ドラゴン、娘の友だちに慕われる。
夕食はとっても穏やかだった。
デイジーちゃんも、食事を「おいしい、おいしい」と言って喜んでくれたし、オリビアもデイジーちゃんと食事をするのが楽しくて仕方ないみたいだ。オリビアの笑顔がたくさん見られて、ボクも楽しかった。
デイジーちゃんも緊張がほぐれてきたのか、食事中に学校の話をいくつかしてくれた。
「オリビアちゃんは、いつもお父さまの話をしているんですよ」
「えっ、そうなのかい?」
「はい。とくに、このミルクスープの話は何度も」
「そんなに何度もじゃないよ~っ!」
「えぇ~、何度もですわよ?」
くすくすと笑いあっている二人は、とっても愛らしい。
本当に仲がいいのだな、というのを感じる。
「どんな話を?」
「寮で寂しくなると、お父さまのミルクスープを飲みたくなるのですって」
「へぇ! こんな、簡単なスープなのに」
「思い出の味、だとか」
思い出の、味。
ボクは遠い日に思いをはせる。ボクがオリビアと出会って間もない頃。まだ、この家もなくて、祠で暮らしていた頃。ボクが育児書を読んで唯一作れるようになったミルクスープを、毎日食べていたっけ。
「そ、っか。思い出の味かぁ」
「きっと、あたたかい思い出なのだろうなと。その話を聞くたびに思いますわ」
「デイジーちゃん、恥ずかしいよぉ~っ」
「えへへっ」とオリビアが照れている。耳が真っ赤だ。
それを見てボクは、ちょっとだけ泣きそうになってしまう。
ああ、そうかぁ、祠で毎日食べていたミルクスープが、オリビアにとっては「思い出の味」なのか。
オリビアにとって、あの日々が温かい記憶であることに、心底ほっとした。
夕食を終えてから、しばらくダイニングでおしゃべりをした。
しだいに目がとろんとしてきた二人に、甘いホットミルクを飲ませる。
オリビアが「ふぁ……っ」とあくびをした。つられて、デイジーも。
もう、子どもは寝る時間。
「それじゃあ、パパ。おやすみなさい」
「おやすみなさいませ。おじ様」
「うん、おやすみなさい。ハプニングもあったけれど、いい夢をね」
ボクは二人を東の塔の階段下まで見送った。
客間もあるけれど、今夜はオリビアの部屋で二人で眠るのだという。
おそろいの学院指定のネグリジェの二人が手をつないで階段を登っていくのを見送って、ボクも大きな欠伸をした。
ああ、きちんと料理をするのも久々だったな。
オリビアがいないあいだは、ドラゴンの姿でぼんやり眠っていたり、お散歩したりすることが多かったから。ボクは自分の寝床にもぐりこんで、すぐに深い眠りにおちた。
***
翌朝は、とても爽やかな風が吹いていた。
朝ごはんにはこんがり焼いた胡桃パンに、たっぷりのバターとハチミツ。野草のサラダには木の実油をたっぷりと回しかけて、塩を振る。それと玉葱とソーセージの出汁がよく沁みた澄んだスープ。
「えへへ~。朝ごはんといえばってメニューだね、パパ!」
「ああ。たしかに定番だね」
胡桃パンに野草のサラダとスープは、朝ごはんの定番だ。
朝ごはんをきちんと食べること、というのはどの育児書にも書いてあったのでオリビアと暮らし始めてからさっそく真似したのだ。毎朝のことなので、シンプルなものが一番いいと思ってこのメニューにしている。あと、ボク、野草好きだし。
「定番、ですか」
「デイジーちゃんのお家には、定番はあるの?」
「そうですね。わたくしの家では、料理長がかわればメニューも変わってしまいます。父や母と食事をともにする機会も晩餐会や社交の場がほとんどで、こうして家族で朝ごはんを食べるなんて、考えたこともありませんでした」
「そう、なんだ」
デイジーちゃんは、ぽつりぽつりと自分の思いを話してくれる。
寮はほとんどが由緒ある魔導師や貴族の子どもたちばかりなこと。
だから、寮にはいってはじめて他人と食事をともにする習慣ができて戸惑ったこと。
そのなかで「パパ」の作るごはんの話を楽しそうにするオリビアに出会って驚いたこと。
デイジーちゃんは、オリビアのことが羨ましくてたまらなかったこと。
「それで、無理をいってお泊まりにきたんです。わたくしも、誰かお友達のお家にお泊まりに行くなんて、はじめてで……だから、」
「えへへっ、デイジーちゃん。オリビアもね、お家にお友達が遊びにきたのはじめてだよ! だから、」
オリビアとデイジーちゃんは顔を見合わせる。
そうして、今朝のお日さまみたいに笑って、
「とっっても、楽しかったよ!」
「ほんとうに、楽しかったです!」
と声をあげた。
「そうか。おじさんもすごく楽しかったよ」
ボクは、ほこほこ温かい気持ちになってしまった。
そのあと、クラウリアさんにつれられた魔王さん……もとい、この家の大家さんがやってきて、昨日の図書館のことについて「ごめんなさい」をしていた。
すっかりしょぼくれてしまった魔王さんにはあとで、うんと甘い紅茶を淹れてあげようかな。
でも、まずは、デイジーちゃんのお見送りだ。
***
森の入り口までは、オリビアが送っていくことになった。
神嶺オリュンピアスの森は深い。歩き慣れた人がいっしょならば安心だ。オリビアは、森で迷子になったことは一度もない。
「もう何日か泊まっていってもいいんだよ」
というボクの言葉に、旅行鞄をきちんと両手で持ったデイジーちゃんはゆっくりと首を横に振る。
「いいえ。家のものには学校の学習室で1日だけ勉強をしたいといって帰りを遅らせてもらったんです……実は、オリビアちゃんの家に泊まりにいくのは、両親には内緒です」
「そうだったんだ」
「そ、それなので」
「大丈夫、言わないよ。ね、オリビア」
「うんっ。もちろんだよ、デイジーちゃん!」
「ありがとうございます」
ホッとしたようにデイジーちゃんは息をついた。
お母さんが怖い、というのは本当みたいだ。うーん、どうにか助けてあげたいなあ。
ボクは、そんな思いを込めてデイジーちゃんに伝える。
「ねえ、デイジーちゃん。いつでも、また遊びにおいで。おじさん、いつでも歓迎するって約束するから」
「っ、はい!」
「あっ、パパずるーい! デイジーちゃん、オリビアも待ってるからねっ」
「ふふ。オリビアちゃんはまた学校でいつでも会えるじゃない」
「あ、そっか! えへへっ」
去り際に、デイジーちゃんはまた深々とお辞儀をする。
ほんとに礼儀正しい子だな。
「じゃあね、デイジーちゃん」
「あ、あのう。最後にひとつお聞きしたいことがあるんです」
「ん、なあに?」
ボクをじっと見て、デイジーちゃんは一気にまくしたてる。
「あの。神嶺オリュンピアスに住んでいるって聞いたときには、まさかって思ったんですが……本当にこんな立派なお屋敷に住んでいらっしゃって、あんなにたくさんの魔導書をおさめている図書館もあって。あの、もしかして、おじさまって……いまは隠遁生活をおくっていらっしゃるだけで、ほんとうはすごく高名な魔導師様だったりするんじゃないですか?」
「えっ?」
ボクは、すこし困ってしまった。
うーん、古代からこの山で生きてるドラゴンです……とは言えないしなあ。
「うーん、それはね、いまはヒミツだよ」
なんて、お茶を濁すことにした。うんうん、ボクもニンゲンっぽい返答ができるようになったものだなぁ、とちょっと誰かに自慢したい気持ちになってしまう。
……のだけれど。
その返答に、なぜかデイジーちゃんはキラッキラに目を輝かせて、「やっぱり!!」って嬉しそうにしている。あれ、大丈夫かな、なにか勘違いさせてないかな?
「おじさま、さようなら!」
「パパ、いってきまーす!」
そんなボクの心配をよそに、ふたりは仲良く森の中へと消えていく。
オリビアとボクの初めてのお泊まり会は、ひとまず成功といっていいのではないかな。だ、大丈夫だよね?
「気をつけてね!」
手を繋いで歩く二人の女の子の背中に、ボクは「またね!」と大きく手を振った。
さあ。
今日から、オリビアの長期休みのはじまりだ。
ドラゴン、大魔導師さんと勘違いされているかも?(笑)
お泊まり会、楽しかったね!
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日間総合19位、ハイファンタジー8位。
応援ありがとうございます!!
(近々、タイトル変更かけるかもしれません。ご了承ください)




