尋ねた。
「……オリビア、夕飯はなんだったんだい?」
「えへへっ、はんばーぐだよ!」
「わあ、ごちそうだね?」
「うんっ、ごちそう~。パパも食べられたらよかったね」
「そうだねぇ。ありがとう、オリビア」
なんて話をしていると、クーリエさんが大きく咳払いをした。
「……こほんっ! お話を始めてもよろしいでしょうか」
「あ、はい。すみません、つい楽しくて」
「親子仲がよろしいのですね」
「はいっ!」
間髪入れずにオリビアがいい返事をしてくれる。
ありがとう、オリビア。いつまでも仲良しでいてね。
「それで、本題ですが」
「特別奨学生のこと、ですね……オリビアには、ボクから説明していいでしょうか」
「いいえ。学院の大変重要な決定事項ですので、学院長である私からオリビアさんに直接お伝えさせていただきます」
クーリエさんは、ぴしゃりとボクの申し出を断ってオリビアに説明を始める。
「これは、非常に名誉ある決定です。オリビア・エルドラコさん、あなたを特別奨学生【王の学徒】として推薦することになりました」
クーリエさんは、淡々と説明を続ける。
【王の学徒】は百年ぶりに選ばれる名誉ある立場なこと。
学生の身でありながら、お給料がでること。
学院では飛び級扱いで必要な授業だけをうけて、他はフィリスさんの特別指導をうけること。
寮ではなくフィリスさんの邸宅に住み込みになること。
オリビアは、両手をきちんと膝の上において「ふむふむ」と聞き入っている。
ボクはじっと、オリビアの様子を見ていた。
はじめは、目をキラキラさせていたオリビア。
「寮から出なくてはいけない」「授業も飛び級」という話がでてきてから、すこし表情が曇り始めたのがわかった。やっぱり、お友達と離れたくないんだね。
「わかりましたか、オリビア・エルドラコさん。これは大変名誉ある申し出なのです……まさか、断るなどということは」
「お断り、できませんか?」
「…………はっ?」
オリビアの言葉に、クーリエさんが目を見開いて硬直する。
隣に座っているフィリスさんは、「ふふっ」とおかしそうに笑っている。
「どういうことですか、エルドラコさん!?」
「えっと……あの、オリビアを選んでくれたのは、すごく嬉しいことなんです。学院長先生、ありがとうございます」
オリビアは、ぺこりと頭をさげる。
「でも、その。学院のお友達となかよくできるのが、とってもうれしいんです。おうちに帰ったときも、オリビアがお友達と過ごしたお話をするときに……パパが、いちばん、たのしい顔をしてくれるんです」
言葉を選んで、オリビアは一生懸命に自分の思いを、考えを、誠実に伝えようとしていた。
出会ったときには、ほとんどしゃべることのできなかったオリビアが、こんなに大きくなったんだなぁ。ボクは、じぃんっと胸が熱くなるのを感じる。
「だから、【王の学徒】というのになるのは嬉しいですけど……お友達と離れるのは、嫌です」
「な、な、なっ」
「……オリビアの考えはこうみたいなんですが、どうでしょうか。クーリエさん」
ぷるぷると震えているクーリエさんに、ボクはもう一度お伺いをたててみる。
うーん、もしかして、ちょっと怒ってる?
「し、信じられません! 親が親なら、子も子……我がフローレンス女学院の特別奨学生を断るなんてっ、は、は、恥知らずな……っ!!」
「でも、お友達のほうが大切なので」
きっぱりと、オリビアが宣言した。
すると、それまで黙って聞いていたフィリスさんがおもむろに立ち上がる。
「……ふふっ、いいでしょう。オリビア・エルドラコ、気に入りました」
「え?」
「栄誉や損得よりも、仲間を思う気持ち……そんなもの、永らく存在すら忘れていました。純粋な子なのね。……最終試験に進みなさい。このフィリス・フローレンスの試験を見事に突破することができたら、あなたの望む条件をすべて叶えたうえで【王の学徒】たる特別奨学生になることを許します」
「それって、今まで通り寮に住んで、学校で授業を受けていいってことですか!?」
「いかにも。ただし、放課後や週末・朝にわたくしの特別指導を受けること……それから、ゆくゆくはわたくしの仕事のお手伝いをしてもらうこともあるかもしれませんが」
「そんな、フィリス様」
「いいのです、クーリエ。そも、特別奨学生というのも必ず定めねばならぬわけでもない身分でしょう」
応接室から出ていくフィリスさんを、クーリエさんが慌てて追いかける。
部屋から出ていく寸前に、ボクたちを指さしてクーリエさんが慌ただしく言う。
「エルドラコさん。すぐに魔法実習場においでなさい、試験はそこで行うことになっています!」
「はいっ!」
オリビアがぴょんっと立ち上がった。
魔法実習場、っていうとさっきの場所か。ダンスパーティとかもやるような、広くてきれいなホールだった。
あ、でも、ここからどうやって行くんだっけ。
学院内は広いから、一度で覚えるのは大変だなあ。
「パパ、いこう」
オリビアが、ボクの手を引っ張る。
ああ、そうか。
オリビアはこの学院のこと、ボクよりうんと詳しいんだ。
***
準備をする、というフィリスさんがやってくるのを待つ間、クーリエさんがぽつぽつと世間話をしてくれた。
「エルドラコさん、なんでも神嶺オリュンピアスに住んでいるとか……あのような聖地にお住まいなんて、代々そうされているのですか?」
「代々……まあ、昔から住んでいます」
「まあ。由緒ある家系なのかしら」
昔から住んでるんです、嘘じゃないです。
「とはいえ、森のはじのほうでしょうね。あの森の奥地は、魔力が濃すぎて人間が長く住むことはできないでしょうから」
「え。そうなんですか」
「もちろん。よっぽど幼い頃から住んでいれば、あるいは魔力に身体が慣れることもあるでしょうが……それも理論上の話です。そんな育ち方をした子供がいれば会ってみたいくらい」
会ってみたい、か。
えっと、オリビアがそうですけど。
「もしオリュンピアスで育ったら、その子はどうなるんですか?」
「あくまで理論上ですが、人間離れした魔力を持つことになるでしょうね。それこそ、魔族やエルフをしのぐくらいに」
「へえ……」
オリビア、魔法が得意なのってもしかして。
てっきり、毎日、魔導書図書館で虫干しついでに読書をしていたからだと思ってた。
そのあとも、ぽつぽつお喋りをしていると。
「待たせましたね」
と、フィリスさんが演習場に入ってきた。
「わぁ、パパ見て! 理事長先生、すっごくきれい!」
「ほんとだね、オリビア」
やってきたフィリスさんは、輝くばかりの白いローブに、虹色に輝く宝玉がついたステッキを持っていた。先ほどよりも、オーラがあるかんじだ。
「フィリス様、それは……っ、【七天秘宝】のひとつ、【久遠の玉杖】では。フィリス様の清らかな魔力を大いに高める、珠玉の魔導具……!」
「ふふ、未来の天才には本気で相対するのが礼儀でしょう」
へえ。フィリスさんのお気に入りの杖なのかな。
ボクは、フィリスさんの杖をじっとみる。
え、【久遠の玉杖】……って、あのさきっぽについている虹色の石。
「あっ!?」
「な、なんですか。エルドラコさん」
「それ、ボクが落としたきれいな石……?」
「は?」
「いや、大昔に祠……じゃなかった、家から持ち出して落っことしちゃったきれいな石に似ているなって」
ものすごく見覚えがある。
祠にたくさん落ちている宝玉のなかでも。大きくてキラキラで綺麗だから気に入ってたやつだ。千年くらい前にどこかで落としちゃって、とっても落ち込んだ。
クーリエさんがむっとした声で言う。
「失礼なことを! これは、フィリス様の先代である、エルフの賢女王フィリア様が千余年前、空を飛ぶ古代竜をご覧になるという吉兆にあわれた際、空から落ちて来た由緒ある宝玉ですよ」
「え、あっ、そうですか……やっぱり」
「やっぱり!?」
ああ。やっぱり。
キラキラして綺麗だから、持ち歩いてたお気に入りの石だ。そうか、飛んでるときに落っことしちゃったんだな……とりあえず、なんか大事にしてもらっているみたいでよかったな。うん。
「こほんっ、それでは気を取り直して。……オリビア・エルドラコ」
「はいっ!」
オリビアが、はいっと手を挙げる。
フィリスさんにじっと見つめられて緊張しているみたいだけれど、堂々としているな。
「――それでは、【王の学徒】選抜の最終試験をはじめましょう」
フィリスさんが、厳かに言った。
……ボクのきれいな石を片手に持ったまま。
ドラゴンさん、なくしものを見つける(笑)
お読みいただき、ありがとうございます。さて、フィリスさんのフラグ回収が……!
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