ドラゴン、空を飛ぶ。
巨大なイカさん……クラーケンさんからは何本か足の一部をいただいて、オリビアの治癒光で元気にしてあげた。
意識を取り戻すと、ものすごく怯えて泳ぎ去ってしまった。
なんだか、悪いことをしたな。
大きなイカの足は時間が経つと美味しくなくなってしまうらしいので、急いで串焼きにしてイカ焼きパーティをすることにした。
そのまま食べるとエグみが強かったので、今回はオサシミはおあずけだ。
といっても、カゲ君はあまり食欲がないみたいだ。
「はい、焼けたよ」
「わぁい! いただきまーす」
「カゲ君もどうぞ。少しでも食べた方がいいよ、また咳がでるかも」
「……うん」
「それで、カゲ君のパパ……ヴァンディルセン君の話ってなんだい。【七天秘宝】で何をしようとしているの?」
串焼きを片手に、甲板の隅に腰を下ろす。
視界を遮るもののない、海原。
どこまでも海、海、海……その水平線に夕日が沈む。海と空とボクらの船(と、パオパオさん)しかない世界。
宝石みたいな夕焼けを眺めながら、カゲ君は言葉を探している。
「いまから向かう大陸は、もうずっとながいことほかの大陸からやってくる船を遠ざけている……とうさんが、そうしてる。さっきの、人魚や、くらーけんも、そう。とうさんが、大陸をまもるためにそうした」
「それは、どうして?」
「……ながいこと、【死の大陸】にいると……いのちが、なくなってしまうからだ」
「え?」
それは、聞き捨てならない。
オリビアを危険な目にはあわせたくないもの。
「【星願いの儀式】というのがあるって、とうさんが言っていた。なんでも、ねがいが叶うって」
「【七天秘宝】をすべて集めたら、って聞いたよ」
「うん。とうさんは……ぼくが、そう望んだから……きっと、」
そのとき。
空から、突風が吹いた。
オリビアが被っていた、大きな羽のついた船長帽子が空高く吹き飛ぶ。
イカ焼きを気に入ったらしく、もぐもぐと果敢に食べていた魔王さんが叫ぶ。
「あう、帽子が!? むぐむぐっ、この風はっ」
「これは、王都と同じ……っ!」
「あうむぐっ、みなのもの、ふせむぐーっ!」
「……あの、マレーディア様。食べるか指揮を執るかどちらかで」
「だ、だってイカって飲み込むタイミングが難しいんじゃもん……むぐっ」
ひゅうひゅう吹きすさぶ風、東の空からすごい速さで飛んできた人影。
ヴァンディルセン君だ。
ものすごく怖い顔で、ボクたちのほうを睨んでいる。
「この……、この、誘拐犯めっ!!!」
誘拐犯。
ヴァンディルセン君の視線は、カゲ君に注がれている。
ゆっくりと見せつけるように腕をあげて、振り下ろした。そのとたんに、突風とともに、水の塊が甲板に降り注ぐ。
すごい勢いで叩きつけられる水滴は、ダダダダダッという音を立てて甲板を叩いた。
「うわぁ~!」
「やばいぞ、物陰に隠れろ!」
「いて、いてて!」
まるで鉄の玉に当たったように痛がっている人間の船員さんたち。
魔王さんが魔法で周囲の船員さんたちを守っているけれど、甲板においてある木箱がひっくり返ったり、帆が破れたり。大惨事だ。
パオパオさんは頭と手足を甲羅の中に引っ込めて、とりあえずは事なきを得た様子。
「オリビア、こっちへ!」
「うん、パパ」
オリビアをとっさに守ろうとする。
呆然と空を見上げているカゲ君もボクの方に引き寄せようと手を伸ばしたけれど、カゲ君の近くにできていた荷物の影が、うぞぞと蠢いた。
「カゲ」
「……とうさん」
影の中かが姿を現したヴァンディルセン君が、大事そうに──ボクがオリビアを抱きかかえているのと同じように、カゲ君を抱き上げた。
「……貴様、その髪の色、その瞳の色……ドラゴン?」
「ヴァンディルセン君、えぇっと」
ひさしぶり、とか挨拶する感じじゃないよね。
「カゲを誘拐したのは、なんのつもりだ」
「ゆうかいじゃ、ない……とうさん、ぼくは」
「大丈夫、カゲは黙っていて。体は大丈夫か? もうすぐ、俺たちの夢が叶うんだ……心配ないよ」
「とう、さん……ごほっ!」
「ほら、いわんこっちゃない!」
「カゲ君、大丈夫かい?」
「貴様が心配するな、この誘拐犯!」
「いや、だからボクは……」
ボクが困っていると、ヴァンディルセン君は大きな舌打ちをして空へと飛び上がる。
舌打ちって、傷つくなぁ……。
「貴様ら、俺の愛する息子に手を出したことを後悔させてやろう──海域を守る魔物たちにこの船を必ず沈めさせる」
ヴァンディルセン君の言葉に、船員さん達が悲鳴をあげた。
「さっきのが、もっと来るのかよ!」
「うぅ、まだ家のローンが三十年も残ってるのに」
「助けてくれぇ」
魔王さんとクラウリアさんがなだめているけれど、もうパニック寸前だ。
「貴様……」
魔王さんが、ゆらりと立ち上がる。
いつもあわあわと慌てている魔王さん。
でも、今は違った。
「我らが船の仲間に何をする!」
魔王さんが、ぼぼぼぼんっと黒い炎の玉を飛ばす。
普段は温厚な魔王さんだけど、乱暴な攻撃にかなり起こっているようだ。
小さな体の周りには、ぬらぬらとした不思議な炎が揺らめいている。
あれ、魔王さんの魔法だ。
かつて魔族さんたちを率いて人間たちと喧嘩していた頃の面影が、ちょっと見え隠れした──魔王さん、誰かのためだったらあんなに怒るんだ。いや、怒れるようになったんだ。それはきっと、夏の冒険を乗り越えたからで。
「でもっ、ちょっと待って!」
次々にヴァンディルセン君に炎の玉が襲いかかる。
ダメだ、カゲ君だっているのに。
「案ずるな、ちびっこドラゴンには当てん!」
「……ふん」
ヴァンディルセン君が、ぱちんと指を鳴らす。
その小さな動きひとつで、魔王さんの火の玉は見えない壁に阻まれてしまった。
「あうっ!?」
「そんな、マレーディア様の魔法が!」
「……ふん」
表情ひとつ変えていないヴァンディルセン君の指には、長年魔界を守っていた【大地の宝玉】がはめられていた。シュトラ王国を守っていた【光の宝玉】もどこかに持っているに違いない。
ぞわわ、と海面がさざめき立つ。
さっき吹いた強い風が、もう一度吹く予感。
「ごほ、げほっ……どらごん、おりびあ!」
はげしく咳き込みながら、カゲ君が必死に訴える。
びゅうびゅう吹く風と咳で、ほとんど聞き取れなかったけれど。
「たすけて。とうさんを、とめて」
カゲ君はたしかに、そう言った。
ドラゴンの耳は、よく聞こえるんだ。
風が吹く。
その風に乗って、ヴァンディルセン君がすごい速さで東の空へと消えていく。何度か瞬きする間に、その姿はボクの目でも見えなくなってしまった。
「……【失われし原初】、六つの宝石の場所をオリビアに教えて!」
オリビアがすかさず、【失われし原初】に問いかける。
極太の虹色光線が、ヴァンディルセン君の消えていった方向に伸びていく。
魔王さんとクラウリアさんが、むむぅと唸る。
「……あう。我が剛速球を真正面からガードするとは……それに、さっきの風やら水鉄砲やらは、どー考えても【七天秘宝】の力じゃろ」
「はい、同感です。まだ彼は【星願いの儀式】は行っていないようですね、宝玉に溜め込まれた強い魔力の波動を私でも感じましたから」
「あいつ、強敵ってやつだしガチじゃな」
「はい。ガチかと」
オリビアが、ボクを見上げる。
「パパ、カゲ君のこと、助けなくちゃ!」
「オリビア……!」
たすけて。
とうさんを、とめて。
カゲ君の言葉はオリビアにも聞こえたのだろうか。
いや。
オリビアは、そんな言葉がなくったってお友達を助けようとするだろう。とっても、優しい子だから。
魔王さんが、こほんと咳払いをした。
「古代竜!」
「魔王さん……?」
「あやつ、追いかけるんじゃろ?」
「うん、そのつもり」
「おっけーじゃ。この船は、我に任せろ」
えへん、と胸を張る魔王さん。
さっきの突風で飛ばされてしまっていた、船長帽子を拾い上げた。
「オリビア、帽子返してもらうぞ!」
「うん!」
「ふっふっふ、キャプテン・マレーディア再びじゃ!」
魔王さんは大きく息を吸い込んで、ヴァンディルセン君の言葉にガクガクと震えている船員さんたちを激励した。
「やろーども! 無事に家にかえりたいかーっ」
「おーっ!」
「よーぅし、全速前進ーっ! やろうども、キビキビ動くのじゃーっ!」
「おーっ!」
「この船を襲う不埒な輩は、このキャプテン・マレーディアが魔法でちょちょいのちょいじゃっ! 恐るるに足らず~っ!」
「おおおおーっ!」
すごい。
みんながたちまちやる気を取り戻した。
これが、魔王さんの実力!
「古代竜さん、オリビアさん。おそらくこの場所に長く留まることがリスクだと思います。私とマレーディア様で責任を持ってみなさんを無事に返します」
「クラウリアさん!」
船員さんたちはただの人間だ。
この人達が危ない目にあうのは避けたい。
「ありがとう、お姉ちゃん。でも、オリビアたちはね、えっと……」
「ふふ、わかっていますよ。追いかけるんでしょう、カゲさんのこと」
「うん」
「はるか東にある【死の大陸】……古代竜さんがいれば大丈夫だと思いますが、どうか気をつけて」
「うん、クラウリアお姉ちゃんも!」
「ええ、もちろん。状況を意思決定をする人間たちにも伝えて、すみやかに私たちも後を追いかけるようにしますから。あの様子ですと、どう考えても【七天秘宝】を悪用しようとしていますからね」
「……うん」
ヴァンディルセン君。
一体どういうつもりなんだろう。
「気をつけて。カゲ君の言うことには、【死の大陸】っていうのは上陸すると命を吸い取られちゃうとかなんとか……」
「大丈夫、これでも我々は魔族ですから。頼もしいみなさんもいますから」
「わ、わかった」
マレーディアさんたちは一旦退却。
そして、ボクたちは──
「じゃあ、先に行くね!」
「いってきます、お姉ちゃんたち!」
ドラゴンの姿になって、大きく翼を広げる。
空高く飛び上がると、船員さん達がおたけびを上げる。
「ドラゴンだ~~~~っ、でっけ~~~~~!!」
ボクの姿でテンションが上がる人って、一定数いるらしい。
照れくさいね。
ヴァンディルセン君に見つからないように船旅をってことだったけれど、もうこうなってしまったら関係ない。
「行くよ、オリビア。しっかりタテガミに掴まって」
「うん!」
慣れっこ、快適、空の旅。
船酔いもしないし、キャンプだって必要ない。
ボクたちには、やっぱりこれが似合ってる。




