ドラゴン、ピクニックに行く。1
「ひとつだけ、終わっていない宿題があるんだ」
「どんな宿題だい?」
「えへへ。えっとね、パパとピクニックに行くこと!」
宿題、というものがあるらしかった。
長期休暇中にまとまって出される課題で、次に学校に行く日に提出する必要があるのだという。学校に行くっていうのも大変だよなあ。
お休みくらい、ちゃんとお休みすればいいのに。
そんなことを考えながら、オリビアが机のうえに積み上げている宿題を眺める。
「ふぅん。色んな宿題があるんだね。この、『魔導書読解初級問題集』っていうやつは?」
「あ、それはもう終わったの。簡単すぎてつまんないから、先生に中級と上級も出してもらったんだ! それも終わっちゃったけど」
「じゃあ、こっちの『実践 魔法陣描画練習帳』は?」
「それも終わったよ~」
「へえぇ、すごいねぇ。オリビア! こっちの『古代言語おぼえる単語帳』は?」
「知ってる言葉ばっかり」
「……あっ、ほんとだね」
古代言語は、ボクがオリビアに教えてあげたのでパラパラと単語帳を見てみたけれど、「りんご」とか「ペン」とかが書いてあった。
オリビアが退屈してしまうのも無理はないな。
「こっちの『深める古代言語 難関精選集』ってやつはもう少し難しいんじゃないかい?」
「それも、先生からもらったんだけど、ぜんぶ知ってる単語ばっかりだよ」
オリビアはぷぅと頬をふくらませた。
わあ、その表情すっごく可愛い!
ボクはオリビアの可愛さにニコニコしてしまいつつ、あることに気付いた。
「……オリビア、もしかして宿題が全部おわったのかい?」
「うんっ!」
「そうなの!」
まだ、夏休みが始まってから5日しかたっていないのに!
わあ、やっぱりウチの子天才?
ボクは一応、『夏休みの宿題がさいごまで終わらない子のために』という育児書を読もうかと思っていたのだけれど、ぜんぜん必要なかったみたいだ。
えらいなぁ、オリビアは。
「すごいよ、オリビア! パパ、びっくりしちゃった」
「えへへ~」
ひょいっと抱き上げてクルクル回転してあげると、オリビアは「きゃー!」と弾んだ声をあげる。ボクがドラゴンでよかったのは、こういうところ。
この身体はニンゲンの姿をしているけれど、どういうわけか腕力はドラゴンの姿のときとあまり変わらないみたいだ。つまり、オリビアがどんなに大きくなっても、彼女が望むならいつでも「たかいたかい」をしてあげられるわけだ。
「あ、でもね。パパ」
「うん?」
オリビアがいたずらっぽく、ボクにささやく。
「ひとつだけ、終わっていない宿題があるんだ」
「どんな宿題だい?」
「えへへ。えっとね、パパとピクニックに行くこと!」
「ふぇ? ピクニック?」
それが、宿題?
ボクは、「うーん?」と首をひねった。
***
翌朝、早く。
お弁当のバスケットを持ったオリビアが、魔王さんの手を引っ張って走ってきた。
その後ろから、クラウリアさんもゆっくりと歩いてくる。
「あうぅ~、なんで我が外出なんかしなくてはいけないのだ~っ」
「えへへ、オリビアの宿題なのっ。お願い、手伝ってっ」
「ぁ、う……そ、そこまで言うなら……」
魔王さん、チョロい。
オリビアの「宿題」というのは、野山の植物の観察だった。
どうやら、後期の授業には薬草学という分野があるらしく、生徒たちは長期休暇のあいだに家の近くに生えている野草を観察してレポートを作成するのだそうだ。
「植物観察が”ピクニック”だなんて、オリビアさんも面白いことをいいますね」
「クラウリアさん。魔王さん、むりやり引っ張り出して大丈夫?」
「ああ、マレーディア様は文句いっているだけで、実はけっこう楽しんでいますよ。出かけるのに時間がかかってしまったのも、『ピクニックといえば白ワンピースッ! それが我こと美少女の鉄則ッ!』っていいながら着ていく服に悩んでいたからなので」
「へぇ、ワンピース」
ああ、たしかに魔王さん白いワンピースを着ている。
ほそっこい身体に、長い黒髪。大きな羊さんの角が生えている以外は、少女文学(オリビアが読むために買いそろえた)に出てくる可憐な少女ってかんじだ。
「似合っているね」
「ええ、ええ! そうでしょうともっ!!」
何故か、クラウリアさんが自慢げに胸を張った。
ふたりとも、本当に仲がいいんだなぁ。
オリビアといえば、動きやすいように半ズボンをはいている。
さろぺっと、というベルトで吊ってあるタイプでチェック柄が可愛らしい。ズボンの裾も半袖のブラウスのすそも、かぼちゃみたいに膨らんでいる。三つ編みにした麦色の髪が、すっごく可愛い。
オリビアに手を引っ張られてやってきた魔王さんが、「む~?」とオリビアの格好をみて唸る。
「あぅ、オリビア。貴様、ピクニックのことをわかっていないな」
「え? なんで、なんで?」
「ふふんっ! ピクニックに、我らのような美少女といえば……これであるっ!」
「わぁあ、麦わら帽子だっ」
「あぅっ、し、しかもっ! 我とお揃いである栄誉にひれ伏すがよいぞっ! あと、暑気あたり怖いからねっ!」
オリビアは、魔王さんから麦わら帽子を被せてもらってクルクルまわる。
「パパ、見て~!」
「オリビア、すごく似合ってるよ!! とても可愛い!!」
「えへへ、やったー!」
麦わら帽子というアイテム、オリビアの可愛さをこんなに引き立たせるなんて……ニンゲンの発明品すごい!
魔王さんも、ふにふにと身体を揺らしながらボクたちのほうを伺っている。
「あ、ぅ……クラウリア? その、」
「ええ。マレーディア様も似合っていらっしゃいますよ。すっごく」
「~~っ、あぅっ。ふ、ふふんっ。と、当然であろうっ!?」
魔王さん、顔が真っ赤だ。
「さあ、いくぞオリビア。我につづけ~っ」
「お~!」
駆け出すふたりを追いかけるように歩き出す。
魔王さん、本当にたのしそうで良かったなぁ。
ボクらが住んでいる神嶺オリュンピアスには、ほんとうに多くの生き物がいる。
それに、オリビアのパパになる前はボクはとても長閑に暮らしていた。
毎日のしんのしんと森を散歩したり、お日様にぽかぽか温めてもらったり、柔らかな苔を「ごめんね」って言いながら踏みしめて散歩したり、そういうことばかりをしていた。
つまり。
この山にある野草のことならば、ほとんどがボクの頭に入っているのだ。
「すごい! パパ、色んな野草のこと知っているのねっ!」
薬草図鑑を持ったオリビアが叫ぶ。
ボクは、すっかり嬉しくなってしまう。
「パパはね、お山のことなら何でも知ってるよ。次はどれが見たい?」
「えっとえっと、このクリモモっていう木が見たい!」
「ふぅむ……ああ。この木なら――」
ボクはオリビアにあわせて、ゆっくりと歩く。
何百年もボクのお散歩コースになっていた道は、いまでも道みたいになっていて歩きやすい。オリビアが小さな身体で歩いても安心だ。かつてのボク、ないす!
それにしても。
ドラゴンの姿のときには、のしんと一歩あるけば移動できた距離もオリビアといっしょに歩くとまったく景色が違って見えるんだなぁ。
「あれ、パパ?」
「どうしたんだい、オリビア」
しゃがみこんだオリビアが、じっと何かを見つめている。
「これ、図鑑にも載ってないみたい」
「へえ? 山ではよく見かける草だけどねえ」
葉っぱがハートの形をしていて、いい匂いのする草だ。
夜になるとキラキラと輝いてきれいなんだ。その様子を、いつかオリビアにもみせてあげたいな。夜の森は、まだ、たぶんオリビアには危ないから。
「これ、持って帰ってもいいかな」
「え? うーん、たくさん生えているから大丈夫じゃないかな……でもちょっと、かわいそうだけど」
「あ、じゃあ。オリビア、いいことかんがえた!」
オリビアは、そう言うと草のまわりを手でていねいに掘り始める。
そうして、草の根っこごと掘り起こしてしまった。
「わぁ。きれいにできたよ、パパ!」
「なるほど!」
「お家でも、育つといいね」
「大きなお皿があるから、それに植えようか」
「うんっ!」
オリビアのほっぺたに、土がついている。
ボクはそれをそっと拭いてあげながら、空を見上げる。
青空。
朝早くに出発したはずが、もうお日様は空のてっぺんだ。
「じゃあ、オリビア。そろそろ戻って、お弁当にしようか。魔王さんたちも待ってるよ」
そう提案すると、オリビアはぱぁっと笑顔を増す。
魔王さんたちは森の中にひらけている原っぱで、お弁当のバスケットといっしょに待っているのだ。なんでも、「森とか歩くの、疲れるし!」ということみたい。
ピクニックにまで本を持ってきている魔王さんは、勉強家なんだな。オリビアの宿題も、すこし手伝ってくれたみたいだし。
ぴょんぴょん飛び跳ねるオリビアが歌うように、
「わぁい! パパのお弁当、楽しみ~!」
と笑う。
歩き始めたとたんに、「ぐぅ~」とふたりのお腹が鳴ってしまったのを聞いて、オリビアとボクは顔を見合わせてクスクス笑う。
ああ。
パパ、こんななんでもない時間が、とっても幸せだよ。
「お弁当、パパの自信作だから楽しみにしていてね」
「えへへ。パパのお弁当だもん、絶対においしいよ!」
原っぱにむかう足が、自然と早足になってしまう。
うーん。ピクニック、楽しいなぁ。
お読みいただき、ありがとうございます!
感想も嬉しく拝見してます。
今後も、こんな感じでストレスなくゆるゆると続きますのでよろしくお願いいたします!
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