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ポンコツ魔王、やり遂げる。②

 魔界のはずれ。

 とても寂しい森の奥。

 大きな洞窟の前にボクたちは立っていた。

 洞窟の入り口は、なんだか禍々しいオーラを放っている。


「ここが、試練の洞窟……」


 ごくり、と魔王さんが喉を鳴らす。

 クラウリアさんが、魔王さんの背中に声をかける。


「マレーディア様。きっと大丈夫です、このクラウリアはマレーディア様を信じておりますよ」

「……うむ」


 普段の騒がしさが嘘みたいに、魔王さんが静かにうなずく。

 その背中は、なんだかすごくかっこいい。


「……クラウリア」

「はい、マレーディア様?」


 クラウリアさんは、もぞもぞと手元で何かやっている。


「これ、おぬしが持っていて」

「え、これは」


 魔王さんが手渡したのは、指輪だった。

 クラウリアさんの髪の色をした宝石が光る、オリビアのお土産。

 ふたりでおそろいの、ペアリング。


「あの、マレーディア様!?」

「あう~、騒ぐでない。クラウリア」

「でも、指輪を預けるなんて,縁起でもない――」

「我、ちゃんと戻ってくるから。それまで、その指輪を守っておれよ。汚したり、なくしたりしたくないから」


 魔王さんの言葉に、クラウリアさんは大きくうなずいた。


「――はい。どうぞ、ご武運を。我が麗しき魔王マレーディア様」

「魔王さん、いってらっしゃい」

「マレーディアお姉ちゃん、気をつけてねっ」

「うはは! オリビア、心配するなって。おぬしの魔法の師匠である我の実力、ばっちり見せてやるからねっ」


 心配そうにしているオリビアに、いつもの笑顔をむける魔王さん。

 試練の洞窟に向かう魔王さんを、ボクたちは黙って見守った。



 ――数時間経過。魔王さんは、まだ戻ってはこない。

 心がそわそわして、落ち着かないなぁ。

 洞窟の入り口をじっと見つめたまま動かないクラウリアさん。

 オリビアが寒くないように、ボクは大きな体でオリビアをくるむように座っている。


「うぅん……遅いねぇ」

「【魔帝の試練】は、長ければ数ヶ月もかかることがあります――結局その方も失敗に終わってしまいましたが」

「数ヶ月!」

「それだけ過酷なものなのです……タナトス様以来、誰一人やり遂げてはおりませんから」


 少しひとりにさせてください、というクラウリアさんのために、ボクたちはその場を離れた。

 きっと、すごく不安な気持ちと戦っているんだろう。

 クラウリアさんは、そんな姿をボクたちに見られたくないのかもしれない。

 それにしても魔王さん、大丈夫だろうか……。

 いまさらながら、ドキドキしてきた。

 落ち着かない気持ちだ。


「うぅーん」


 さらにボクを落ち着かない気持ちにさせているのが、さっきからボクたちの周りをウロウロしている人影だ。

 いったい、誰だろう。

 話し掛けてもこないし、去ってもいかない。

 こっちから声をかけたものかどうか、迷うなぁ……怖がらせてしまってもいけないし。

 ボクが迷っていると、背中のタテガミにくるまってウトウトしていたオリビアがむくりと起き出した。


「……パパ、あれだぁれ?」


 こてん、と首をかしげた。

 おや、オリビアにも見えているんだね。


「うん……あれはたぶん、タナトスさんだね」


 じぃっとこちらを伺っている気配。

 森の中は鬱蒼としていてよく見えないけれど、さっきからぴょこぴょこ見えているツノはタナトスさんのものにそっくりだ。


「……光って」


 オリビアが指先をそちらに向けて、呪文を唱える。

 ものすごい光がびぁああぁっ! っと放たれた。


「うっごぉ!? な、なんだ。初級の明かり魔法!? うわ、目が、目がああぁぁあっ!」


 ごろろろん、と木の陰から転げ出てきた。


「あ、やっぱりタナトスさん」

「ぐっ、古代竜……っ!」

「マレーディアお姉ちゃんのパパ、こんにちは」

「くっ……人間の娘、やるな……この魔帝タナトスに土を付けるとは!」


 オリビアは初級魔法ほど出力がとても高くなってしまうというクセがある。

 ごめんね、タナトスさん。


「あの、タナトスさんがどうしてここに?」


 魔王さんに対して、あんまり興味がなさそうだったし。

 【魔帝の試練】を受けることにも、すごく渋って見えたし。


「む……それは、その、あー」


 タナトスさんがバツが悪そうにほっぺたを掻く。


「その、マレーディアが……心配で……公務をすべて投げ打ってきた」

「……え?」


 心配?

 今までの態度からは、全然そんな風には見えなかったけど。


「本当に?」

「本当だ! 公私混同と思われないために、マレーディアには厳しく接するようにしてきた。魔帝ってのも大変なんだぞ、俺はこの通り見た目もゴツくないからな、威厳を保つのに苦労している!」

「はぁ……」


 見た目がゴツいので人間に変装しているボクとは正反対だな。


「っていうか、タナトスさん?」

「む? なんだ、古代竜」

「ボク、ずっと疑問だったんですけど……どうして、魔王さんに直接気持ちを言わないんですか?」

「……は?」


 タナトスさんと同じように影からリュカちゃんを見守っていたエスメラルダさん。オトナの事情でデイジーちゃんに無理を言っていたローザさん。自分はあくまで保護者だって遠慮してレナちゃんの絵本を読んでいなかったマーテルさん……。


 どうして、オトナは子どもに素直な気持ちを伝えられないんだろう。


 心配している気持ち。

 子どもを愛してる気持ち。

 世界中から守ってあげたいという気持ち。


「それ、どうして直接伝えないんですか?」

「む? いや、それは……言わなくても伝わるだろ、親子だしっ」

「本当に?」

「そ、れは」


 人間たちの諺に、『親の心、子知らず』っていうのがある。

 でも、それって伝えてないから知られないんじゃないのかな。

 言葉で伝えないとわからないこと、いっぱいあるじゃないか。


 ボクはドラゴン。

 オリビアは人間。


 だからこそ、ボクはオリビアに言葉を尽くして伝えたいって思っている――ボクが、オリビアのことが大好きだってことを。


「……。……恥ずかしいんだ」


 タナトスさんの言葉に、ボクは耳を疑った。


「へ?」

「だから、恥ずかしいんだよ! 俺だって、魔界では一応、魔帝なんて地位でバリバリやってるんだ。強い自分を演じてるし、思ってもないことを言ったりするし! だからさ、こう、素直に言葉にするって、そんなの恥ずかしいんだよ!」

「は、はぁ」

「お前もわかるだろ、古代竜!」

「いや、全然」

「なっ! どうせ女の子なんて、十歳も過ぎたら父親のことウザいって思うんだぞ? そんな相手に、好きだの大切だのって言葉を伝えるなんて……」

「オリビア、パパのこと好きだよ?」

「ななっ!」

「ちなみにオリビアは今年で十四歳です」

「ななっ、なっ!」


 タナトスさんは、ぐぬぬぅっと唸る。

 その顔が、とても魔王さんに似ているなぁと思った。


「……ねぇ、タナトスさん」


 のしん、のしん。

 ボクはタナトスさんに歩み寄る。


「子ども時代って、本当にすぐに終わってしまうんだよ」


 オリビアとの日々は、ふと立ち止まって振り返れば瞬きするようにあっという間に過ぎ去っていく。


「……子どもを傷つけちゃった過去はもう戻らないんだって。どんな育児書にも書いてあるんだよ」


 だからこそ、ボクはいつだってオリビアに対して誠実でありたいと思っている。

 ドラゴンであるボクの生きてきた時間と比べれば、オリビアの子ども時代なんて瞬きほどの長さもない。


 だけど、オリビアにとってはかけがえのない日々なんだ。

 パパと過ごした時間が、オリビアにとって宝物になったらいい――【七天秘宝ドミナント・セブン】だって叶わないくらいに、素敵で無敵な思い出になったらいい。そう願ってる。


「……俺は」


 うつむいたタナトスさん。

 すこし、偉そうなこと言い過ぎちゃったかな。

 うぅ、いけない。

 よそのお家の子育てに口を出すのはトラブルの元だし、でりかしぃのないことだって『ママ友ではない、保護者であるっ!』っていう子育て本にも書いてあったし。

 や、やってしまった……いや、でも、ついっ!

 ボクがあわあわしていると、タナトスさんがゆっくりと顔をあげる。


「……古代竜」

「は、はいぃ」

「……俺、そんなこと言われたのはじめてかも」

「ん?」

「俺さ、魔帝なんて仕事してるから、誰かにダメ出しすることはあっても、誰かが俺にそうやって意見を言ってくれることって少ないんだよね。プライベートなんて、なおさら」


 ヒト差し指を合せてモジモジしているタナトスさん。


「あー、その、なんだ。……ありがとう」


 ぺこ、と頭を下げるタナトスさん。

 ……よかった。悪い人じゃない、のかもしれない。

 人間界に喧嘩をしかけたのは、ちょっといただけないけどね。


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