ドラゴン、娘の成長(つおい)におどろく。
「すごいよ、オリビア! あんなにたくさんの幽魔や魔物を一撃で倒しちゃうなんて……本当に強くなったんだね」
「えへへ。パパの真似っこしただけだよっ!」
オリビアとデイジーちゃんは、ほんとうに仲がいいようだ。
お家のなかを駆け回り、東の塔のてっぺんから神嶺オリュンピアスの森をながめ、エントランスホールの薔薇窓から降り注ぐ色とりどりの光を浴びて笑いあっていた。
ボクは夕食の準備をしながら、ふたりのはしゃぎ回る声を聞いて幸せを噛みしめた。ちいちゃくて、ふにゃふにゃで、ボクにずっと引っ付いていたオリビアが自分で作った友達と仲良く遊んでいる……ほんの少しだけ寂しい気もするけれど、嬉しさの方がはるかに勝っていた。
「ふふ、しかも、『オリビアの自慢のパパ』だって……ふふふっ」
オリビアの言葉を思い出しながら、思わずにやにやしてしまう。
自慢できるパパでよかった。
だって、オリビアはボクの自慢の娘だから、ボクだってオリビアの自慢でいたいじゃない。
「さて、そろそろお風呂から出てくるかな……」
オリビアは、デイジーちゃんとお風呂に入るのだといって聞かなかった。大浴場は、二人どころか何十人かで入っても大丈夫なくらいに広いんだ。湯舟に浮かべるのだ、といって香りのいい花を庭からいくつか摘んできていた。
本当に、今日のお泊りを楽しみにしていたんだなぁ。
「よし、じゃあそろそろ具材を刻んで……」
夜はオリビアの大好物のミルクスープと大きくてふわふわのパンだ。パンにはたっぷりバターを使ってある。近頃は、魔王さんが部屋の中から色々と注文してくれるみたいで、おいしい食べ物がおうちによく届く。「ワンクリックで買っちゃうのであるっ、ふはは!」って言っていたけど、こんど、やり方を聞いてみよう。
そんなことを考えていると。
「あの、何かお手伝いしましょうか?」
「おや。クラウリアさん」
キッチンの入り口に、クラウリアさんが立っていた。
胸に、黒いフワフワを抱いている。
耳の横にちいさな羊角を生やした黒猫。魔王さんだ。
「あれ、魔王さんまで。まだ黒猫のかっこうしているんですか」
「あぅう~。知らない人が我が城におるのだ、当然であろうっ」
「すみません。マレーディア様、さっきからご機嫌が悪くて」
「だ、だって仕方ないではないか! 我だってオリビアとあーそーびーたーいーっ!」
「わわっ。暴れないでください」
「あぅ~、クラウリアのいじわるっ! 我がいかにオリビアの帰りを待っていたか知っているだろうっ、図書館で我が魔族に伝わる極秘の魔法の手ほどきをすると約束しているのだぁ~」
「それは聞かなかったことにして差し上げますが……あのお嬢さんは明日にはお帰りになるのですから。一日くらい我慢されては?」
「あううぅ~」
魔王さんはしょんぼりと耳を垂らしている。
すっかりオリビアと仲良くしてくれていて、嬉しいな。
それにしても、図書館か。
「ああ、そういえば。オリビアたち、お風呂をあがったら魔導書図書館に行くって張り切ってたよ」
「なっ、あの小娘もかっ!?」
「デイジーちゃんも楽しみにしているみたいだよ」
「あうぅっ、我の自慢の図書館にぃ……って、ん? デイジー、という名前はどこかで」
魔王さんが首をひねる。猫が首をひねっている仕草はとても可愛い。
「ほら、入学式のときにボクたちの隣に座っていた女の人の」
「隣……、隣というと。ああ、あのパレストリアの末裔か」
「ああ、そうそう。パレストリアさん」
あまりニンゲンに興味のない魔王さんがよく覚えているなあ。デイジーのご先祖であるパレストリアさんは、直前で逃げ出したとはいえ勇者さんたちの一行にいた一人だということだし、魔王さんにとっても印象深い人物なのだろう。
「あうぅ……」
「どうしたんですか、マレーディア様?」
「いや。我、なーんか忘れてるような気がするんだよね」
うーん、うーんと魔王さんは首をひねる。
クラウリアさんも一緒になって首をひねる。
「忘れているですか?」
「うむ。勇者どものことで……、ふむ……我、なーんかひっかかるというか、なんだったけなー…………あっ」
「あ?」
「……あああああああぅううぅっ!」
「ど、どうされたのですか。マレーディア様っ」
「やばいっ! 我、勇者パーティの血族の者が次に図書館に踏み入ったときにはケッチョンケチョンにしてやろうと思って罠しかけてたっ!!」
「はっ!? ちょ、え、マレーディア様!? わたし、そんなの聞いてませんがっ」
「言ってないもんっ! 驚かせてやろうって思って……そ、それでっ、城の前で逃げかえったパレストリアとかいう魔術師も念のため罠発動の対象にしとこって」
「なんだって!」
そ、それって大変じゃないか!
デイジーちゃんとオリビアが魔導書図書館に向かう前に、止めなくちゃ!!
「お、オリビアッ!」
ボクは、黒猫の姿のままであぅあぅ唸っている魔王さんを掴んで、駆け出した。
***
魔導書図書館の扉が、開いている。
いつもきっちり扉を閉めているはずなのに。
「わわっ、遅かったかな」
浴場から直接ここに来たのかもしれない。
すごく楽しみにしていたもんな。
ボクは大慌てで図書館に飛び込む。
かくなるうえは、いつかみたいにこの場でドラゴンの姿になって二人を守らなくちゃ。デイジーちゃんに正体がばれてしまったとしても、二人の命には代えられない。話せばどうにかなるかもしれないし。
「オリビアッ!!!」
大慌てで図書館に飛び込むと、閲覧室に、二人が立ち尽くしていた。
おそろいのネグリジェ。デイジーちゃんはすっかりおびえて、オリビアにしがみついている。
そして、二人を取り囲むようにして、たくさんの魔物や幽鬼が。いままで城の中では見たことがないのに。これが、魔王さんの罠だろうか。
た、助けなきゃ。
「ふ、ふたりとも動かないでっ!」
ボクがそう叫ぶか、叫ばないかの瞬間に。
オリビアがそっと、右腕をあげた。
「オリビア?」
「えいっ」
カッ!
オリビアの声がしたのと同時に、焼き付くような白い閃光がほとばしる。
一瞬、ボクも目がくらんでしまった。
「あれ?」
目を開けると、おびただしい数いた幽鬼が消えていた。
残っているのは魔物たちだ。
「もういっちょ、えいっ!」
もう一声、とともにたくさんの氷の槍がオリビアから放たれる。
びゅんびゅん飛んで行った氷の槍は、魔物たちを貫いて魔界へと還していった。
一瞬、ぽかんとしてしまう。
けど、我に返ったボクは、オリビアたちに駆け寄る。その拍子に抱えていた魔王さんをぴょーいと放り出してしまう。今の魔王さんは黒猫だから、ちゃんと着地できていたから大丈夫だろう。
「オリビアッ!」
「パパ」
オリビアは、先ほどのアクシデントが嘘みたいに無邪気に微笑む。
全然息も乱れていないし、びっくりして怯えている様子もない。
「えへへ~。どう? オリビア、つよくなったでしょ」
「すごいよ、オリビア! あんなにたくさんの幽魔や魔物を一撃で倒しちゃうなんて……本当に強くなったんだね」
「えへへ。パパの真似っこしただけだよっ! それにオリビア、学校でも頑張っているから! 今も、いつかのパパみたいに、ちゃんと手加減もしたよ!」
「手加減! そうかぁ、本当に強くなったんだね。オリビアがあんまり強くて、パパ驚いちゃったよ。ああ~、でも、本っ当に心臓が止まっちゃうかと思った……!」
「ええっ、それは困るよぉ!!」
目を丸くするオリビアは、続いてお友達のデイジーちゃんを気遣う。
まだオリビアの腕にしがみついて震えているのだ。
「デイジーちゃん、大丈夫?」
「だ、だ、だいじょうぶ……です、けど」
デイジーちゃんはすっかり涙目になってしまっている。顔色も悪い。
そりゃあそうだよね、こんな事件に巻き込まれるなんて。ボクはなるべくデイジーちゃんを怖がらせないように、そっと声をかける。
「ええっと……おじさんと一緒に、とりあえず、食堂に行こうか。温かいスープも用意しているよ」
ゆっくりと話しかければ、デイジーちゃんはまだ怯えた様子ながらこくんと頷いてくれた。
ボクは二人を守るようにして立ち上がる。そのまま、図書館から出ていこうとすると。
「本当に、申し訳ございません」
「クラウリアお姉ちゃん!」
クラウリアさんが、図書館の入り口で深々と頭を下げていた。
手にはジタバタと暴れている魔王さんが引っ掴まれている。
「この家の、大家代理です。危ない目にあわせてしまって、本当に申し訳ありません。もっと早くに気づいているべきだったのですが」
頭を下げたまま、クラウリアさんが続ける。
「あ、あの。そんな、頭を上げてくださいよ」
「は、はい。わたくしは、大丈夫ですので……すこし驚いただけです。あ、その、おもにオリビアちゃんの魔法に、びっくりしちゃっただけで……わたくしもこのとおり、無事でしたし」
デイジーの言葉に、クラウリアさんがやっと頭を上げる。
そうして、クラウリアさんはこう言った。
「のちほど、大家本人と一緒に謝罪に参りますので」
「あうっ!?」
「大家本人と」という言葉に、魔王さんが変な声を上げた。
うわずった声が、逆に猫っぽかった。
いやぁ、本当にびっくりした。こういうアクシデントは心臓に悪い。
ボク自身に何か起きるより、オリビアに何か起きる方が何倍も何百倍も、ボクにとっては恐ろしいことなんだなと実感した。
それにしても、オリビアの魔法には驚いちゃった。
いつのまにか、あんなに強くなっているなんて。さっきの魔法、オリビアが小さいときにボクと一緒にちょっとだけ練習した初級魔法だよね?
ああ、なんだか、懐かしいなあ。
キッチンに戻ったボクは、そんなことを思いながらミルクスープを温める。
やわらかいチキンときのこがたっぷりの、優しい味。オリビアの大好物だ。
デイジーちゃんも、喜んでくれるといいな。
さっきのことを忘れるくらい、楽しいお話ができればいいのだけれど。
オリビアちゃん、パネェ(笑)
お読みいただき、ありがとうございます!
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