突然パパになった最強ドラゴンの子育て日記。
──数年後。
「ぱぱ!」
ボクを呼ぶ声に、振り返る。
声はひとつだけじゃない。お昼は賑やかな戦い。
「うん、どうしたんだい」
「ぱぱ、リュートがわたしのパンをたべた!」
「ちがうよ、たべてないもん」
「ねぇ、パパ! あとでスゴロクしよー」
小さな子どもたちが口々におしゃべりをしている。
エルドラコ救児院。
ここはオリビアが開いた、彼女の夢の場所だ。
【王の学徒】としてのお給料をすべてつぎ込んで、ボクらの家を全ての子どもにひらかれた場所にした。
人間も、魔族も、エルフも……ドラゴンも。
種族は問わない。
理由も問わない。
かつてのオリビアみたいに親と暮らせない子どもたちを、みんなで育てることになっている。
神嶺オリュンピアスの山の人間にとっては濃すぎる魔力は、子どもたちを守るための障壁になってくれている。【失われし原初】に残った魔力のおかげで、この家は人間であっても長く住める場所になってくれた。
「あう~、おぬしらは本当にうるさいのぅ。デキる子どもというのは、お行儀よく好き嫌いなく、おいしく食べるのじゃぞ?」
「マレママ!」
「ふふふ、マレーディア様? そちらのピーマンは召し上がらないのですか?」
「あうっ、い、いま食べるとこじゃったし!」
「あはは、マレママ、クラウリアおかーさんに怒られてる」
「あう~~、うーるーさーいーっ!」
みんなが、にこにこ笑っている。
ボクは大鍋で作る料理も上手になった。
四人だけの家族で住むにはちょっと広すぎる家だった魔王さんのお城も、いまは子どもたちでいっぱいだ。
天気が良い日には、こうして外でランチをする。
子どもたちは手分けをして薬草園のお手入れをしたり、お掃除やお洗濯を手伝ってくれる。
かつてのオリビアとおなじように、笑顔を取り戻していく子どもたち。
みんなに「パパ」と呼ばれるのはくすぐったいね。
「ごきげんよう、みなさま!」
「デイジーちゃん」
「視察にまいりましたわ。ついでに、ゼロ組卒業生のみなさんからの差し入れも」
デイジーちゃんはご両親がもってきた結婚のお話を断って、実家のパレストリア家に残って魔術師としても実業家としても活躍している。
エルドラコ救児院をお金の面で支えてくれているのも、デイジーちゃんだ。
「ケイトさんからのお菓子詰め合わせに、レナさんからの新刊寄贈……ルビーさんやイリアさんからは寄付金をいただいています。みなさんによろしくとのことですわ」
「うわぁい!」
「ぼく、『やわらかマゾク』早く読みたい!」
「ケイトおねえさんのお菓子大好き!」
「あう、みんなごはんを食べてからじゃぞ~っ!」
「……と言いつつ、レナさんの新刊に手を伸ばすのはどうかと」
「ば、ばれてた!」
「……みんな、たべよう。このミルクスープは、とてもおいしい」
ぽそりと呟くカゲ君に、子どもたちが「はーい!」と声を揃える。
みんなに寄り添ってくれるカゲ君は、エルドラコ救児院になくてはならない存在だ。ボクのドラゴン仲間だし。
どうか幸せに、というヴァンディルセン君の願いを今度はカゲ君が他の子どもたちに伝えている。
カゲ君にとって、この家は居場所になっているようだった。神嶺オリュンピアスの空気はカゲ君にもあっているようで、どんどん元気になっていっているようだ。背も少しだけ伸びたしね。
賑やかな様子に満足そうに笑ったデイジーちゃんが、ボクにお行儀のいいお辞儀をしてくれる。
「おじさま、お久しぶりです」
「やぁ、いらっしゃい」
「父と母も会いたがっていますわ」
「お二人ともお元気?」
「ええ、わたくしが家業を継いでからは楽隠居です」
「それはいいね」
デイジーちゃんが、ボクをジッと見つめる。
そわそわしてしまっているのが、バレているのだろうか。
「ふふっ。おじさま、待ちきれないって顔してますわ」
「えっ!? そ、そうかな。うん……そうだね」
何千年、何万年生きていても顔に出やすいボクである。
「その……オリビアは、いつごろ帰ってくるんだい?」
でも、仕方がないよね。
だって、オリビアが帰ってくるんだもの。
王国、いや、人間界を救ったオリビアは【王の学徒】からランクアップして、英雄だとか聖女だとか呼ばれるようになっている。世界を股にかける、大活躍。
オリビア本人はそんなことを、ちっとも気にしていないようだけれど。
フローレンス女学院を卒業したオリビアは、今では、世界中を飛び回って困っている人を助けている。
泣いている子どもに手をさしのべて。
悲しんでいる人の痛みを取り去る。
そして誰もが、家族になれる世界を……。
──それが、オリビアのしたいこと。
デイジーちゃんは、オリビアのよき相棒だ。
「ご心配なさらずとも、すぐに! ただ……」
「ただ? どどどど、どうしたんだい」
もしかして、旅先で怪我でもしたのだろうか。それとも病気?
どうしよう、オリビアに何かあったのだろうか。ああ見えてとっても食いしん坊だから、食あたりとか……心配だ、心配すぎる! 聖女だろうが英雄だろうが、ボクのかわいいオリビアなんだから。
ボクがぴきんと固まっていると、デイジーちゃんがボクを安心させるように、そしてちょっと呆れたように首を振る。
「いえ、ご心配には及ばないのですが……そのぅ、オリビアさんがまた『やらかした』といいますか……」
「やらかし?」
なんのことだろう。
ボクが首をひねっていると、大きな翼の音が聞こえてきた。
鳥でもない。ドラゴンでもない。
「おーーい、パパ~~っ」
「……オリビア!?」
空高く飛んでいるのは、ウマだった。
むきむき、つやつやの白馬だ。大きな翼が生えている。
輝くように白い馬が、オリビアを背中に乗せて飛んでいる!
「わあああ!?」
「あれが、やらかしですわ……」
「う、う、ウマが飛んでるっ! あれかい、空高く馬肥ゆるっていう人間のことわざ……いや、でも今って春爛漫の真っ只中だよね?」
「すでに絶滅したと思われていたペガサスをオリビアさんが見つけてきましたの……また王国中が大騒ぎですわね」
「ペガサス……!」
真っ白い馬の背中で、オリビアがボクに手をふる。
いつかの雪の日に、ボクを突然「パパ!」と呼んだのと同じ笑顔。
また、少し背が伸びた。
また、少し頼もしくなった。
もう守られるだけの子どもじゃない、オリビア。
誰かを守ろうと、世界中を駆け回る夢追う女の子。
でも、いつだって、いつまでだってボクの娘の──可愛いオリビアだ。
「えへへ、パパ!」
「オリビア!」
ボクは大きく手を振り返す。
ペガサスさんの背中から、オリビアがふわりと飛び降りる。すっかり上手になった飛行魔法は、空を飛ぶボクに憧れてオリビアが練習したものだ、
オリビアの胸には、いつかのプレゼント。ボクの瞳と同じ色の、真っ赤な宝石のついたブローチが輝いている。
「パパっ」
「おっと、オリビア──」
ボクの胸に、オリビアが飛び込んでくる。
あのお日様みたいな笑顔を浮かべて。
「ただいま、パパ」
「うん。おかえりなさい、オリビア」
ひとりぼっちのドラゴンを、世界で一人だけの君のパパにしてくれた大切なボクの娘。
君の世界が広がっていっても。
君が世界のどこにいても。
ボクはずっとドラゴンで。
それでもずっと、君のパパだ。
オリビアの帰る場所は、ここにある。
誰とでも手を取り合える、誰よりも優しくて強い君の世界が広がることを、ボクは本当に嬉しいと思う。
「パパ、大好き!」
「ああ、ボクも──」
ボクはオリビアを抱きしめる。
エルドラコ救児院の子どもたちが、オリビアを出迎えるために集まってきた。
みんな、ボクとオリビアの大切な家族だ。
久しぶりの再会と、オリビアのお土産話を楽しみにおやつの時間を過ごすんだ。
ボクはもう、ひとりぼっちのドラゴンじゃない。
だってボクは──、
「──ボクを、君のパパにしてくれてありがとう」
ボクは君の、パパなのだから。
『突然パパになった最強ドラゴンの子育て日記』は一旦こちらで幕引きとなります。
途中更新が途絶えたり、思うようにお話の舵をとれず進路を見失ったりしましたが、読んでくださった皆さんのおかげでここまで来ることができました。
自身の書いた中で、一番長いお話。筆者の未熟なところも、至らないところもありましたが、ドラゴンパパもオリビアも魔王さんたちも私の大切な友人です。見守ってくださり、ありがとうございました。
今後もなろうで(新作ふくめて)温かく、楽しく、元気になれる物語を描いていきます。
商業ではありがたいことに9月には初の書き下ろし書籍が発売になったりします。
(『九龍後宮の探偵妃』星海社FICTIONSで検索ください! 中華後宮ミステリです!)
たくさんの作品の中から見つけてくださって、ありがとうございます。
今後も見守っていただけると幸いです。小説を書くことが大好きです。