ドラゴン、人魚とカラオケ対決をする。①
甲板に出るには食堂を通る。
さっきまでは、あんなに楽しそうにしていたみんなの様子がおかしかった。
「パパ、なんだかおかしいよ……みんなが眠ってる」
「ほんとだ、健康的……!」
外から響くパオパオさんのいびきに紛れて聞こえてなかったけれど、船員さんたちがぐぅぐぅといびきを立てて眠っていた。
魔王さんとクラウリアさんも、手を繋いで仲よさそうに眠っている。
「むにゃ……ぜんそくぜんしーん、おもかじいっぱい……むにゃ」
「「「あいあいさー!」」」
「ふっふふぅ、我が麗しきキャプテン・マレーディアさま……口の端にクッキーがついてますぅ……すゃ」
寝言で会話をしている。
すごいな、海の男ってかんじだ。
でも、これは異常事態っていうやつだ。航海中にみんなが眠りこけてしまうなんて、ありえない。
「甲板で、何かが起きているのかも……」
「うん……ふぁ……」
「ぐ……ね、むい……」
「あれ、オリビア? カゲ君……?」
ボクが抱っこしている二人も今にも眠りそうになってしまった。
カゲ君が重くなる瞼と戦いながら言った。
「なにか、きこえる……ぼく、これを」
「ぐぉー」
「うう、うるさいよぅ……」
オリビアがパオパオさんのいびきに耳を塞ぐ。
「……あれ?」
「どうしたんだい、オリビア」
「あのね、耳を塞いだら眠くなくなった。なんでだろう」
「え? ほんとに」
「うん。今はぜんぜん眠くない」
「カゲ君は、完全に寝ちゃったね」
これって、どういうことだろう。
魔王さんとクラウリアさんの近くにカゲ君を降ろすして、ボクらは甲板に向かう。ドアを開けると、ものすごい嵐だった。
吹きつける風。
大粒の雨と高波。
そして、パオパオさんのいびき!
「ぐおぉ~~、ぐおぉ~~~」
「わあっ。パオパオさんのいびきは、耳をふさいでても聞こえるよ」
「う、うるさ……ボク、寝てるときってこんなにいびきをかいているの……?」
つくづく、とてもショッキングだ。
オリビアにあとで色々聞いてみよう……。
「あれ……いびきのほかにも、何か聞こえる……?」
「そうなの?」
「うん、なんだろう」
オリビアが耳を塞いだまま、きょろきょろとあたりを見回す。
何も見当たらないらしい。
ボクは、よく見えるドラゴン・アイでじっと遠くを見つめると……。
「え、あれって──人魚さん!?」
岩の上で歌っている人がいる。
最初はそう思ったんだけど……よくよく見ると、そこにいるのは上半身は女の人、下半身はお魚の人魚さんだった。
「え、金魚さん……? パパはやっぱり目がいいね、そんなに小さなお魚が見えるなんて」
「違うよオリビア、人魚!」
「ニンジャ?」
「にーんーぎょ! 人魚さんだよ、オリビアが好きだった絵本に載ってた、あの!」
「えっ! 人魚さんって……『ちびっこ人魚姫』の、あの人魚さん!?」
オリビアが目を輝かせて、その拍子に耳から手を離してしまう。
「う、ねむ……」
「わ、オリビア!」
ボクは慌ててオリビアの耳を塞いだ。
幸い、ボク眠くならずにいられている。これはもしかしたら、あの人魚さんたちが歌っている歌に関係があるのかもしれない。
「パパ、学校の授業で習ったんだけどね……昔話で、人魚さんたちが船を沈没させてしまうっていう伝説があるの。お歌を聴いた船乗りさんたちが、ぐぅぐぅ眠ってしまって……それで、お船は難破して、二度と戻ってこなくなってしまうんだって」
カタカタとオリビアが震えている。
たいへんだ、それでみんなが眠ってしまったのか。ボクが眠らないで済んでいるのはラッキーだ。たぶん、人間や魔族とか……ちいちゃいものたちとは、根っこから違う生き物だからだろう。
「ど、どうしたらいいんだろう」
「うーん……昔の英雄の人たちはね、その……えっと……耳に溶かした蝋を流し込んで、人魚さんたちのお歌を聴かないようにしたとか」
「物騒!! 物騒すぎるよ、だめだめ!!」
「うん、オリビアもずっとそう思ってた」
ニンゲン、たまにすごいことを考える。
どう考えても、オリビアにはそんなことはさせられない。
どうしたものかと考えていると、ぐぅぐぅ眠っているパオパオさんが波に流されてどんどんと岩場に近づいていってしまった。
このままでは、パオパオさんがものすごい勢いで頭をぶつけてしまう。甲羅の上にのせてもらっている船も、その勢いで岩に叩きつけられてしまうかもしれない。
「ま、まずい!」
「パオパオさん、おきて~」
ボクらの声にもパオパオさんは起きそうもない。
どうやら、人魚さんたちの声が聞こえないようにならないといけないらしい。でも、どうやって……?
「そ、そうだ。ボクが火を吹いて、岩を溶かす!」
「人魚さんたちも溶けちゃうよ……」
「うぅ、そうだよね。あとは……ボクが飛んで、声の聞こえないところまで船を運ぶとか」
「ううん……でも、もし飛んだら、ヴァンディルセンさん……カゲ君のパパにに見つかっちゃうかもしれないんでしょ?」
「そうだねぇ……」
正直に言えば、ヴァンディルセン君も強くなったみたいだし、少しくらいは荒っぽいことをしても大丈夫かなと思っていた。
だから、いざとなったらびゅーんと飛んで『死の大陸』とやらに行ってしまおうかと思っていた。
そもそも名前が怖いし。
そんな物騒な名前のところに、じわじわ近づいていくっていうのはちょっと気分が悪いしね。
でも、ちょっと事情が変わってしまった。
迷子のカゲ君を育てていた「おとうさん」がヴァンディルセン君ってことになれば、なるべくだったら喧嘩は避けたい。
ヴァンディルセン君がどうして【七天秘宝】を盗んだのか。
ヴァンディルセン君が、【七天秘宝】で何をしようとしているのか。
ちゃんと話してみたい、と思う。
人間であるヴァンディルセン君は、どういう巡り合わせかは知らないけれどドラゴンのカゲ君を育てようとしていた。
そんなニンゲンをボクは知らないもの。
どんな気持ちだったのか、知りたいと思う。
ヴァンディルセン君が悪いやつだなんて、ボクには思えないのだ。
「歌で眠ってしまうっていうことは、あれは人魚さん達の子守歌ってことだよね……うぅん、子守歌で眠ってしまうってことは……」
オリビアのために覚えた子守歌を思い出す。
でも、あまり役にはたたなかったんだよね……ボクの子守歌を聴くと、オリビアはどういうわけだか余計に目が冴えちゃったみたいで、ころころと笑い転げて全然……それはもう、全然眠ってくれなかったんだ。
「はっ、だったら……」
「パパ?」
こうなったら、一か八かだ。
「ボクが歌うよ! 人魚さんたちより、大きい声で!!」
船室にいて、パオパオさんのいびきばっかりが聞こえていたときには眠気に襲われることはなかった。
ということは。
人魚さん達の声をかき消すぐらいに大声で、ボクが歌えばみんなが起きてくるんじゃないだろうか。
「こほん!」
オリビアのために覚えた、子守歌。
全然眠ってくれない、子守歌。
大きく息を吸い込む。
そして、ボクは歌い始めた。




