ドラゴン、考える。②
「──なんだ、お前たちは」
いぶかしげな声。
壊れた壁からたちのぼる埃が収まって、ボクらを出迎えてくれたのは怖い顔をした人間の男──ヴァンディルセン君だった。
やっぱり、記憶の通りの年齢。
けれど、昔ののほほんとした、ひよひよのひよっこ魔導師然とした雰囲気はまったくなくなっている。
なんというか、顔が怖い。
ヴァンディルセン君の目の前には、寝台の上ですやすやと眠っているカゲ君。人の姿を保つことができないようで、小さな白いドラゴンの姿だ。具合が悪いのかもしれない。
「カゲ君!」
オリビアがボクの背中から飛び降りて、駆け出す。
「うきゃっ」
けれど、何か見えない力にはじき返されてしまう。
ころん、と転んだオリビア。
ボクは大慌てで助け起こす。怪我がなくて良かった。
原因は明らかだ。
寝台の周りに設置された六つの宝玉。
【七天秘宝】。
シュトラの王都で行われていた【星願いの儀式】のときに感じたよりも、ずっとずっと強い力を感じる。
たったひとつ、【緑風の弓】についていた宝玉が増えただけでこんなにもパワフルになってしまうなんて。
そして、数が増えるとキラキラもゴージャスになって素敵だ。
こんな状況じゃなかったら、うっとりじっくり眺めたいくらいに。
「ドラゴン……だと?」
ヴァンディルセン君が怖い顔をさらに怖くする。
ボクは大きく頷いた。
「ああ、ボクはドラゴンだよ。ドラゴン・エルドラコだ」
「ドラゴン・エルドラコ? なんだ、その珍妙な名は」
ヴァンディルセン君は大きく舌打ちをした。
「古代竜なんぞ、何千年も前に一匹会ったきりだ。まだ生き残りがいたとはな。人間の子どもなどつれて、なんの用だ」
「……覚えてない? ボクだよ」
「あ?」
ヴァンディルセン君は、じっとボクを見つめる。
「もしかして……神嶺オリュンピアスの、古代竜……?」
「うん、そうだよ。久しぶりだね」
ずぅっと昔に、たった一度だけ彼がボクのところを訊ねてきたことがある。魔術の真髄を究めるために、古代竜と言葉を交わしてみたい──とかって言ってね。
ボクがお天気や山の季節ごとの見所や、人間たちがうるさいからお昼寝ができないという話をしていると、ガッカリしたような顔をして帰ってしまったっけ。
「今更お前が何をしている? その人間の子は、なんだ」
「オリビアは、オリビアだよ」
ボクの可愛い娘が、ヴァンディルセン君に挨拶をする。
「オリビア・エルドラコです! カゲ君のパパ、【七天秘宝】を返してもらいにきました」
「……娘? お前が、ドラゴンの?」
ヴァンディルセン君が、じっとオリビアを見つめる。
怖い顔じゃなくて、虚を突かれたみたいなびっくりした表情だ。
それがどんどん、悲しそうな顔になる。
そうして、やがて、さっきよりも怖い顔になった。
「ドラゴンが、人間の娘を持とうというのか……?」
「そうだよ、パパはオリビアの──」
「だまれ!」
「ひゃっ」
オリビアの声をさえぎるように、ヴァンディルセン君が叫んだ。
やめてくれ、そんな大声を出すのは。
オリビアが怯えてる。
「……ヴァンディルセン君、【七天秘宝】を使って何をしようとしているんだい? カゲ君は言ってたよ、君のことを止めてくれって!」
「カゲが……?」
「うん。もし、物騒なことをしようとしているならボクだって止める。ボクはオリビアが生きる世界が、楽しくて平和な世界であってほしいもの」
ヴァンディルセン君は、馬鹿にしたような顔で笑った。
「……世界なんて、どうでもいい」
「え?」
「有象無象の国々も、どうでもいい。昔、お前も言っていただろう。古代竜」
「どういうことだい、じゃあ……何をしようとしているの?」
「決まっているだろう!」
ヴァンディルセン君は叫ぶ。
「俺はカゲを救うんだ。俺の大事な息子を──いや、俺が息子だと呼んだせいで不幸にしてしまった、気高いドラゴンを救うんだ」
ヴァンディルセン君は、堰を切ったように喋り出す。
***
もう、どれくらい前かも覚えていない。
白い竜の子どもを拾ったんだ。か弱くて、今にも死に絶えそうな竜。正直、亜竜や竜人のなりそこないだと思っていたが、純粋な竜だった。古代に滅んだと思われていた、あの竜だ。
はじめは、俺の魔術がより高みへと至るための材料くらいに思っていた。研究対象というやつだ──それなのに。
可愛いと思ってしまったんだ。
俺のあたえるミルクを飲むしかなくて、本来の種族の誇り高さに比べて弱々しくて、どれだけ生きても成長できなかった白い竜の子が。
優越感、だったのかもしれない。
人間なんてちっぽけで、くだらない差別や内輪の戦争くらいしかやることがないやつらだと、辟易していたこともある。
竜の世話というのは、悪くないと思った。
『……だれ?』
だから、小さな竜が目を覚まして俺に言ったときに、つい答えてしまったんだよ。
『俺は、そうだね。お前のお父さんだよ』
なんて。
いま思えば、愚かなことだった。
あんなことを言うべきじゃなかった。
そうすれば、あんなに楽しい日々を送らずに済んだんだから。
『父さん、おおきな魚が跳ねた。くじら、っていうんだね』
『父さん、一緒に寝よう』
『父さんは人間の魔法使いなんだね、すごいや』
俺とカゲは、海辺の小さなコテージに住んだ。
長年、俺が人里離れた研究所として使っていた小屋だ。
魚釣りや潮干狩りをして、紅い夕日をながめて暮らした。俺と暮らすようになってカゲは少しだけ元気になって、口数も増えた。体調不良が、成長に必要な魔力が得られないことからきていると突き止めて、カゲの成長を止めるように魔術を使ったのが功を奏したのだ。
魔術を極めるためにひとりぼっちで生きてきた……というか、孤児院でも魔術学院でも宮廷でも偏屈さ故に居場所がなかった俺にとって、カゲは初めての家族だった。
楽しかった。
だからこそ、カゲを傷つけてしまうことはしたくなかった。
『……父さんは、いつか死んでしまうの?』
絵本を読んだカゲが、涙目でそう言った。
しくじった、と思った。絵本なんて買い与えるのではなかった。
だが、嘘をつけない俺は頷いた。
『そうだよ。人間はいつか死ぬよ。竜たちよりもずっと早くに』
『……嫌だよ、僕はずっと父さんと暮らしたい』
カゲがそう言って泣いた。
俺は魔術師として、いや……カゲの父として、こう思ったんだ。
『わかった。俺がどうにかしてやる』
何かを成すには短すぎる人間の人生。
やっと見つけた、俺の寿命を引き延ばす魔術は成功した。
最悪の形で、だ。
『ごほっげほ、げほ、ごほっ!』
『カゲ!』
『だ、いじょぶ……とうさん、は、へいき?』
何かの不具合で暴走した術式は、こともあろうにカゲの魔力や生命力を俺の寿命に変換するように働いてしまった。
どうして、と思った。
俺たちはこんなにも苦しんでいるのに。
どうにかその呪いを解くために、各地を旅した。
俺たちはどこにも受け入れられなかった。
白い髪に褐色の肌。人間に変身したときに魔族然とした見た目になってしまうカゲを嫌う者達も多かった。
風変わりな魔導師だといって俺に石を投げるやつらもいた。
カゲがドラゴンだとバレれば、危険視したり物珍しさや功名心でカゲを傷つけようとする奴らが現れた。
誰とも関わらないようにしたとしても、エルフでもないのにながく生き続ける俺たちを最後には追放した。
人間なんて、本当に馬鹿な奴らだ。
術を解けば、どちらかが死んでしまうかもしれない。
そんな状態で、カゲはみるみる衰弱していった。もともと、成長に大量の魔力を必要とする竜種にとって、この世界の魔力はすでに少なすぎる水準まで落ちていたんだ。
カゲが死んでしまわないように、俺も死んでしまわないように。
海の向こうに観測されていた大陸に移り住んだ。
巨大な魔法陣を描き、そのうえに城を建てた。
大陸中の魔力と生命力を使って、長い時間を稼いだ。
それでもカゲの衰弱は止まらなくて、眠っている時間が増えた。
『ぜったいに、俺が助けてやるから』
俺が親になると決めたから、責任をとるのは当然だと思った。
だから、俺は【七天秘宝】を使ってこの呪いを解くことにした。
大量の魔力を溜め込んだ秘石。
そいつの魔力を、すべてカゲに流し込む。
そうすれば、カゲはやっと健康な体を手に入れられるんだ。
カゲと俺はずっとここで二人で幸せに暮らす。
ずっと、ずっと、二人きり。
俺をしいたげる人間も、物珍しさにカゲを追いかけ回すような人間もいない場所で──。
***
【七天秘宝】の輝きが、カゲ君に降り注ぐ。
それをうっとりと眺めながら、ヴァンディルセン君は言った。
「……どうだ、古代竜。これでも俺を止めるか?」
ボクにまっすぐに向き直って、ヴァンディルセン君は悲しそうに笑った。
「ドラゴンが、人間の娘を育てる──か。気付いてるんだろう、お前たちの寿命はまったく違って、いつかはお別れのときが来るっていうことを」
「……それは、その」
どくん! とボクの心臓が跳ねる。
それは、ずっとずっと考えないようにしていたことだ。
オリビアは人間。
ボクはドラゴン。
オリビアはあっという間に大きくなって、そして、ボクよりもずっと早くこの世界での生を終えてしまう。
それが、人間だ。ちいちゃい者たちの、運命だ。
「もし、お前の娘がずっとお前とともに生きられるとしたらどうだ? 誰にも邪魔されずに、二人きりで!」
「……そ、れは」
ボクは言葉に詰まってしまう。
オリビアは、このことをどう考えているのだろう。
まだ小さくて、可愛いボクの娘。
こんな悲しいことは、オリビアには考えてほしくない。ずっと笑っていてほしいのに──。
ボクが何も言えずにいると、ヴァンディルセン君は静かに呟いた。
「……お前の娘が、お前と同じ時を生きられるようになるといったら、お前はどうする?」
ヴァンディルセン君は言う。
「…竜種がきちんと大人になれば、人間ひとり程度を生かし続けるなんて簡単だ。俺とカゲを見ろ。どうだ、なぁ」
それって素敵なことだろう、とヴァンディルセン君は言う。
ボクは思い出してしまった。
ヴァンディルセン君が、船の上でカゲ君を助け起こしたときの手つき。
大切なものに触るような、そんな手つきだ。
そうだ。
ボクがオリビアを思うのと同じ──
「やだよ」
「……オリビア?」
まっすぐな声が響いた。
【七天秘宝】の光に弾き飛ばされたオリビア。また立ち上がって、眠るカゲ君とヴァンディルセン君、そしてボクを見比べていた。
「オリビアは、そんな願い事はしたくないよ」
「なんだと? お前、死ぬのが怖くないのか。お前の父はドラゴンで、ずっとずっと生きていける種族だ。お前だって──」
「でも、オリビアは人間だから」
当たり前のことを、オリビアは言う。
「オリビアの家族は、みんな違う時間を生きてるの。ドラゴンと魔族と人間だから……でも、みんなが人間のオリビアが幸せになれる方法をいつも考えてくれてるの、知ってる」
「……うん。そうだ。そうだね……オリビア」
ボクが人間の姿に変身したのも。
たくさんの育児書を読んだのも。
お家が必要だと、魔王さんの家に突撃したのも。
オリビアが学校に行く方がいいと思ったのも、全部。
「……オリビアには、人の中で幸せに生きてほしいから」
「ふ、ざけるな!」
ヴァンディルセン君が地団駄を踏む。
「古代竜、それはお前がドラゴンだからだろう。我が子を残して死ななくてはならない俺は、そんな達観できるわけがない!」
「それは、人間だって同じだよ」
デイジーちゃんの一家を思い出す。
ギクシャクしていたのは、一人娘が将来、何不自由なく生きていけるようにって心配しすぎる親御さんの気持ちが原因だった。
親は子どもよりも、長生きはできないから。
でも、それは悲劇なんかじゃない。
「ボクはずっと、オリビアに……幸せに生きてほしいって思ってる」
それだけが、オリビアのパパとしてのボクの願いだ。
「オリビアはね、パパとずっと一緒にいたいと思うの。でも……もしも、考えるだけで悲しくて、涙が出てきちゃうけど、もしもパパともう会えなくなっちゃっても、パパにもらったものがオリビアにはたくさんあるの」
たくさんの本を読んだ記憶。
学校のお友達。学校の外で出会ったお友達。
家族四人で過ごした賑やかで温かい日々。
ふたりで過ごした、祠での思い出。
「ぜんぶ、オリビアの宝物だよ」
とことこ、とオリビアは歩く。
さきほど弾き飛ばされた、カゲ君の寝台に向かって。
「オリビア!」
今度はボクも一緒に。
「カゲ君はね、お父さんを止めてって言ったんだ」
「なに……!?」
「それって、どうしてなのかな? 【七天秘宝】はなんでも願いが叶えられるっていうけど……ずっとずっと生きていたいって願い事は、何かが変だよ」
バチバチ、と激しい音。
寝台を取り囲むようにして設置された【七天秘宝】が放つ光が、ボクらを押し返そうとする。
ヴァンディルセン君の意思だ。
ボクらは邪魔者で、彼の世界にはカゲ君しかいない。
だけど、それはカゲ君が望んだんだろうか。
きっと、違う。
ヴァンディルセン君がカゲ君を愛しているのと同じくらい、カゲ君はヴァンディルセン君を愛していて──カゲ君がはるか昔にしたお願いが、「お父さん」を苦しめているのを、知っているから。
「おりゃーーっ!」
ボクは力業で、【七天秘宝】が発する力を押しのけていく。
ヴァンディルセン君は信じられないものを見るように、ボクらを見つめていた。
「どう、して……ドラゴンだけならいざ知らず、人間の娘がそんなワザを……」
「オリビアは、パパの子だもん」
「無茶苦茶だ!」
「カゲ君を、起こさなくちゃ。カゲ君が知らないところで全部が決まってるなんて、おかしいよ」
「やめろ、俺はカゲの親だぞ!」
「パパは、いつだってオリビアのお話を聞いてくれたよ。学校に行くときだって、【王の学徒】になるときだって、いつでも──」
「やめろっ!」
ヴァンディルセン君は、大きく手を振りかぶる。
船で見せたときと同じ、【七天秘宝】を使ったすごい魔法かもしれない。
カゲ君に向かって、大量の魔力を放っている【七天秘宝】が怪しく光り始める。
ボクらは、魔法を使えない。
ここは丈夫がとりえのドラゴンことボクがオリビアをかばわないと。
「……お前らなんて、どこかに行ってしまえ! 正しい子育てなんて、俺に説くんじゃない……なにも、なにも知らないくせにっ!」
ヴァンディルセン君が叫ぶ。
拳には、見るからに触っちゃダメなかんじの光の球をまとっている。
ボクらに直接ぶつけようとしているのか、ヴァンディルセン君が一歩を踏み出した。
「あぶない、オリビア!」
そのときだった。
「うごっ!?」
ヴァンディルセン君は、つるっとスベって転んだ。
どしゃっという音が聞こえるくらいに、見事に。
「うわ、痛そう」
「待って、あれって……!」
ヴァンディルセン君の足もと。
見たことのある、ちょっと気持ちの悪い不定形の液体がうごめいている。
「ぷるるるるるるん!」
「スライムさんだ!」
「おおおおおまえがカゲの父さんか……」
ぷるる、ぷるん。
震えながらスライムさんがしゃべる。よくわからないけど、たぶんじっとヴァンディルセン君を見つめているんだと思う。
「スライムさん、どうして?」
「しししし親切な、チャンネーたちに助けられた」
「ちゃんねー? パパ、ちゃんねーってなんだろう」
「わからない。人間の古代エリアル語ではなさそうだけど」
「うゎっはっはー! 親切な美少女こと、我である~っ!」
「その声は!?」
「参りましょう!」
「うむ……とうっ!」
天井から聞こえた、聞き慣れた声。
かっこいい鷹とかわいい猫。
魔王さんたちだ。
ボクらの大切な家族が変身した、二匹の動物が【七天秘宝】に颯爽と駆け寄って、台座からいくつかを取り返してくれた。
「父うえ秘蔵の、大地の宝玉ゲットじゃ!」
「こちらは水の宝玉です。リュカさんが守ってきたものですよ」
台座から二つの宝玉がなくなって、ぴっかぴかに光っていた【七天秘宝】たちが、光を失った。
「マレーディアお姉ちゃん、クラウリアお姉ちゃんっ!」
「二人とも……来てくれたんだね」
「とーぜんじゃ! 家族のピンチじゃからなっ」
えへん、と胸を張る魔王さん。
「でも、二人ともどうして変身できているんだい……? このお城の中、魔法が使えなかったような」
「ふっふっふーん。そこは、我らの大活躍があったのじゃ!」
「はい。オリビアさんに教えていただいた抜け道を歩いていましたら、古代の原初生物であるスライムが、その、喋りまして……」
「ねねねねむりに落ちたと思ったら、チャンネーたちに起こされたのだ」
「何やら困っておったからのぅ、我らが助けてやったというわけじゃ!」
「カゲさんのことや、そのお父様のこと……とても気にかけていらっしゃったので」
「それに、この気味の悪い城にやったら詳しかったからのぅ~。案内させたというわけじゃ……地下の大魔法陣にのぅ!」
「ぷるるるん、大陸最後の生き残りとして、だてに地を這っていたわけではないぞぞぞぞぅ」
「地下の、大魔法陣……?」
「な、貴様……アレを壊したというのか!?」
ヴァンディルセン君がスライムさんに足を取られながら、なんとか起き上がって叫ぶ。
「この大陸の地上にいる生物から魔力を吸い上げる、あの特別な魔法陣……構築にどれくらい年月がかかったと……!」
「ふふふ、全部らくがきしておいた」
「おのれ……! だが【七天秘宝】の魔力は充分にカゲに注がれたはずだ……! これで、俺たちを苦しめていた、カゲの生命力を俺が吸い取ってしまうバグは取り除けるはず──ッ!」
「……ん、あれ? ここは」
「カゲ君!」
【七天秘宝】の力を注がれていたカゲ君が、むくりと起き上がる。
小さな白いドラゴンだった姿が、白髪の子どもの姿になる。
頬はふっくらとしていて、顔色が良い。
「とう、さん……?」
「カゲ、カゲ! ははは、よかった……すごく顔色がいいぞ!」
「これは……もしかして、とうさん、【七天秘宝】をつかって……?」
「ああ! よかった……ああ、おまえがやっと元気になった……これで……っ!」
ボクらは顔を見合わせる。
「これ、止めなくてもいいんじゃないかなぁ」
「う、ん。えっと……」
カゲ君は、どういうわけか【七天秘宝】をヴァンディルセン君が使うことを止めてっていっていたけれど。
もしかして、思い過ごしなんじゃないだろうか。
ヴァンディルセン君は、カゲ君を元気にするために【星願いの儀式】をしようとしていたみたいだし。
実際、カゲ君も元気になっているしね。
──ぼくのせいで、父さんは死ねなくなった。
カゲ君はそう言っていた。
親の方が子どもよりも先に死んでしまうのは、とても悲しいことだ。
でも、もしも何かの力で長生きができるなら?
ボクはそう考えずにはいられない。
「……こういうことに使うなら、魔力を使い切った後に【七天秘宝】を返してもらうのでもいいんじゃ……」
なんて、ボクがのほほんと言ったとき。
「とう……さん、だめだ!」
「え?」
カゲ君が、おぼつかない足取りで走り出す。
そして──。
「えっ!?」
台座に安置されている【七天秘宝】を、床に叩きつけてしまったのだ。
風の宝玉が、割れる。
火の宝玉が、砕ける。
「ちょ、カゲ君!?」
「ほか、のもおねがい……スライム!」
「うううううむっ!」
「あうっ!?」
「きゃあっ」
床から飛び上がってきたぬるぬるのスライムさん。
さっき、宝玉を手に入れてきた魔王さんとクラウリアさんに「べっちょぉっ!」と張り付いて、手から宝玉をたたき落とした。
「あっ、【七天秘宝】が……っ!」
大地の宝玉が、壊れる。
水の宝玉が、崩れる。
「そんな、どうして!」
「かかかかカゲは、この機会をうかがっていたのだ……おろかな父が二度とばかなことを考えないように」
「どういうことだい!?」
「やめろ、カゲ! おまえ、その宝玉があれば、おまえだけは、ずっと……元気で、俺も、いっしょに……」
カゲ君の細い腕を、ヴァンディルセン君が掴む。
豪華な衣装から、にゅっと腕が伸びる。
オリビアがそれをみて、「あっ!」と声をあげた。
まるで枯れ枝か何かのように、細くて生気のない腕だった。
「そんな嘘、ぼく、もう知ってる……っ! だめだよ、だめ……とうさん、さっきから、ずっとずっと苦しんでるじゃないか!」
「……」
「とうさんが苦しいの、もう嫌だよ! こんなの、おかしいもん!」
泣きながら、カゲ君がヴァンディルセン君の腕を振り払う。
「うわああぁん!」
光の宝玉が、散る。
闇の宝玉が、潰れる。
──【七天秘宝】が、ぜんぶ壊れてしまった。
「ど、どういうことだい?」
その瞬間だった。
「カゲ、すまん……もう遅いんだ」
「え、おとうさん……?」
「ぐ、ぐふっ!」
ヴァンディルセン君が、床に倒れた。
「おとうさん……ご、ごめんなさい、ぼく……」
ヴァンディルセン君の体が、みるみるうちに萎れていく。
若々しかった髪が白髪に、瑞々しかった肌がしわくちゃに。
一気に年を取っていく。
「ごほっげほ、もう、おまえとの……魔力的な繋がりは、切れた……よ、かった、さすがは……【七天秘宝】……」
「とうさん、とうさん!」
「ごめんな、カゲ……おまえ、俺のことよく見てたんだなぁ」
ヴァンディルセン君が、息も絶え絶えで言う。
そうか、嘘をついていたんだ。
やっと、ボクは気がついた。
カゲ君は、「父さんは僕のせいで死ねなくなった」と言っていた。
でも、それは嘘だった。
本当は、ヴァンディルセン君はいつでも死ぬことはできたんだ。
無理に寿命を引き延ばして、長いこと生きる苦しみにヴァンディルセン君は耐えていた。このお城で、カゲ君とたった二人で暮らすために、
──いつか、カゲ君を健康にするために。




