ドラゴン、人魚とカラオケ対決をする。③
あっけないな、と思った。
古のドラゴンさえいれば、父さんを止められるんじゃないかと思った。
海を生きるドラゴンは、陸には上がれない。
陸に生きるドラゴンは、海には入れない。
ぼくも陸のドラゴンの末裔としてわかるけど、ぼくらはそもそも泳ぐためには生まれてきていないんだ。
「パパ!」
ニンゲンの娘が、そう叫んで駆け出した。
やめとけ、やめとけ。
とうさんのペットは大きいだけじゃなくて、凶暴だ。
さっきのセイレーンだって、とうさんが大陸の周辺海域に放ったって言っていた。それが今でも、このあたりを通りかかる船を沈めている。
クラーケンは、とうさんが何千年もかけて育てた。
とうさんに近づく者は許さない。
きっと、ぼくが寝室からいなくなっていることにとうさんは気付いているはずだ。とうさんが怒れば、ペットたちも気が立ってくる。そういうふうにできている。
だから、やっぱりダメなんだ。
ぼくのせいで、とうさんがおかしくなっちゃった。
それは、もう止められないんだ──。
「パオパオさん、お願い。パパを助けて!」
「むぅ……」
「パパは泳げないの!」
「わかった、ま~か~せ~ろ~」
ドラゴンの娘、オリビアが巨大な亀に叫んだその瞬間。
ざばぁん。
亀が海中に潜っていった。
甲羅の上で水平を保っていた船が、ふたたび海に放り出される。
言葉を理解する、巨大な亀。おそらくは古代から生きる、気高い生き物なのだろう。でも、海でクラーケンには勝てないよ。長生きした結果が、イカに食べられるなんて可哀想に。
ぼくが冷めた目でオリビアを見ていると、海面がめりめりと盛り上がってきた。
なんだ? 一体、何が起きたんだ。
「とぉお~う!」
ざばぁああん!
すごい勢いで、海中からクラーケンが打ち上げられていた。
なんだ、どういうことだ。
「ふぉふぉふぉ、亀の甲はイカには勝てんが……亀の甲より年の功じゃ~」
「ええ……!?」
空中に打ち上げられたクラーケン。
ドラゴンの姿に戻った古代竜が触手から逃れて、飛び上がった。
でも、再び触手がにょろにょろと蠢く。
さっきドラゴンを狙ったのは、歌が聞こえたからだろうか。でも、今度はこの船を狙っているようだ。
「イカさんもお魚なら……!」
オリビアが大きく手を振りかざす。
何を、と思うその前に。
カッと真っ白い閃光が、ぼくの目をくらませた。
ほぼ同時に、爆発するみたいな轟音。
そうか、これは。
「……雷」
***
オリビアの雷が、空中に放り出された巨大なイカに直撃した。
びびび、と痺れたあとで、海に真っ逆さま。
大きな波が立った。
雷が海面まで届くことはなかったようで、パオパオさんも周囲のお魚も船も無事だった。
「パパ!」
「オリビア、助けてくれたんだね……」
まさか、オリビアに助けられることになるなんて。
うるっときてしまう。
本当に、大きくなったんだね。
甲板に下りる。ボクの鼻先にオリビアが抱きついてきた。
「よかった、パパ~」
「ありがとう、オリビア」
「えへへ。みんなにダメって言われたのに、またビリビリさせちゃった」
「あー……イカさんだけだし、非常事態だったし……」
海面にぷかーっと浮かび上がっているイカさんから目をそらす。
たしかに、可哀想なことをしてしまったかもしれない。
さきほどの雷のせいなのか、雨は止んで雲も少しだけ薄くなってきたようだった。
ボクは仕上げに、ふぅーっと空に息を吹きかける。
雲は散り散り、ばらばら。
お日様がぺかーっとボクらを照らして、船員さん達が喜びの声をあげた。
「やった! セイレーンにクラーケンとかいう伝説級の海難を乗り切った!」
「さっきの見たか、やっぱり【王の学徒】ってのはすごいんだ!」
「ばんざーい! 今夜はイカパーティだー! オリビアちゃん、ばんざい!」
次第にオリビアコールが広がっていく。
「あう……、この人望……船を守ったオリビアに、船長の座を譲るときがきたかもしれんな……」
魔王さんは被っていた船長帽子を、オリビアの頭に乗せる。
「マレーディアお姉ちゃん?」
「オリビア……この帽子を、おぬしに預けるっ」
「ふぇ?」
「く~~ぅっ! こんな感じのセリフ、言ってみたかったんじゃよなああぁ~っ! どうじゃった、クラウリア。どうじゃった!」
「ふふ、かっこよかったですよ。マレーディア様」
「わぁい!」
「えへへ、お帽子似合うかな」
「うむっ、オリビアもめっちゃ似合っておるぞーぅ!」
巨大なイカさんを撃退して、天気もぽかぽかになってきたことでみんなが陽気になっている。よかった、よかった。
ひとまず、危機は脱したみたいだ。
「カゲ君も、怪我はない?」
「……だいじょうぶ」
こくん、とカゲ君が頷く。
「どらごん、おりびあ……その、」
「どうしたの?」
「もうすこし、話を聞いてほしいんだ」
真剣な表情で、カゲ君が言う。
「おとうさんが、【七天秘宝】を使ってやろうとしていること……ぼく、しってるんだ」




