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ドラゴン、脱出する。

 風が吹き込む。

 お城に開いた穴。

 一気に、お城の崩壊が進む。


「うぎゃーーーー、なんじゃこのビーム!」

「これ……みなさんです、船の皆さんです!」


 開いた穴の向こうに、海が見えた。


「……ほんと、友達の多いやつらだな」

「うん。意味が、わかんないよね……ちちうえ。どらごんと、にんげんが親子で……魔族の友達もいて……」

「……」


 オリビアが顔を上げる。

 光り輝く虹色の七つ星を抱えた石を抱えて、じっとカゲ君をみつめている。


「オリビア、行こう!」


 もうすぐ、お城が崩れる。

 そうなれば、【星願いの儀式】どころではない。

 魔王さんは黒猫姿になって、鷹の姿になったクラウリアさんの鉤爪でぶら下げられている。


「オリビア、背中に乗って! カゲ君と、ヴァンディルセン君も──」

「ばかじゃねーの」


 けっ、とヴァンディルセン君は血混じりに笑った。


「大陸一つ滅ぼしている男が、今更どうやって生きるんだよ。そんなことより、カゲを──」


 助けてやってくれ、と。

 ヴァンディルセン君が言おうとしたときだった。

 がらがら、がらがらと。

 ヴァンディルセンとカゲ君の城が。


「とうさん!」

「カゲ!」


 ヴァンディルセン君の頭を砕こうとした瓦礫を、カゲ君が小さな体で止めようとする。

 でも、そんな小さな、子どもの体では。

 あぶない──ボクが叫ぶその前に、オリビアがボクの背中で叫んだ。


「……七つのきらめき、一つの星に。

 一つの星は、一つの願い。

 叶えて照らすよ、星願い!」


 オリビアは、願いを口にはしなかった。

 けれど、たぶん。

 その願いは一番正しい形をとったんだ。


「……カゲ」


 大きくて、立派で、真っ白いドラゴンが翼を広げていた。

 ヴァンディルセン君がいつか見たいと願っていた、カゲ君の姿。


「……とうさん」

「カゲ!」


 やり方を間違えて、間違えを教えてくれる人もいなくて。

 結局、ずっとずっとおかしな道をひた走ってしまったヴァンディルセン君がたどりつけなかった、大人になったカゲ君の姿。


「……すごい、いまならなんでもできそうだ」


 城が崩れていく。

 ボクは空へと舞い上がる。

 魔王さんもクラウリアさんも無事だ。海辺にただよう葉っぱみたいな船から、歓声が聞こえる。

 オリビアは、じっと空を見つめていた。

 【七天秘宝ドミナント・セブン】が叶えた、真っ白いドラゴンが空へと舞い上がる。たったひとりの、おとうさんをつれて。


「パパ」

「なんだい、オリビア」

「オリビアはね、パパの娘で本当によかったの」

「うん」


 ボクは頷く。


「ボクはドラゴンで、君は人間だ。生きる時間も違うし力も違う」


 ずっと考えないようにしていた、ボクとオリビアの未来。


「でもね、ボクは君が生きる世界を愛している」


 ボクとオリビアのふたりぼっちじゃない。

 たくさんの家族。

 たくさんの友達。

 まだ出会っていない、たくさんの人たち。

 オリビアが何をこの世界から受け取って、オリビアが何をこの世界に残すのか。その全部を、ボクは楽しみにしている。

 だってボクは、オリビアのパパだから。


***


 空高く飛ぶなんて、はじめてだった。

 僕がそんなことができるなんて、思ってもみなかった。

 何千年目に舞い込んだ奇跡。


「すごい。これが、お前の翼か」


 しわしわになった父さんを抱いて、空を飛ぶ。

 嬉しそうに、父さんは言った。


「お前、家出したとおもったら、すごいやつらと知り合ったなぁ……あの妙な、喋るスライムと知り合いなんて、俺……父さん……全然、しらなくて……」


 どんどん父さんの鼓動が小さくなる。

 ドラゴンなら、父さん一人くらい助けられるはずなのに。


「いいんだ、カゲ」

「父さん、でも」

「もう、父さんはたくさん生きすぎたし……体内の魔力に、肉体が耐えられないんだ。お前にも、わかるだろ」


 やだ、と思った。

 ずっと一緒にいたい。

 でもこれは、父さんが、僕が、最初に間違ってしまった──掛け違ってしまった、ボタン。

 古代竜とオリビアが、掛け違えなかったボタンだ。


「ごめんな、カゲ」

「とうさん、とうさん……ねぇ。これからたくさん、いっしょに過ごせるよね。一緒に、色んな人に出会って、そこには父さんもいて……。ううん、ちっがう」


 授かった大きな翼で、僕は世界で一番大好きな父さんを抱いて飛ぶ。


「今までありがとう、父さん」

「ああ、カゲ……たくさん友達作って、幸せに。どうか、幸せにな──」


 するり、と父さんが僕の腕からすり抜ける。

 【死の大地】になってしまった大陸へと、父さんが落ちていく。

 もともと、豊かな土地でも文明が進んだ土地でもなかったけれど。


「あっ」


 お父さんの体に溜まっていた魔力が、大地に帰っていく。

 そうして。


「……緑だ」


 大地に魔力が帰っていく。

 青い海と、緑の大地。

 父さんと過ごした、海辺の小屋を思い出す。

 あの場所も海と空と緑で、いっぱいだった。

「さよなら、父さん」

 僕は世界でひとりぼっちになってしまった。

 ……いや。


「おーい!」


 古代竜とその愛娘が手を振っている。

 そうか、僕はもう──。

 でも、やっぱり少し、寂しいよ。


***


 オリビアは空を見上げる。

 家族と友達に囲まれた船で、ボクの腕の中で。じっと空を見上げている。

 その横顔は、なんだかとても大人びて見えた。

「ねぇ、パパ」

 青空をくるくると飛んでいる白いドラゴン。

 ぽつぽつと雨が降っている。

 涙雨というやつだ。


「パパ、カゲ君はひとりぼっちじゃないよね?」

「うん。これからは、ボクたちもいるし……」

「パパ」

「なんだい」

「……ひとりぼっちの子どもって、この世界にたくさんいるよね」

「そうだねぇ」


 オリビアは、「そっか」と頷く。


「あのね──オリビア、やりたいことが決まったよ」


 オリビアはまだ小さくて。

 フローレンス女学院に通う学生で、【王の学徒】で。

 でも、大人になって人間の世界を生きていく。


「そうか。ボクは──」


 ううん。

 魔族や、ドラゴンや、竜人族や大きな亀──そのほかにも、色々な友達と一緒に世界を生きていく。

 でもこれは、変わらない。


「──ボクはいつだってオリビアの味方だよ」

「……うんっ」


 えへへ、とオリビアはお日様みたいに笑った。



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― 新着の感想 ―
[良い点] そうか、この作品のテーマは想いはこの話だったんだ。 書籍一巻の後書きを読み返して改めて思いました。 暖かい気持ちになりました。 ありがとうございます。 [一言] これからも応援してます。 …
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