ドラゴン、「娘ちゃんのパパ」デビューする。
自慢のパパ!
オリビアの言葉に、ボクはすっかり嬉しくなる。
紅茶にいれる花の蜜、通常の1.5倍にオマケしちゃうぞという気持ちになったし、実際にそうした。
待ちに待った朝。
フローレンス女学院の長期休暇、夏休みが始まる日の朝だ。
ボクは家の前に椅子を持ち出して、オリビアの帰りを門の前で待っていた。
我が家はもとは魔王さんのお城なので、ニンゲンの身体にとってはとっても広い。
あんまり広いから、玄関からボクがよくいるキッチンまで100歩くらいかかる。
ボクは少しでも早く、オリビアに会いたいのだ。
「おいっ、古代竜っ! オリビアはまだ帰ってきてはおらんのか」
「うん、まだですね」
魔王さんが、何度も何度も西の塔から降りてきてはボクに聞く。
オリビアがいないあいだ、クラウリアさんと一緒に西の塔に引きこもっていた魔王さん。ずいぶんソワソワしているな。
「あ、でも魔王さん」
「なんだ」
「オリビアの友だちも一緒に帰ってくるみたいなんですけど、大丈夫ですか?」
「あぅっ!?」
魔王さんが、ぴきんと固まってしまう。
なるほど。魔王さんは本当に人に会うのが嫌いなんだな……。
たしかに、常にニンゲンに命を狙われて、勇者さんにお城も魔族の仲間もめちゃくちゃにされてしまったというし仕方のないことかもしれない。もっとずっと大昔は魔族はもっとのびのび過ごしていたけれど、ニンゲンが増えてきてからちょっと大変そうだものな。数も減ってしまったし。
「で、でも……オリビアには会いたいのだ……」
もぎょもぎょとパジャマの裾をいじりはじめる魔王さん。
いまにもクラウリアさんを呼んで、背の高い彼女にいつもみたいに「わーん」と縋り付いて泣き始めてしまいそうだ。
「だいじょぶですよ。オリビアの選んだ友達だから、きっといい子に決まってます」
「あぅ。た、たしかに」
ふむ、と魔王さんはちょっと納得したみたいだった。
さて。
そろそろ、オリビアたちが、帰ってくる。
***
その日の夕方。
空が少しだけ色づいてきたころ、オリビアは帰ってきた。
神嶺オリュンピアスの森の木々の中から、小さな人影がふたつ。
そのうちひとつの人影が、大きく手を振る。
「パパ、ただいまー!」
「おかえり、オリビア」
学校指定の大きな旅行鞄を抱きかかえるようにして、オリビアが駆け寄ってくる。
鞄を足もとに放りなげると、オリビアはボクに抱きついてきた。
「パパ!」
「オリビア、大きくなったね」
「えへへ、そうかな。たった三ヶ月しか経ってないのに」
「三ヶ月も、だよ」
オリビアは、入学式の日に別れてからの三ヶ月で一回り大きくなっていた。
くるぶしまで覆い隠していた制服のローブも、ほんの僅かだけ短くなっている。心なしか足取りもたしかなものになっていて、頼もしいなあ。
ニンゲンの子どもって、こんなにすぐに大きくなってしまうんだな。
ボクはオリビアを抱きしめながら思う。
そのとき。
礼儀正しい声が、ボクに挨拶をする。
「あの。お初にお目にかかります」
「あっ、どうもいらっしゃい」
藍色の波打つ髪を腰まで伸ばした、小柄な女の子だ。
ぺこり、と形のいいお辞儀をしている。
「あっ、パパ! こちらね、お友達のデイジーちゃん」
「デイジー・パレストリアでございます。このたびは、せっかくのお休みのところ押しかけてしまい申し訳ございません。一晩泊めていただけること、ずっと楽しみにしておりました」
「あわ、ええっと、デイジーちゃん。そんなにカタくならずに……ね? えっと、」
かしこまった挨拶にびっくりしながら、ボクは用意していたあのセリフを口にする。
『"子どもの友だち"とのお付き合い』という育児書で読んだ、あのセリフ。
「オリビアが、いつもお世話になっています!」
オリビアが友達を連れて帰ってくる、と聞いてからずっとずっと用意していたボクの言葉にオリビアが「えへへ……」と照れている。ボクの服の裾をぎゅうっと握りしめるのは、小さい頃から変わらないなあ。ドラゴンの姿のときは、タテガミをぎゅうぎゅう引っ張られたっけ。
「こちらこそ、オリビアさんには大変お世話になっております」
「デイジーちゃん。入って入って!」
「ええ、おじゃましますわ」
オリビアと同じ年のはずなのに、デイジーちゃんはずいぶんと大人びているなあ。
背筋をぴっと伸ばし、オリビアに手をひかれてお家に向かうデイジーちゃん。
「うーん。……あんなに無理しなくていいのになぁ」
そのちょっとだけ強ばった表情に、ボクは少しだけ困ってしまった。
オリビアの手紙を思い出す。
『デイジーちゃんのお母さんはとても怖い人なので、なるべく家に帰りたくないんだって。』
少しでも、ボクたちの家で楽しい思いができるといいな。
そんなことを思いながら、ボクはオリビアたちの背中を追いかける。
「オリビアの好きな木の実クッキーを焼いてあるから、お茶にしようか」
「わぁああい! あのね、デイジーちゃん。パパのクッキーはすっごく美味しいから、楽しみにしててね!!」
「まぁ。お父さまが料理をされますの?」
「うんっ、パパのミルクスープは世界で一番おいしいんだから!」
「そう、ですのね」
さて。
紅茶を三つ淹れよう。
オリビアと、彼女の友達と、そしてボクの分。
魔王さんは……、
「あうぅ」
物陰でこちらを見つめて震えている黒猫を発見。
紅茶はとりあえずいらないかな。
猫、熱いものが苦手だっていうし。
***
こぽぽ、という小気味が良い音を立てて湯を注ぐ。
茶葉がひらいて、ほわりと甘い香りがダイニングに漂いはじめた。
「……おいしい」
「えへへっ、でしょう! パパの木の実クッキー、オリビアも大好きなんだ」
「ほんとうに、おいしいですわ」
デイジーちゃんは、ぽりんぽりんと控えめに、でも勢いよくクッキーをかじる。本当に気に入ってくれたみたいだ。そんなデイジーちゃんの様子を見ながら、オリビアが嬉しそうに足をぱたぱたさせている。
「はい。お茶がはいったよ」
「わーい!」
「ありがとうございます」
「おいしそうに食べてくれて、ボクもうれしいよ」
「あっ、すみません。はしたなかったでしょうか……」
「そんなことないよ!?」
うぅ、とうつむいてしまったデイジーちゃんを安心させるように目線を合わせて微笑みかける。オリビア以外の子と接するのは初めてで、すこし緊張してしまう。
「うちでは、くつろいでいってね。オリビアはずっとこの家で暮らしていたから、学校で友達ができるかどうか心配だったんだよ。だから、こんなに早くオリビアのお友達が我が家に遊びに来てくれるなんて、ボクは本当に嬉しいんだ。……改めて、ありがとう。デイジーちゃん。」
「……っ、どう、いたしまして」
「夕食まで時間もあるから、家の中をオリビアに案内してもらうといいよ。あ、ただし西の塔の階段はあがらないこと。まお……じゃなくて、うー。この家の……えっと。そう、この家の大家さんが住んでいるから!」
「あっ、借家なんですのね!?」
デイジーがくすくすっ、と肩をふるわせた。
ダイニングの片隅でまるくなってボクたちの様子を眺めている黒猫魔王さんがぱたぱたとおっぽを振っている。そうなんです、ここは魔王さんの持ち物なんです。
オリビアが、にこにことデイジーちゃんに話しかける。
「ね。うちのパパ、優しいでしょ」
「ほんとうですわ……親が料理してくれるなんて、わたくしの家では一度も。それに、その、オリビアちゃんのお父さまって」
「うん?」
「すごく、お若くてかっこいいですのね」
こしょ、とデイジーちゃんがオリビアに囁いているのが聞こえてしまった。
お若くて、かっこいい!
ボクは、びっくりしてしまう。このニンゲンの姿が、そんな風に言われるなんて。
「えへへ、そうでしょ。オリビアのね、自慢のパパなんだ」
自慢のパパ!
オリビアの言葉に、ボクはすっかり嬉しくなる。
紅茶にいれる花の蜜、通常の1.5倍にオマケしちゃうぞという気持ちになったし、実際にそうした。
娘にも紅茶にも甘々なドラゴンさんですね(笑)
感想ありがとうございます、嬉しく拝見しています。
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日間総合22位、ハイファン8位になりました!!
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