ドラゴンとキャンプ③~昔の夢~
あれは、そう。
オリビアがボクのところにやってきてから、少し経ったころ。
育児書を読んでは、どうにかオリビアのパパになろうと努力していた時のことだ。
ボクのねぐらである祠に
「うぴゃーーーー!! ふぇーーーん!!」
「うわわわわ、ど、どうしたの!? お腹空いた? それとも眠いのかな!?」
まだまだ足もともおぼつかなくて、「パパ」の他にはあまり言葉を話さなかったオリビアは、たまに大声で泣き始めることがあった。それも、決まって真夜中に。
ぐずぐずと鼻を鳴らして、切ない声で泣き叫ぶ。
ボクはどうしていいのかわからなくて、ただオリビアに寄りそうことしかできなかった。
「っく、ひっく……パパ、パパァ……」
「うん。ボクが君のパパだよ。鳴かな……じゃなかった、泣かないでオリビア」
困って困って、ドラゴンの姿になってあやしてあげて、ようやくオリビアは泣き止んだ。
夜通しずっとオリビアが泣き出さないように寄り添って眠っていた……とはいっても、ボクが寝返りを打てば小さなオリビアはぷちっと潰れてしまう。それが恐ろしくて、目がギンギンに冴えてしまったのだ。
ボクはドラゴンだ。
ずっとずっと、ひとりきりで山に籠もって気ままにくらしてきた。
好きなとき眠って、好きなときに起きて。好きに食べて、お散歩して。そういう風に暮らしてきた。
だから、小さな子どもの夜泣きとか、それで眠れないこととか。ちょっとだけ、いや、正直言ってしまえばかなりキツかった。
ボクの数千年? いや、数万年? もう覚えていないくらい生きてきて、初めての寝不足だったんだから。
今はボクの得意技の料理だって、最初から全て上手くいったわけじゃなかったし。
オリビアとの日々は、困難がたくさんあった。
渦中にあるときには、もう本当にどうしたものかしらと困り切っていた。
でも。
振り返ってみると、どれもこれもが楽しい思い出だ。
そんな思い出がどんどん増えていく。
焚き火を囲みながら思い出話を二人で話すことがあるなんて、思ってもみなかったよなぁ……。
「はっ!」
ふいに目を覚ますと、まだまん丸のお月様が頭上にある。夜明けまではまだ時間がある。
翼に守られてすやすや眠るオリビアは、安心しきった寝顔だ。
「……いけない、オリビアを起こしちゃう」
ちょっと目から溢れてしまった水を爪で拭って、ボクはもう一度眠りについた。
気がついたら、ちゅんちゅん鳥さんが鳴いていた。
***
次の日は、反省をふまえて早めにキャンプの用意をすることにした。
そのぶん、ちょっと早歩き。
おかげで明日には東の海岸線まで着きそうだ。
空を飛べないのは不便だけれど、歩きのたびには味わいがある。景色をゆっくり眺められるしね。
「パパ、オリビア薪拾いしました!」
「ありがとう。ボクも、ほら。テントが張れたよ!」
「わ、すごいすごい! 絵本の魔女の帽子みたい♪」
「ほんとだね、とんがり帽子テントだ」
念入りにイメージトレーニングしておいたおかげで、なんとかテントを張ることが出来た。
まぁ、三回ほど失敗しているけどね……。
「次は、火だね!」
「うん。今日こそは!」
二人で試行錯誤して、無事に焚き火に火がついた。
大きな火が落ち着いて、熾火になってから調理をする。
今日は干し肉をつかった、旨味スープ。
道すがら、道ばたに生えている美味しい草をオリビアがより分けてくれたのだ。
「ん、ワイルドな味がするね。パパ」
「お山にはないタイプの草だね……パンチがある!」
干し肉は旨味がぎゅっとしている分、スープにすると全体的に味がまわって美味しくなるし塩気もちょうどよくなる。
オリビアの摘んでくれた草とも相性バッチリだ。お芋も入れているから、おなかもいっぱい。
「それにしても、さすがはケイトちゃんだね。今まで食べたどんな干し肉よりも美味しかった」
「うん! オリビアも大きくなったら、ケイトちゃんみたいにお料理上手になりたいなぁ」
「きっとなれるさ」
ぽいっと薪を投げ入れる。
ちょっと変わった形の薪は、燃え始めるとぷぅんと爽やかな匂いをさせはじめた。
「わ、いい匂いがする!」
「これって、もしかして香木ってやつかな?」
このタイプの香木は東の海の近くに自生していると図鑑で読んだことがある。
「このぶんだと、明日の午前中には海につくね」
「海かぁ……トリトニスの湖よりも大きいんだよね」
「そうらしいね」
「パパもはじめて見るの?」
「うん。そうだよ、オリビア」
「えへへ」
妙に嬉しそうなオリビア。
「パパにもはじめてのこと、あるんだね!」
「うん、そうだよ。オリビア」
君はもしかしたら覚えてないかもしれないけれど。
ボクにだって、はじめてのことはたくさんあったんだ。




