ドラゴン、考える。①
「うーん……カゲ君、どこにいるんだろう」
お城の中を走り回った。
けれど、どこにもカゲ君はいない。
もしかして、どこか隠された場所にいるのだろうか。
お城は広くて、隅々まで探したというわけではないけれど……ボクらの家にも、封印されていた図書館や隠し部屋、魔界に繋がっている地下の泉とかがあるわけで。
「どうしよう、カゲ君きっと心細い思いをしてるよ」
「……ボクたちだけだと、限界があるね」
うーん、とボクらはアタマを悩ませる。
こんなときには、いつもお友達や魔王さんたちが助けてくれていた。ヒントをくれたり、勇気をくれたり。
ボクはドラゴンで、オリビアはとびきり可愛くて優秀な【王の学徒】だ。それでも苦手なことは、たくさんある。
「人手が、足りない……」
「元気も足りないかも……」
しょんぼりと肩を落としかけたボクたち。
そのときだった。
オリビアが乗っている背中が、むずむずとした。
ふわわっ、と、ボクのタテガミが風に揺れたのだ。
本当に微かな風だけど、建物の中に風が吹いた。
「ん?」
「どうしたの、パパ」
「オリビア、今くしゃみした?」
「ううん」
「あくびは?」
「もぉ、してないよ~っ」
オリビアが、ぽこぽことボクの首筋を叩く。
あはは、肩たたきみたいだ。
「んー、でも今の風は……?」
「風……?」
「うん、今そよそよと……って、また」
今度はさっきよりも、強い風。
オリビアもほっぺたで風を感じ取ったらしく、「あっ」と声をあげた。
「パパ。オリビア、この風知ってるよ」
「え?」
「チリンの森の……シルフさん!」
オリビアが名前を呼んだと同時に、小さな妖精さんたちが風に乗って飛んでくる。たしかに、シルフさんたちだ。
「きっと、レナちゃんかマーテルさんがシルフさんたちと一緒に来てるんだよ」
「そっか、地面を歩かないから、ここまでこれたんだ……っ!」
「ぴーっ♪」
シルフさんたちが、嬉しそうにオリビアにひっついた。
オリビアが嬉しそうにシルフさんたちの頭を撫でている。
「えへへ、来てくれてありがとうね。オリビアたち、困っててちょっとへこたれちゃってた」
「ぴー、ぴぃっ♪」
ボクの鼻先にもじゃれてくるシルフさんたち。
どういうわけか、好かれているんだよね。
「……あれ?」
シルフさんたちが吹かせているそよ風から、何か声がする。
『おーい、ぉーい、古代竜~オリビア~』
魔王さんの声だ。
「マレーディアお姉ちゃんだ!」
風に乗って運ばれてくる声。
シルフさんたちの風が、声を届けてくれているんだ。
このお城の中では魔法は使えなくても、風は誰にもさえぎることはできないというわけだ。
『お、聞こえるぞ~』
「あのね、カゲ君が見つからないの……どこにもいなくて」
『……ぅ』
「レナちゃん!」
『……ぇと、うんと……』
喋るのが苦手なレナちゃんが、声だけの会話に戸惑っていると隣から魔王さんが助け船を出した。
『そのちびっこシルフたち、おぬしらの言うことならきくじゃろうから、カゲのやつをさがす手伝いをさせていいってことじゃぞ!』
「ほんとうに! ありがとう、レナちゃん♪」
『……ぅん、どう、いたしまして……』
『えっへん、レナ大先生が考えた作戦なんじゃぞ!』
『なんでマレちゃんのが偉そうなのでありまするか……』
いつものやりとりが、シルフさんたちの吹かせる風にのって運ばれてくる。
心が、ぽかぽかと温まる。
オリビアとボクは、ふたりぼっちじゃない。
そう思うと、なんだってできる気がした。
そして、カゲ君を助けたいというオリビアの気持ちを、ぜったいに萎れさせてはいけないと。ボクは、そう思った。強く。
「みんなは、お船にいるの……?」
『うむ、そうじゃ。ちびエルフが調査したところ、この大陸ってばペンペン草一本も生えてないんじゃよね……クラウリアが試しに上陸したら、しばらく歩いたところで『きゅうっ』って気絶したし」
「えええ、大丈夫なのかい!?」
『うむ、クラウリアは屈強な女騎士じゃからなんにも問題ない!』
よくわからないけど、すごく問題ありそう……。
大丈夫だろうか、怪我とかしていないといいけど。
『それで、追いかけてきたはいいものの上陸できずにおるのじゃよね。魔族でこれなら、人間の子らは絶対船から降ろすべきではないしのぅ……でも……』
魔王さんが、ごにょっと口ごもる。
『おぬしたちのことは心配じゃし? どうしたものかなぁと……』
魔王さん。
ついこの間まで、部屋から出ることすら嫌がっていた魔王さんが、ボクらを心配してくれている。
「あ、そうしたら──」
ボクはシルフさんたちの風を通して、手短に伝える。
スライムさんに出会ったこと。
抜け道があって、そこは安全だったこと。
それでもボクらは魔法が使えなくて困っていること。
『あう、なるほど……その抜け道とやらまで行ければ、城には入り込めるんじゃな?』
むむむ、と魔王さんが考える。
『わかった。こちらに任せて、おぬしらはカゲと【七天秘宝】さがしをせいぜい頑張るんじゃな──そろそろ、ヤバそうだしね!』
「え?」
やばそうって?
魔王さんが、ちょっと深刻そうに言う。
『──さっきから、軽く大陸吹っ飛ばしそうなほどのすごい魔力反応が起きてて……超不穏なんじゃが』
どうやら、時間がなさそうだ。
「ぴっ」
シルフさんたちが、「まかせろー」とばかりにポーズをきめてくれている。
ボクらには、みんながついている。
【七天秘宝】もカゲ君も、必ず見つけだすよ。
「……ここかい?」
「ぴぃっ♪」
シルフさんたちが「うんうん!」と頷く。
風はどんな場所にも忍び込める。シルフさんたちがお城の隅から隅まで、文字通り風に乗って探してくれた。
見つけ出してくれたのは、
「ただの壁に見えるよ?」
ほんとうに、ただの壁だった。
「ぴっぴ、ぴぃ~」
嘘じゃない、とぷりぷり怒って見せるシルフさんたち。
ぺちぺちとボクの鼻先を殴ってくる。
うぅん、容赦がない。
「ご、ごめんよ。隠し部屋ってことだよね」
「マレーディアお姉ちゃんの図書館みたいなかんじかな……?」
大昔に勇者たちによって封印されてしまった魔王さんお気に入りの魔道書がたくさん収蔵されている図書館を、ボクがうっかり解き放ったことがある。
本好きのオリビアのお気に入りの場所だ。
「……だったら」
ボクはあのときと同じように、ただの壁を触ってみる。
たしかに壁の向こうには、すごい魔力が渦巻いているのを感じる。
ドラゴンのぶっとい爪の先。魔力がたっぷり詰まっているはずだ。ちょっとした人間の封印術くらいは、ふっとんでしまう。というか、ふっとばしたことにボクは気付かない。
これで壁の向こうへ!
「……あれぇ?」
行けないみたいだ。
「パパ、どしよう」
「うーん、気が進まないけど……火を吹いてみようかなぁ」
「火!」
「うん、オリビア下がってて」
人間の姿になれないくらいなので、うまく力が出なくなっているのかもしれない。火を吹くくらいならできるだろう。
「……あれれれ!?」
ぼふん!
大きな火柱があがったけれど、それだけだった。
いつもよりも火力が出ない。まるで、お料理に使おうと思っていた薪が湿っていたみたいな。
「……困ったな」
ボクはぐぬぬと考える。
「パパ……?」
「ぴ……」
オリビアとシルフさんたちが心配そうにボクを見ている。
この壁の先に、カゲ君がいる。【七天秘宝】がある。そうなれば……。
「オリビア」
「うん」
「えぇっと。あっちむいててくれるかい? おめめと耳を塞いでて」
「……? うん、わかった」
ボクの言葉に、オリビアはこくんと頷く。
とことことボクから距離を取った。
シルフさんたちが、じっとボクを見ている。何人かはオリビアと一緒に遠くで目と耳を塞いでいるみたいだ。それぞれ個性があるんだね。
「……よし」
ボクは、ドラゴンだ。
のんびりお山で眠ったり、お散歩したりして過ごしてきた。
だけど、ずっとそうだったわけじゃない。
若い頃にはやんちゃ(寝ぼけて地面に大穴を空けたり)もしたわけだ。ボクは知っている。ドラゴンっていうのは──。
「うぉりゃーーーーっ!!」
本気を出すと、すごく力が強いってことを。
ボクは体のサイズを大きくする。一瞬、大きく鳴りすぎてお城の廊下の幅にミッチミチになってしまったので、もう少し小さめに。
尻尾を振りかぶる。
勢いをつけて──壁に向かって振り下ろす。
「とーーうっ!」
ボクの尻尾が、壁にめり込んで──
オリビアを抱えて、オリビアの育った村にいったとき。
彼女の育った小さくて粗末な小屋を、腹立ち紛れにちょっとだけ蹴り飛ばした。小屋はふっとんだ。
今日からボクが君のパパだよ……なんて言った直後に、だ。
あのとき、ボクは「やばい」って思ったんだ。
ドラゴンの力があれば、パンチやキックや尻尾一振りでなんだって解決できてしまう。壊せないものなんて、ほとんどない。
オリビアが、それを覚えてしまったら。
すごく強い力で何でもかんでも解決できるって思ってしまったら。
それは、小さな人間の子どもにとって、とてもよくないことだと思った。
でも──。
「ていっ!!!」
どごっ、がらがらがら……!
壁が崩れる。
「よっし!」
でもね。
パワーって言うのは、ここぞっていうときに使うためにあるんだ。
壁がガラガラと崩れ落ちる。
「……? わわ???」
律儀に目と耳を塞いでいるオリビアの頭の上に、ハテナマークが飛んでいるのが見える。パパの言いつけを守ってくれる、とても素直ないい子です。
「オリビア、もういいよー」
がらがらと崩れていく壁の破片からオリビアを護りながら、やさしく語りかける。
「うん……わわっ、壁が壊れてる! すごいね、パパ!?」
「ははは……」
本当に見ていなかったんだね。
よかったよかった。力はたいがいのことを解決するけど、オリビアがそれを知るのはまだ先でいい。
オリビアがボクの背中に飛び乗る。
いざ、壁の向こうへ。
立ち上る埃の中、人間の男と、ベッドに横たわる小さな人影。
──そして、六つの眩い光が見えた。




