謎の少年の告白①
「うわー、びっくりだね。こんな雨になるなんて!」
「びしょびしょにならなくてよかったね、パパ」
「うん。カゲ君も大丈夫かい?」
眠ろうとしたところで降り出した突然の大雨に、洞窟の中に逃げ込んだ。
眠り込んでしまったあとだったら、大惨事になっていたところだ。
濡れた服はすぐに脱がないと風邪を引くし、オリビアとカゲ君がいっぺんに服を脱ぐのはなんか嫌だ。
「焚き火はあぶないから、やめておこうか」
「うん。パパとくっついてれば暖かいから平気だよ」
「そう? ドラゴン、変温動物だけど」
ボクとオリビアがそんな話をしているときには、カゲ君はずっと無口だった。
もう眠いのだろうか。人間の子どもっていうのは、眠いときにはとたんに無口になるものだからね。
洞窟の外からは、ざあぁ……ざあぁ……と強まっていく雨音が聞こえる。
荒々しくなった波の音も、少しずつ大きくなっているようだ。
この洞窟は見たところ海水が流れ込んでくる心配もなさそうで、すこし安心する。
強い雨の音は不安な気持ちになるけれど、同じくらい眠気を誘う音だ。
大昔のことだけど、長い長い雨期にずーっと眠っていたら体が苔だらけになってしまって、ちょっとした丘だと思われたことがあったっけ。
「カゲ君、眠れそうかい?」
「……う」
じっと洞窟の外を見つめているカゲ君に声をかけると、無言で頷いた。
銀髪に浅黒い肌。
それから気付いたんだけど、カゲ君の瞳はほのかに紅い色をしている。
オリビアが大切にしているブローチを思い出す。
真っ赤な色のルビーで作られたブローチは、オリビアが「パパのおめめに似てるんだ」と選んでくれたものだ。
(そ、そういえばボクの髪の毛も銀色だぞ……)
自分の見た目なんて気にしたことがなかったけれど、思えばボクが人間の姿になったときには髪の毛は必ず銀白色になる。
もしかして、カゲ君って何か事情があるのではないだろうか。
「ふあ……おやすみ、パパ」
「ああ、今度こそおやすみ」
オリビアの寝息を聞いていると、ボクもすぐに眠りに落ちてしまった。
***
おなかがすいた、おなかがすいた。
おなかが、すいた。
ひどい空腹で、僕は目を覚ました。
古のドラゴンの生き残りと、小さな人間の子ども。
とても親切な彼らは、僕のことを疑いもせずに保護してくれた。
こほ、と咳が出る。胸がむずがゆい。
咳き込んで彼らを起こさないように、ゆっくりと息を吸って、吐いて、また吸って、呼吸を落ち着かせた。
もう癖になっている行動だ。僕がひどく咳き込むと、おとうさんが……あの優しくて愚かなヴァンディルセンが心配するから。
いいや、愚かなのは本当は僕のほうなのだけれど。
生まれつき弱々しかった出来損ないの僕を拾って、優しくしてくれたおとうさん。
ずっとずっと、おとうさんと過ごしたいと願ってしまったのが、そもそもの間違いだったんだ。
だって、おとうさんはとても優秀な魔導師だけど人間で、僕は……。
──おなかがすいた、おなかがすいた。
僕はゆっくりと立ち上がる。
外は大雨だ。高波で打ち上げられた魚の一匹でも落ちているかもしれない。
──おなかがすいた。命が、たべたい。
塩焼きの魚は、温かくて美味しかった。
おとうさん以外の誰かと一緒に食事をしたのなんて、本当に本当に久しぶりだった。
ふわふわで、しょっぱくて、あつあつの焼き魚。
けれど、あれでは命が足りないのだ。
「……あった」
まだ生きている魚が、洞窟の入り口に落ちていた。
高波と強風で吹っ飛ばされて来たのだろう。
拾って歯を立てる。
ぶつり、ぶちぶちと命が千切れる音がする。
内臓を食い破ると、なまぐさい匂いが口いっぱいにひろがった。
同じお魚なのに、さっき彼らと食べた焼き魚とはまったく違う味がする。
出来損ないなうえに愚かな僕は、命を食べなくちゃ生きていけない。
どんな生き物だって他の命をもらって生きているけど、僕にはできるだけ生々しい命がたくさん、本当にたくさん必要だった。
「ふぅ……ふぅ……」
魚はあっとう間に骨だけになった。
しあげにベキボキと頭を食べて、口の周りについた血を腕で拭った。
きっと、おとうさんは僕がいなくなったことに気付いて取り乱しているだろう。それに悲しんだり怒ったりしているかもしれない。
おとうさんと僕しか住んでいないお城を抜け出して、海に飛び込んだのだ。まさか、生きて陸に打ち上げられるとは思っていなかった。
でも、僕はこうしなくちゃいけなかった。
……だって、僕のせいでおとうさんにこれ以上、馬鹿なまねをさせるわけにはいかない。
【七天秘宝】と呼ばれている強大な魔力を秘めた石をあつめて、おとうさんが何をしようとしているのか、僕は知っている。
だって昔から、おとうさんはそのためだけに頑張ってくれた。
人間であるおとうさんとずっと一緒にいたいなんて願った愚かな僕の願いを叶えようとしてくれているんだ。
「いにしえの、どらごんなら……おとうさんをとめてくれるかな」
おとうさんは強い。
僕のためなら、どんなことだってしてくれる。
でも、それはダメだ。超えちゃいけない一線っていうのが、あるんだ。
ここで彼らに出会うことが出来たのは、すごい幸運だ。
もしかしたら、あのはるか昔から生き続ける強いドラゴンなら、おとうさんを止めてくれるかもしれない。
僕は何匹か魚の命をいただいてから、そっと彼らの元に戻って眠った。
幸せそうに寄り添って眠る二人。
彼らに、頼ってみたいと思った。




