ドラゴン、お寝坊をする ~オリビア、はじめてのミルクスープ作り~
うーん、むにゃむにゃ。
ボクは、まどろみのなかにいた。
オリビアが帰ってきて数日。
以前と変わらない、おだやかで楽しい日常をおくっている。
ボクは、元魔族軍の訓練場だったとっても広い寝室にあるベッドで、ぬくぬくと眠る。
ちょっぴり目をあける。
窓から入ってくる日差しが、いつもよりも強い気がする。
明るい、というか……。
「っ、うーん。あれぇ。もう、お昼?」
太陽をみれば、お昼とはいわないまでも高く昇ってる。
ずいぶんと遅い時間みたいだ。
おかしいなぁ。
いつもならオリビアが「パパ! オリビア、お腹すいたぁっ!」と起こしてくれるのに。
そんなことを考えていると。
遠くで、なにか楽しげな音がする。
トントン、コンコン。
やがて、とってもいい香りが漂ってきて――
「きゃぁあぁあぁっ!?」
――悲鳴があがった。
ボクは一気に目が覚めてしまう。
いまの声は、オリビア!?
「だ、だ、だいじょうぶかい。オリビアーーっ!?」
ボクは駆けだした。
ベッドから飛び出して、声のしたほうに。
キッチンに飛び込むと、オリビアはそこにいた。
「ぱ、パパッ!」
「オリビア、大丈夫? どうしたの」
「あの、その。ミルクスープを作ろうと思って」
「え?」
オリビアはエプロンをつけていた。
手にはおたま。お鍋には……ずいぶんと少ないミルクスープが。
そして、床にはミルクが零れている。
「パパがすごくよく眠ってたからね、朝ごはんはオリビアが作ろうと思ったの。レシピも読んだし、学校でスープの作り方も習ったんだけど……そうしたら、いきなり、ブワァッて吹きこぼれちゃって」
「……オリビアッ」
しおしおと肩を落としてしまったオリビアを抱きしめる。
ぎゅうっ!
「パパ、苦しいよ」って言われて、あわてて力を少しゆるめた。でも、いまのは仕方ないよ。
だって、オリビアが、こんなに優しい。
ボクのために、朝ごはんなんて!
「パパに、ミルクスープを作ろうとしてくれたのか。オリビア、ありがとうっ!」
「でも、こんなに吹きこぼれちゃったよ?」
「大丈夫。床はこうして、しっかりと拭けば平気さ」
「あ、オリビアもやるーっ!」
ふたりで掃除をすれば、片付けはあっという間だった。
モップを片付けたら、お待ちかねの時間だ。
オリビアの作ってくれたスープを温め直して、スープ皿によそう。
「このスープ、いただいてもいいかな?」
「え。パパ、食べてくれるの?」
「もちろん。吹きこぼれたとはいえ、まだ少しあるだろう。さあ、食べようよ」
「で、でも……」
「パパ、食べたいなぁ」
そう微笑みかけると、オリビアは戸惑ったような、でも少し安心したような顔をした。
大丈夫だよ、オリビア。
君がパパのために作ってくれたスープが、美味しくないわけないじゃない。
ボクは、ダイニングにふたりぶんのスープ皿をテーブルに並べる。
二人で食べるにはずいぶん少ない量になってしまっている。ボクは、少しずつ大切に味わった。
「うん。おいしいよ」
「ほんとに?」
「ほんとさ。ありがとう、オリビア」
世界一おいしいミルクスープだよ。
そう伝えると、オリビアがお花みたいに笑った。
***
さて。
今日も今日とて、夕食の準備。
そう思ってキッチンに入ると、オリビアがエプロンを着けて待っていた。
「あれ。オリビア。どうしたんだい、いつもの魔導書の虫干しは?」
「えへへ。マレーディアお姉ちゃんがやってくれるって」
にこにこと微笑むオリビアは、ボクの前でぴしっと気をつけの姿勢で立つと、
「パパ先生っ、オリビアにミルクスープの作り方をおしえてください!」
と敬礼をひとつ。
えー、なにそれ、オリビア。
そのポーズ可愛すぎるんですけど!
――ひとしきり悶えたボクは、エプロンを着用してキッチンに立った。
オリビアはボクの手元を熱心に見つめている。
なるほど、今朝の失敗を気にしているのか。気にしなくてもいいのにな。
「えっと、まずは具材を炒めるよ。スライスしたソーセージを弱火で炒める。じわっと油が出てくるので、そうしたら玉葱をいれます。透き通るまで炒めるよ」
「ふむふむっ!」
「そしたら、今日はキノコもいれようか。根元の石づきは切り落として、ほぐしながら入れて炒める。ここまで来たら、水を入れて一煮立ち」
「うんうん。オリビア、ここまではちゃんと出来てたのになぁ……」
「吹きこぼれたのは、ミルクを入れてからかな?」
「うん、そうなの。いきなり、ぶわぁ~って」
「なるほどね。……えっと、ミルクを入れたら火をうんと落とすんだ」
「へぇっ!?」
「ミルクは沸騰すると一気に吹きこぼれるんだよ。だから、ミルクを入れてからは沸騰させないように……ほら、鍋のふちにプクプク泡が出てきたら、火を止めて」
火を落とすと、ふわぁっと湯気が一気にたちのぼる。
「そして、隠し味は、」
「えっ、隠し味? なになにっ!?」
「蜂蜜を、ひとたらし」
とろりとした蜂蜜を垂らして、さじでくるりとかき混ぜる。
塩胡椒で味を調えたら、ミルクスープの完成だ。
オリビアが小さい頃から、毎日毎日作ってきたスープ。
隠し味に蜂蜜を使えるようになってからも、いったいどれくらい作っただろう。
これだけはレシピ本を見なくてもすぐに作れるくらいに、ボクの手にしみついているんだ。
「さて、お味はどうだろう。味見、してみてもらえるかい?」
「うんっ」
「はい、どうぞ」
ふぅふぅ、とボクの差し出した味見用のさじを吹き冷ましてオリビアはミルクスープをすする。なんだか、オリビアが小さいころを思い出しちゃうな。こうやって、スープを食べさせていたっけ。
「えへへ。ねえ、パパ?」
「うん?」
オリビアが背伸びをして、そっとボクの耳に囁く。
ナイショ話をするような声を、はずませている。
「あのね。パパのミルクスープ、やっぱり世界一おいしいよっ」
だって。
ああ、もう。
ウチの娘、やっぱり世界一可愛いのではっ!?
受け継がれる、パパの味。
現代日本に生きる我々は、コンソメ顆粒とか使うと美味しいです!!
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