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ドラゴン、忍び込む。


 長い長い洞窟を抜けると、そこは子ども部屋だった。

 本棚の裏が洞窟に繋がっていて、本棚をスライドさせて出入りするようになっているらしかった。

 子ども部屋には、ぬいぐるみや絵本やオモチャが所狭しと並んでいる。

 とても、綺麗に整理整頓された部屋。

 本棚や、おもちゃを並べる棚。

 どれも古くてぼろぼろのものばかりだったけれど、とても綺麗に整頓されている。数は多くないのは、もしかしたら大切なものを選んで並べているのかも。


「ここから、カゲ君は家出したのかもね」


 面白いのは、それらの持ち物を見ると「あ、ここはカゲ君の部屋だ」とわかることだ。

 別に長い付き合いではないのに、おかしいね。

 オリビアが好きそうな本はなくて、かわりにドラゴンのぬいぐるみや船の模型などがある。


「……咳、出ないみたい」


 オリビアがそっと、ボクの背中から下りて安心した顔をする。

 この大陸の地面──特に地表に触れなければ、魔力を吸い取られてしまうこともないみたいだ。

 防御壁の下を潜って、城内に忍び込んだ……ということなのかな。

 スライムさんがいなければ、こんなにあっさり入り込むことはできなかっただろうな。

 不思議な出会いに感謝だ。


「カゲ君、いないね」

「そうだね、どこに行っちゃったんだろう」


 ベッドはもぬけの殻だ。

 でも、まだ少しあたたかい。さっきまでここにカゲ君が眠っていたということだろうか。


「トイレかな?」

「だといいけど……」


 少しその場で待ってみた。カゲ君は戻らなかった。


「……大きい方かな」

「うーん……」


 もしかしたら、小さなドラゴンの姿になってどこかに隠れて体を休めているのかもしれない。


「探してみようか」


 小回りの利く人間の姿がいいよね。

 ボクはいつものように変身をしようとして。


「……あれ?」


 ドラゴンの姿のままだった。

 何度やってもそう。

 体の大きさを大きくしたり、小さくしたり。それくらいはできるようだけれど、変身はできない。


「うーん、この場所やっぱり変だな」

「オリビアも、魔法が全然使えなくなっちゃった」


 ヴァンディルセン君が長い間かけて整えたお家は、外の世界とはまったく違う理で動いているようだった。

 まぁ、しかたない。

 この部屋にはカゲ君はいなさそうだし、早いところヴァンディルセン君に会いに行こう。

 会って、たしかめるんだ。

 どうして【七天秘宝ドミナント・セブン】を盗んだのか。

 【七天秘宝ドミナント・セブン】を使って何をしようとしているのか。

 そして、カゲ君がどうして「とうさんを、とめて」と言ったのか。


「行こう、パパ」


 オリビアがいつになく力強い声で言う。


「オリビア?」

「このお部屋……すごく、さびしい感じがする」

「さびしい、かんじ?」

「うん」


 オリビアが頷く。


「カゲ君、ずっとここにいたんじゃないかな……でも、おもちゃも絵本も……ほこりがたくさん積もってるの」

「……本当だ」


 長いこと、誰にも触られていないみたいだ。

 古い絵本は、ほとんど絵も文字も読み取れないくらいにすり切れている。もともとは、とても大切にされていたようだ。長い時間が経ってしまったことだけではなくて、何度も読み返したことがすり切れた紙からはうかがえる。

 だって、こんなに長いことずっと子ども部屋に置いてあるんだもの。


「カゲ君。オリビアたちと一緒にいるときね……全然、笑ってなかったの」

「そうだね。それは……ボクも思っていたよ」

「うん。迷子だからかなって、不安だからかなって、オリビア……カゲ君が元気になれるように、考えたんだ。お魚とりも、潮干狩りも、オリビアは楽しくて……でもやっぱり、カゲ君は笑わなかったの」


 オリビアが、泣きそうな顔になっている。

 どうして、泣かないでオリビア。

 だって、オリビアは悪くない。カゲ君とはたまたま知り合っただけで──


「ひとりぼっちは、すごく怖いことなの」

「……オリビア」

「カゲ君は、ひとりで海の上を飛んでたのかな。それってすごく怖いことなんだよ……オリビアは、知ってる」


 そうだ。

 オリビアはあの寒い日に、深い森を越えてボクの祠までやってきた。

 お前はドラゴンの子だ、という意地悪な嘘を吹き込まれたのを信じて、ボクに会いに来てくれた。


「カゲ君ね、カゲ君のパパが迎えに来てくれたときにも笑わなかったんだ。ずっと、カゲ君はここでパパと暮らしていたんでしょう。たった二人で、ずっとずっと……それなのにカゲ君がカゲ君のパパに会っても笑えないのは、どうしてなんだろう?」


 ぽろぽろ、とオリビアが涙を零す。

 がらんとした、さびしい子ども部屋。

 荒野にたたずむ、ふたりぼっちのお城。


「……うん、そうだね」


 ああ、そうか。

 ボクは思う。

 ここは、全部が真反対なんだ。

 緑のお山にある、四人のお家。

 ボクとオリビアはふたりぼっちじゃない、魔王さんたちがいる。

 オリビアには、クラスメイトたちがいる。


 ボクにも、パパ友ができた。

 ボクらの家のオリビアの部屋は、実は最近ものすごく汚い。


 本が本棚からあふれ出して、お土産やぬいぐるみが床まで浸食している。

 捨てられないんだ、とオリビアは言っていた。どれも大切な思い出があって、たとえば小さな石ころだって捨てたくないのだと。

 ボクは広いお城の一室を『オリビアとの思い出博物館』にすることを提案したけれど、オリビアからも魔王さんからも「いや、そういうんじゃない」と呆れられてしまった。やっとその意味がわかった気がする。


「カゲ君を助けよう。おとうさんを止めてっていっていた……ボクらに何ができるかは、わからないけど……カゲ君の近くにいてあげよう」

「うん、パパ」


 ぐい、とオリビアが涙を拭う。

 オリビアが鞄から【失われし原初ロスト・ワン】を取り出した。


「おねがい、【七天秘宝ドミナント・セブン】がどこにあるか、おしえて」


 その声に応えるように、極太虹色光線が……あれ、光らない。


「ん?」

「どうしたんだろう、あれれ?」

「あ、もしかして魔法が使えないから?」

「えええっ! そんなぁ」


 このお城の中では、魔法が使えない。

 たぶん、どこか別のところに魔力を吸い取られてしまうからだろうか。やるな、ヴァンディルセン君。


「でも、カゲ君を探さないと」

「そうだね……うん、こうなったら」


 ボクとオリビアは、大きくうなずきあった。


***


「カゲくーーんっ!」

「おーい、カゲくーん。どこにいるのー!?」


 大きな声で名前を呼ぶ。

 あちこち、探し回る。


 とってもシンプルな、迷子探しの方法だ。

 ドラゴンの姿のままでお城を走り回るのは、ちょっと大変。だけど、オリビアを背中に乗せてのっしのっしと歩けるのはいい。

 ヴァンディルセン君に見つかってしまったら、それはそれ。

 今は、カゲ君に会うのが先決だ。

 それは、ボクたちがやらなくちゃいけないこと。

 なんだか、強くそう思う。



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