ドラゴン、船に乗る③
「ど、どうしよう……」
白いドラゴンの姿でぐったりしているカゲ君を抱えて、おろおろする。
抱っこできるくらいに小さくて、たよりないのだ。
ずっと咳き込んでいるし。
オリビアが風邪を引いてしまったときにも肝が冷えたけど、よその子が具合が悪くなっているのは、それはそれでいたたまれない。
「うわ、マジでドラゴンじゃな……」
「パパ、治癒光をかけても元気にならないよ……」
「もしかして、お腹が空いているとか?」
そういえば、出会ったときにはぐたったりしていたカゲ君はお魚を食べて元気になった。
今朝はみんなで拾った貝を使ったスープを楽しんだけれど、主食は保存食の黒パンだった。もしかしてカゲ君にとっては、パンは栄養にならないのだろうか。
「命……って言っていたもんね」
貝じゃ足りなかったってこと?
昨日もけっこうたっぷりお魚を食べたんだけど。
ボクは考えを巡らせる。オリビアが小さいときに具合を悪くして、全然元気にならない時は……。
「あっ」
「あう? どうしたのじゃ、古代竜」
「えーっと……みんな、ちょっとあっち行っててくれるかい?」
「どうして、パパ?」
「うん、ちょっとカゲ君に聞くことが」
オリビアたちが不思議そうにしながらも、ボクらを二人にしてくれる。
苦しそうなカゲ君に、そっと尋ねてみた。
「ねぇねぇ、カゲ君」
「う……。ど、らごん」
「君もドラゴンだろ。それよりさ」
誰にも聞こえないように、そっと耳打ちする。
「もしかしてカゲ君……吐いちゃった?」
「けほっ、げふっ」
カゲ君が甲板の端っこにいたのは、おそらくボクと同じく船酔いをしてしまったからだ。
気持ち悪いのに耐えられなくて、吐き戻しそうになってしまった。
樽の後ろにいたのは──気持ち悪くて吐き戻しちゃっているところなんて、そりゃ誰にも見られたくないからね。
ボクもオリビアに具合悪いところ見られたくなかったし。
というか。今もまだけっこう気持ち悪いし。い、いかん。気持ち悪いとか考えちゃいけない。足もとがなんか揺れているのがダメとか思っちゃいけない。気持ちで負けるな、ボク。ドラゴンだろ、ボク。
「うぷ……」
「……だいじょうぶ、か?」
「大丈夫だよ、カゲ君こそ吐いちゃうほど気持ち悪いんだったら……言ってくれればいいのに……」
「ご、めんなさい」
「謝ることないよ。あとで、お魚もらってこよう」
「でも……たべても、たぶん、はいてしまう……」
「む……そうかぁ、この揺れがダメなんだよね」
「そう……どらごんは、揺れによわいのだろうか……」
「うん、そうかも……」
困ったなぁ、と考える。
波が押し寄せるたび、風が吹くたびに船はぐらぐらと揺れる。
こんな荒ぶる波をものともせずに、ボクが空を飛ぶみたいに自由にすいすい進めれば……。
「あっ」
「……どうしたんだ、どらごん」
「く、クラウリアさーーん!! あの、どうにかして連れてきてほしい人がいるんですけど!!」
「え? 私ですか」
「魔王さん! このまま東にある大陸に行くんじゃなくて……【神龍泉トリトニス】の近くを通れないかな?」
「あう、無理じゃ無理じゃ! 真反対の方向じゃぞ」
「そんなぁ」
あの人を連れてくれば、船酔いも解決すると思ったんだけど。
なかなか人生、いや、ドラゴン生はうまくいかないな……って、いやいや! ネガティブになってはいけない、って『すこやかに子どもが育つ超ポジティブな親!!~筋肉はすべて解決~』って育児書に書いてあったじゃないか。
すごくいい本だったから、この数年毎日ひそかに筋トレをしてきたんだ。ドラゴンに筋トレが効くかは知らないけども。
「……うぐぐぅ」
少なくとも、筋肉は船酔いに対してはとても無力だってことがわかった。
ボクとカゲ君がぐったりしていると、オリビアがちょんちょんとボクの服の袖を引っぱった。
「パパ、もしかして……呼びたい人って」
キラキラと目を輝かせている。
「うん、あの人だよ……うっぷ」
「まかせて、パパ!」
オリビアがにかっと笑う。
ボクを助けられるのが嬉しくて仕方ない、という顔だ。
「マレーディアお姉ちゃん、お船を止めて。止まった場所から止まった場所まで、オリビアがしってる場所同士なら……」
「そっか、【悪魔の小径】」
オリビアが遠く離れたお家と寮を往き来できるようになるために覚えた、とても難しい魔族さんたちの魔法だ。
「あう? 船をとめるのか……」
「だめ?」
「我、ギジュツ的なことはわからないし? おーい、お前たち、船を止めることはできるかー!?」
「アイサー、キャプテン。帆を畳めば……でも、どうしてです?」
「えへへっ」
いぶかしげな顔をしている船員さんに、オリビアがニコっと微笑んだ。
***
ざっぱーん!
景気のいい水音を立てて、オリビアの作った【悪魔の小径】から出てきたのは。
「おーひーさーしーぶーりーじゃーのー」
「パオパオさん!」
とっても大きな亀さん。
【神龍泉トリトニス】で長いこと生きてきた、パオパオさんだ。
動きはゆっくり。でも──
「泳ぎのことなら、わしにまかせるのじゃ」
「えへへっ。ありがとう、パオパオさん!」
「ふぉふぉ、長年わしの頭にぶっ刺さっていた槍を抜いてくれたのじゃ。これくらいはお安い御用じゃぞ~」
海にもぐったパオパオさんは、大きな甲羅の上にお船をのせて浮き上がる。
ぐらりと大きく船が揺れて、視界がどんどん高くなる。
「う、うわー!」
「ふぉふぉっふぉ、絶好調じゃぞー。我が友、オリビア~」
「わぁ、パオパオさんすごいすごい!」
「な、なんなんだ! こんな大きい亀、神獣だぞ。ドラゴンが父ちゃんで神獣が友達って……この子、いったい……?」
パオパオさんの背中に乗り上げた船は、波の影響も風の影響も受けず、あの気持ちが悪い揺れもない。
「こほっ……こ、れは……?」
「わぁ、すごい。さっきまであんなに気持ち悪かったのに、すぅっと楽になった……ありがとう、パオパオさん……!」
船酔いが治った。
ありがとう、パオパオさん。
ありがとう、オリビア。
「えへへ、よかったー。カゲ君も、大丈夫?」
「……こほっ」
ボクらの体調不良の原因を、すっかり取り除いてくれたオリビアはとても満足そうな顔をしていた。




