ドラゴン、見守る。
チリンの森。
かつて、魔界と人間界を繋ぐ要所だった土地。
ノートに羽ペンを走らせていたレナが、顔を上げた。
今まで感じたことのない風が、森に吹いている。
「……ぅ」
「ぴぃ?」
森に吹く風を司る小さな精霊・シルフたちまでも小首をかしげている。
小屋の中から、マーテルがあゆみ出てくる。
「この気配……まさか」
ちりん。
風に吹かれて、小さな音が鳴った。
気がつくと、周囲の木々に銀色の鈴の実がなっている。
ちりん、ちりん、ちりりん。
風に吹かれた銀色の鈴が、音色を奏でる。
幻想的な風景だ。
「……開くぞ、魔界の扉が!」
かつて、魔界と人間界をつなぐ門の開く予兆だった銀の鈴の大合唱。
チリンの森――かつて銀鈴の森と呼ばれたこの場所が、千年ぶりに歌い出す。
「……ふふ、やりやがったね。マレーディア」
マーテルは、満足げに笑った。
***
【大地の指輪】の力で人間界と魔界の門を開いた。
魔王さんは、満足そうに笑っている。
「そ、そんな! 人間界にマナが流れてしまう!」
「あう。見たところ、魔界にだって結構な魔力が蓄積されておるではないか。【大地の盾】の力じゃの」
「だが! 魔力はいくらあっても足りないくらいで……」
「父上」
魔王さんは振り返る。
「――我は、魔界全体が門を閉ざして引きこもってるよりも、人間界とちゃんと交流したほうがいいと思う」
「……それは」
「我、人間の妹分ができたんじゃ。古代竜がある日いきなり、我の城にやってきて。それから我は色々な友達ができて……我がやりたいから、毎日色んなことをやってるんじゃ。子どもたちと悪戯したり、絵本を読んだり、色々な。我はそれが……たぶん、楽しいんだと思う」
力強く語る魔王さんの言葉に、タナトスさんは黙り込んだ。
「外の世界、意外と悪くはないと我は思うのじゃ」
「っ、マレーディア様……っ!」
クラウリアさんが、魔王さんの言葉に涙を浮かべる。
うんうん。ずっと魔王さんのことを心配していたもんね。外の世界に出たことを魔王さん自身が「悪くない」なんて言ったら――きっと、泣いてしまうよね。
「あうっ、クラウリア!」
「……はい」
指輪の力を使った魔王さんは、つかつかとクラウリアさんに歩み寄って――左手を差し出した。
中指には【大地の盾】の宝玉を使った指輪が光っている。
「その、えっと……指輪、足りないんじゃが」
魔王さんの言葉に、クラウリアさんは息を呑んで、
「……我が麗しき魔王、マレーディア様」
絵本で見た騎士みたいに、ひざまずく。
そして、オリビアのお土産――クラウリアさんの髪色の宝玉がはめられた指輪を、差し出された左手に差し込んだ。
「永遠に忠誠を。あなたは強くて、優しくて――世界で一番の魔王様です」
「……うむっ」
ふたりの指に、おそろいの指輪が光る。
「マレーディアお姉ちゃんっ!」
「オリビアっ!」
オリビアの声に、魔王さんはにかっと笑って指輪を見せてくれる。
やったぞ。
【七天秘宝】を手にいれた!
オリビアの夏休みの冒険は、ひとまず大成功だね。
オリビアたち三人が、やったーやったーと飛び跳ねて踊っている。
ボクはそれを微笑ましく眺めていたのだけれど、
「……ふ、人間の子とドラゴンを引き連れて魔界に戻ってくる……か」
タナトスさんが呟いた言葉に、振り返る。
ボクと目が合って、タナトスさんは笑った。
「人間界と魔界をひとつに統べる予言の子……マレーディアは、もしかしたら本当にやり遂げるかもしれないな」
ふたつの世界を、ひとつに。千年前、魔族さんたちはそれを喧嘩という方法でなしとげようとした。
だけど、違う方法もあるんだよね。
ボクは、まだまだ踊り続けている三人をもう一度眺める。
人間の子と、魔族の魔王さん。
本当の姉妹みたいに仲良しで――きっと、これからもずっと仲良しでい続けてね。
 




