ドラゴン、いきなり「パパ」になる。2
プロローグ部分ってやつですね。
ボクは、ニンゲンの姿をとっている身体が怒りに打ち震えるのを感じた。
ドラゴンのときよりもずっと薄い皮膚に、ぴゅうっと風が吹きつける。
本物のニンゲンにとっては、この風は凍えるくらいに冷たいだろう。むしろ、痛いぐらいだ。
オリビアは、たしかにピアス村の子供だった。
村人に「迷子を拾った」と告げると、すぐに一軒の家を教えてもらったのだ。
「ぎゃっははは!!」
教えてもらったボロ家の中からは、下品な笑い声が響く。
窓からのぞくと、家の中では大宴会が行われていた。
大宴会、といっても安くて悪そうな酒を何本もテーブルに並べて、ひたすらにそれを飲み干すような醜悪なものだった。
ボクは、とても嫌なものを見ている。
そう、すぐに確信した。
「はーあ、あのガキのことが清算できてスッキリしたぜ!」
あのガキ、というのはオリビアのことだろうか。
この寒さの中いなくなった子どもを心配するどころか、このニンゲンのオスはスッキリしているようだ。
仲間のひとりらしきオスが、にやけながら尋ねる。
「でもよかったのか、神嶺の森に捨ててくるなんてことしてよぉ!」
「げっはは、いいんだよ。そこがオレの賢いところでよお」
全然賢くみえないニンゲンは自慢げに言う。
「あいつが小せえときから、『お前は本当はドラゴンの子で、俺はそれを拾って育ててやってるんだ』って言い聞かせてきたんだ。あのガキすっかり信じちまってよ……森の入り口まで連れてったら、『パパ~』って言いながら森に入っていきやがった!」
どっ、と小屋から下品な笑い声が響く。
その声に、ボクはうっかり村ごと滅ぼしてやろうかと思った。
長生きしているだけのただのドラゴンに、そんなことができるのかどうかは知らないけれど、とにかくオリビアが可哀想だと思ったのだ。
オスの声が響く。
「オレも可哀想だぜ? カカアが、まさかお産で死ぬなんて思ってねえもん。女は腹に赤ん坊詰めて過ごしてるんだから、そりゃあ親の自覚ってもんがあるだろうけどさ。オレは突然『オヤジ』になれって言われるようなもんなんだから。お前たちも、ガキができるときにはカカアによーぅく言ってきかせておけよ」
ニンゲンのオスは、ひひひと笑って仲間たちにご高説を垂れた。
「夫も上手く育てるのが、いい母親ってもんだぜってな!」
ボクは、知らず知らずのうちに腕のなかのオリビアをぎゅうっと抱きしめていた。
こんな家に、この子を帰すのか?
「その点、オレはカカアが子供産んでそのまま死んじまったからなぁ。それが不幸の始まりってやつよ!」
ニンゲンのオスは、いまだに上機嫌だ。
ボクは、そっと、ボロ家から離れた。
「……パパ?」
腕の中から不安そうに見上げてくるオリビアに、ボクは微笑みかける。
そうか、この子はあのオスを「パパ」だなんて思っていないんだ。
あの男の語った「お前はドラゴンの子だ」とかいう与太話をよすがにして、ボクのもとへとやってきたのだ。
「大丈夫だよ、オリビア」
ボクは、決めた。
そうして、オリビアにとびきりの笑顔を向ける。
「ボクが、君のパパになろう」
「パパ!」
オリビアは、寒い風のなかなのに、まるで春の花のように笑った。
その笑顔を見た途端、心にともしびが灯ったように感じた。
ボクはオリビアを抱きかかえたまま、オスたちが酒を飲んでいる小屋に近づいた。
そして。
「……ていっ!」
壁の一角を腹いせに軽く蹴っ飛ばしてやる。
ドッゴォオオォオッ!!!!
轟音が響いた。
「は?」
ぼろ小屋の壁が、跡形もなく吹き飛んでいた。
いきなり消えた壁のむこうで、オスたちがめちゃくちゃ怯えている。
やっちゃった。
ボクの見た目はニンゲンだけれど、力はドラゴンの姿のときと変わらないのだった。
ニンゲンの姿になるのが久々すぎて、すっかり忘れていた……。
「わわ、しまった。力加減を間違えた!」
「きゃあっ、パパすごい!」
きゃっきゃと笑うオリビアを抱えなおして、ボクは急いでその場を立ち去った。
オスたちが追いかけてくる前に、大急ぎで村の小さな貸本屋に寄って、子育てや育児の本をいくつか見繕った。
「あのう、ボク、返しに来るのが難しいので買い取ることはできませんか?」
貸本屋のおじいさんに、そう交渉してみる。
「これで足りますかね?」
一応、ニンゲンが物をやりとりするときにつかっているものを持ってきていたので、おじいさんにさしだす。寝床にたくさん敷き詰めている金の塊を渡したら、貸本屋のおじいさんはとても驚いて、
「うちの本、全部もっていってもいいぞ!?」
と言った。
結構な割合をしめていたニンゲンの裸の本は興味がなかったので、丁重にお断りして「育児」「子育て」と書いてある本だけを買い取った。
***
「うーん、あのおじいさん。どうしてあんなに驚いていたのだろう」
帰り道。
ドラゴンの姿にもどって、のそのそと歩きながらボクは考える。
……もしかして、少なすぎたかな?