ドラゴンとかわいい娘、旅に出る③
虹みたいな極太の光線は、東に東に延びていったそうだ。
そして、その行き着く先は──。
「行き着く先は、わかりませんでした!」
国防大臣という役職の、とても偉そうな髭を生やした男の人がハキハキと報告した。
それを聞いて、ガクッとエスメラルダさんが肩を落とす。
「わからなかった……だと? シュトラの星見台……防衛観測はかなり緻密なはずだが」
「は、はい。虹色の光は東の海岸線に到達して、どうやら……海の向こうを指しているようなのです」
「海の向こう!」
海。長い長いボクの人生……じゃなかった、ドラゴン生で見たことがないものの一つだ。
初夏には大昔にボクがうっかり作ってしまった【神龍泉トリトニス】で湖水浴を楽しんだ。あれも大きな水たまりだったけれど、海はもっともっと大きいと聞いている。オリビアに読んであげた絵本に出てきた海は、見渡す限りの水、水、水だった。
「東の海岸線……というと、帝国のある大陸とも共和国のある島々とも逆だな?」
エスメラルダさんが不思議そうに首を傾げる。
オリビアは、「海……!」と物思いにふけっている。ボクと同じで、オリビアも海を見たことはない。
「はい。おそらくは。海の向こうに未知の大陸でもあるのか、それとも……」
海。
海の向こう。
未知の大陸。
ボクとオリビアは顔を見合わせた。
というのも、それってどこかで聞いたことあるお話なのだ。
『シンディーの冒険』。
ボクとオリビアのお気に入りの絵本だ。
海を渡って、宝物を取りに行く。
わくわくして、仕方がない。
夏休みの冒険も、まったりとして楽しかった。お友達との絆を深められたし、新しい友達もできた。
けれど、見たこともない場所に冒険に行くなんて……それって、とても素敵なことだ。
「あの!」
「オリビアたちに!」
「「冒険に行かせてくれませんか!」」
ボクたちの声が重なった。
ずっとお山で一人で過ごしてきたボクが、新しいことにワクワクするなんて今までは考えたこともなかったけれど。オリビアと出会ってから、ボクの世界はどんどん広がっている。
「ひぃっ、喋った! お、おおおせのとおりに」
国防大臣さんが飛び上がる。
ボクを見上げて、あわあわしている。……ん、見上げて?
「しまった! 今、人間の姿になりますね」
うっかり、大きなサイズのドラゴンのままで過ごしてしまっていたようだ。
興奮したりワクワクしたりすると、どうしてもね。
「……古代竜が、自ら偵察に……? それはありがたいことだが、大丈夫なのか」
「うむ……パパ殿、泳げないし……」
エスメラルダさんとリュカちゃんが、じっとボクらを見つめる。
おっと。そうだよね。
トリトニス湖でぶくぶく溺れてしまったのを、リュカちゃんには何度も助けてもらった。
海といえば、どこまでいっても水だらけ。そんなところを飛んでいくのだから、それ相応の覚悟が必要だ。
もし、オリビアが海にまっさかさまに落ちてしまったら?
もし、飛んでいる途中に翼を休める場所が見つからなくて、お腹が空いて墜落したら?
まあ、ボクの命に代えてでも実際にはそんなことは起きないだろうけれど。
「相手はあれほどの風を操る魔術を使っています。あまり、上空で無防備を晒すのはよくないのでは」
フィリスさんが言った。
それはもっともだ。ドラゴン的には風も雨もある程度は思いのままに操れるけれど、予想していないような事態は避けたい。
話し合いの結果、こんなことが決まっていった。
ひとつ、ドラゴンの姿での移動をすること。
ひとつ、空を飛ばずにゆっくり歩いて移動すること。
……これは、「王の学徒オリビアが古代竜と仲良しであることを国民に示して、安心させるため」だそうだ。仲良しっていうか、パパと娘だけどね。
それともうひとつ、【七天秘宝】を持って行ってしまったヴァンディルセン君(仮)の目的や能力や正体がまったくわからないため、あまり目立つのは良くないということだそうだ。相手も自由自在に空を飛べるとなれば、たしかにボクが飛ぶのは目立つ。鳥さんたちより、ずいぶん大きいし。
「こほん。そういうわけで……オリビア・エルドラコ。そして、古代竜」
幼い女王様は、とても厳かな声で言った。
「キャンプです」
「きゃんぷ」
「はい。キャンプをしながら、東の海を目指すのです!」
海を渡る方法は、追って連絡があるそうだ。




