ドラゴン、学校に呼ばれる。1
楽しい夏休みもあっという間に終わって、オリビアはフローレンス女学院の寮に戻っていった。
魔王さんはやっぱり寂しがって西の塔の自室に引きこもってしまい、クラウリアさんもそんな魔王さんに付き合ってあまり姿を見せない。
ボクもぼんやりと日々をのどかに暮らす日々にもどる……と思われたタイミングで、一通の手紙が届いた。
「え、すぐに学校に来て……だって?」
朝一番のことだった。
フローレンス女学院の紋章のついた銀の足輪をつけたフクロウさんが持ってきたのは、こんな内容の手紙だった。
***
エルドラコ様
平素よりフローレンス女学院の理念と指導方針にご賛同をいただきありがとうございます。
さて、ご息女である、当学院 第1学年選抜クラス所属のオリビア・エルドラコさんの学業および修練の進捗について、早急にご相談したく存じます。
つきましては、できるだけ早く当学院にご来校ねがいます。
急なお願いとは存じますが、ご息女の健やかな教育のためにご協力くださいますよう、なにとぞよろしくお願いいたします。
フローレンス女学院 事務局
同 特別奨学生選抜事務局
***
ボクは、ビビった。
学校からのお呼び出し。たくさんの育児書を読んだので知っている……オリビアが、トラブルに巻き込まれてしまった!
「た、たいへんだ! 待っててねオリビア!!」
ボクはお家から飛び出してドラゴンの姿になると、ビューンと空を一直線。
いそげ、いそげ。
今日は背中にオリビアを乗せていないから、一番はやく飛んでいいんだ。
***
フローレンス女学院についたのは、昼前ごろ。
大慌てでニンゲンの姿になって、事務局に駆け込んだ。
「あ、あの。オリビア・エルドラコの父ですけれどっ」
ボクの姿を見つけると、事務局の女性は目を丸くした。
まじまじとボクの姿を見つめて、手元の書類と見比べる。
「えっ? あれ? 本当にエルドラコ様でしょうか。手紙を出したのが昨日ですよ? こんなにはやくいらっしゃれるはずが……」
「はっ! えっと、たまたま近くに来ておりまして」
「そ、そうですか」
「そうなんですっ」
しまった。
フローレンス女学院までは、ボクたちの家から早馬の馬車でも半日以上かかる。ニンゲンは、すぐに来いって言われても、その日の昼にはやってこられないらしい。
ボクとしたことが、焦ってたな。
「とにかく、早めにお話しするべき案件でしたので助かります。大急ぎで学院長や理事長に話を通しますので応接室でお待ちください」
事務局の女性は、ボクをうやうやしく案内してくれる。
その間も、「おかしいわね。たしかにご自宅宛てにフクロウを飛ばしたのだけれど……」とぶつぶつ言っていた。
大至急来いっていうから来ただけなんだけれど、ニンゲンに合せるのは大変だなあ。
「こちら、応接室です」
「あ、どうも」
通された応接室は、学院の中庭に面した大きな窓がある部屋だった。
3階建てのつややかな木造の校舎は、うつくしい中庭を取り囲むようにして建っている。
景色を眺めながら応接室のふわふわのソファに座れば、もふぅっとお尻が沈んだ。事務局の女性が出してくれた冷たい紅茶をいただきながら、あらためて窓の外を眺める。
「きれいだなあ」
花が咲き乱れる中庭には、噴水や彫刻も置いてある。本当にきれいだ。その中庭を取り囲むように建っている校舎には、たくさんのドアが並んでいる。どうやら、あれが教室みたいだ。
「オリビアは、どこの教室にいるんだろう」
ボクは立ち上がり、窓を開けて身を乗り出す。
花の香りがした。
オリュンピアスの山のてっぺんにある天空庭園には及ばないけれど、中庭は本当にきれいだ。季節の花が咲いている。オリビアがここで過ごすのはとてもいいことだと思う。可愛い我が子には、きれいなものに囲まれて過ごしてほしいもの。
しばらく経つと、ころんころんと音が聞こえた。
「あ、チャイムだ」
ころんころん、と手に持った鐘を鳴らしながら歩き回る女の人。
その音が学院に響いたかと思うと、並んだドアから生徒達が飛び出してくる。
キャラメル色のローブに、学年色のリボンとスカーフの女の子達。
6学年あるなかで、オリビアの学年は赤色のリボンをしているはずだ。
「わあ、こんなにたくさん……オリビアいるかなあ?」
ボクは窓にもたれ掛かりながら、行き交う生徒たちを眺める。
ふいに、ボクのほうを生徒たちがチラチラ見ていることに気付いた。
「ねえ、ご覧になって。応接室の……すごく素敵な殿方がいらっしゃるわ」
「まあ、本当! なんてハンサムですの。どこかの役者さんかしら」
「有名な役者さんのお嬢様も、女学院にはたくさん通ってらっしゃいますもんねぇ」
そんなことを囁きあっている。身体が大きいから、上級学年だろうか。
中庭を挟んで向こう側にいるけれど、ドラゴンイヤーは良く聞こえるのだ。
「うーん、役者さんじゃないんだけどな」
ボクはとりあえず、ひらひらと手を振ってみた。
女の子達は「きゃあっ!」と悲鳴をあげて顔を隠してしまう。
うーん、夏休みに遊びにきたオリビアのお友達のデイジーちゃんも言っていたけれど……もしかして、このニンゲンの姿ってけっこう格好いいのかな?
「あんまり目立つのもよくないから、今度、あれ……なんだっけ。そう、眼鏡とかかけてみようかな」
依然として、サワサワとボクのことを囁きあっている生徒さん達を眺めながらそんなことを考えていると。
とっても可愛い声が、ボクを呼んだ。
「ああーーっ、パパ!?」
2階の廊下。
中庭に面した柵から身をのりだして、可愛い女の子がボクに手を振る。
オリビアだ。
「わあ、オリビア!」
ボクも、嬉しくなって手を振り返す。
その途端に、今までこそこそと囁いてボクを見ていた生徒さんたちが「わっ!」と湧きたつ。
「えぇっ! オリビア……って、もしかしてオリビア・エルドラコ!?」
「じゃあ、応接室にいらっしゃる殿方はオリビア・エルドラコのお父さまなのかしら」
「フローレンス女学院始まって以来の天才と呼ばれている、あの新入生よね!?」
「この休暇に薬草学の論文を執筆してきたって聞きましたわよ」
「あの『神童エルドラコ』のお父さま……!」
「まあ……あんなにご優秀で、しかもあんなに格好いいお父さまがいらっしゃるなんて」
「オリビアさんが羨ましいわぁ」
と、上級生が口々にそう言い合っているのが聞こえた。
わあ、オリビアが褒められている!
ボクは嬉しくなって、オリビアにさらに大きく手をふった。なんだ、何かトラブルに巻き込まれているのかと思ってドキッとしたけれど、オリビア本人は元気そうじゃないか。よかった。
「パパ、どうして学校にいるの? あ、でもごめんね! 次は魔法演習で移動しないといけないから、またあとでね~!!」
「うん。がんばってね!」
オリビアはぴょんぴょん跳ねてボクに手を振ると、友だちに囲まれてにぎやかに移動していってしまった。笑顔いっぱいだ。
ああ、オリビア、学校も楽しんでいるんだなぁ……。
夏休みにたくさん話を聞かせてもらったけれど、実際に目の当たりにすると、たまらなく嬉しくなってしまう。
しばらくすると、カランコロンと例の鐘が鳴って生徒たちが慌ただしく教室に帰っていった。少し遅れて、先生たちが教室に入っていく。
先ほどまでのざわめきが嘘みたいに、しんと静まりかえる中庭。
ボクがそれを眺めていると、背後で応接室のドアが開いた。
入ってきたのは、ふたりの女性。
ひとりは厳しい表情をしたやせぎすの女性で、ニンゲンのおばあさんにしてはしゃんと背筋が伸びている。
「エルドラコ様……ようこそ、おいでくださいました」
「あ、どうも。オリビアの父です」
「学院長の、クーリエと申します」
「そして、私はこの学院の理事長にして……創設者」
創設者。
あれ、でもこの学院って三百年近い歴史がある、伝統ある学校じゃなかった?
「フィリス・フローレンスでございます」
そう名乗った、長い金髪を複雑に結い上げている女の人。
あ、耳が尖っている。そうか、えっと、エルフ。たしかあの種族は、ちいちゃい者たちのなかでも魔族とならんでウンと長生きなんだった。
クーリエさんとフィリスさんは、ボクの向かいのソファに座った。
「本来であれば、【リアリスの六賢者】に数えられるフィリス様がイチ保護者に面接するようなことはないのですが……今回ばかりは」
クーリエさんが眉間の皺を深くする。
ボクは姿勢を正した。
「さて、エルドラコ様。今回、お呼びたていたしましたのは他でもありません、ご息女のオリビアさんのことです」
「は、はい! なにかトラブルでも……」
「トラブルどころではありません」
ぴしゃり、とクーリエさんはボクの言葉をさえぎった。
「オリビア・エルドラコさんを当学院が設置する、特別奨学生として推薦することの同意をいただきたいと思っております」
「特別、しょーがくせい?」
なんだ、それ?
ボクは首をひねる。
クーリエさんが、ゆっくりとした重々しい口調で説明をはじめる。フィリスさんは黙ってそれを聞いている。
「フローレンス女学院の特別奨学生は、【王の学徒】と呼ばれる特別な身分を授けられます。学費は全額免除のほかに、オリビアさんには給与という形で奨学金が支払われることになります。また、当学院での教育のほかに――フィリス・フローレンスによる特別な教育をうけることになるのです!」
「はあ」
「わたくしの叡智を授ける……ということになりましょうか」
と、フィリスさんが補足する。
よくわからないけど、なんだかすごいことみたいだ。
オリビアはすごいなあ、特別だって! まあ、ウチの子が天才なのは知ってたけどね。
「特別奨学生を採用するのは、約百年ぶりの快挙ですよ」
と、クーリエさんは言った。
オリビアちゃん、やっぱり学院でとんでもない活躍をしていましたw
なお、ニンゲンの姿のドラゴンさんは、むらさきの髪を「病気のお母さん」っぽい三つ編みにした困り顔がキュートなイケオジです!!!(作者の趣味)
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