ポンコツ魔王、やりとげる。①
魔王さんが、真剣な顔でボクに言った。
「古代竜。今こそおぬしの出番じゃ」
「え? ボク?」
魔界に【魔帝の試練】を受けに行く魔王さんのために、魔王さんの大好物を並べた朝食を作った。
ジンジャークッキーに、カップケーキ、オムライスに、ジャムたっぷりのクレープに、ケチャップのスパゲティ。
『子どもが喜ぶうまレシピ』とかの育児レシピ本にいわせれば、お菓子ばかりで全然ダメなメニューかもしれないけど、魔王さんもオリビアも大喜びだったし、たまにはこういうのもいいよね。
クッキーをぽりぽりかじりながら、魔王さんは言う。
「あの石頭の父上に、『やっぱり【魔帝の試練】を受けさせてください~』なんて頭を下げるのはシャクじゃ!」
「ふむふむ」
「そこで、古代竜。できるだけ、でっかいドラゴンの姿になるのじゃ!」
「……どういうリクツ?」
意味がわからない。
ボクは困惑しながらも、オリビアがケチャップで『パパ♪だいすき』と描いてくれたオムライスをもぐもぐする。うんうん、おいしい。
「あう。あの石頭ってば、いったん敗走した我が【魔帝の試練】を受けるって言ったら絶対に邪魔するに決まってるのじゃ。見た目でナメられてはいかん」
「ふむ?」
「だから、我が古代竜の背中に乗ってじゃじゃーんと登場する! そこで、かっこよく【魔帝の試練】を受けるって伝えれば万事解決ってやつなのじゃな!」
「そういうものなの?」
「そういうものなのじゃ! 父上、けっこう見た目から入るタイプじゃし!」
「千年前、古代竜殿を魔族軍に勧誘しようという案を出したのもタナトス様でしたね」
「えっ、そうだったの!?」
「うむ、それで我らがびびりながら神嶺オリュンピアスまで赴くことになった」
大昔、魔王さんたちがボクに会いに来たのはそういう事情があったのか。
「絶対、うまくいくから協力してほしいのじゃ!」
たのむーっ、と魔王さん。
ボクが悩んでいると、
「大きいパパ、かっこいいもんね!」
と、オリビア。
「よし、やろう!」
ボクは即決した。
***
――魔界、魔帝城塞。
「ぶぇっくしょい!」
魔帝タナトスのくしゃみが響き渡った。
この数日、タナトスは『久しぶりに会った可愛い末娘に対して、また魔帝ムーブをとってしまい確実に嫌われた件について』という脳内会議を繰り返し、とても凹んでいた。
「うぅ……公私混同と言われるのが嫌でマレーディアに対して魔帝ムーブをとってしまう……これこそ本当に公私混同なのではないか……?」
はぁ、と溜息をつく。
正直、嫌われるのは当然だ。
我が子の意向よりも、魔界に伝わる予言を優先してしまった。マレーディアの敗北がわかったとき、閣議や世論に負けてすぐさま魔界と人間界とをつなげる門を閉じてしまった。
人間界にいる魔族の同胞と、流出しつづける魔力を天秤にかけて、後者をとったのだ。その後の魔界のことを考えるのであれば、正しい選択だった。
しかし、それがマレーディアを傷つけた。
当たり前だ。
千年前、タナトスも今よりも若く、未熟だったのだ。
「父親失格、だよなぁ」
魔帝という立場さえなければ、マレーディアのことを全力で可愛がりたい……だが、過去の自分の選択を変えることはできないわけで。
「いきなり魔界に帰っておいで、なんて言えないよなぁ。一緒に住むなんてことはできないとしても、なんとか仲良くできないものか」
ふぅ、とタナトスは大きく溜息をつき、ごしごしと目を擦る。
執務が忙しいのと、マレーディアの急な訪問による心の乱れでこの五日、ほとんど眠れていないのだ。
ゴゴゴゴゴゴ……。
「はぁ……憂鬱だ……引きこもりたい……」
ゴゴゴゴゴゴ……。
「……? ゴゴゴ?」
妙な音に、タナトスが眉間の皺を深くする。
「タナトス様ぁぁあぁ! 大変ですっ!」
「騒ぐな、いったい何事だ」
駆け込んできた衛兵に、あわててタナトスは威厳のある魔帝を演じる。
キリッとした表情に、衛兵が背筋を伸ばす。
「はっ! その……魔界に、ドラゴンが!」
「む、ドラゴン? 亜竜か何かが暴れたならすぐに鎮圧部隊を」
「違うのです! その……あの大きさと魔力の強さ、古代竜かと!」
「何!?」
古代竜といえば、人間界に生き残っているという古き時代の生物だ。魔力も存在としての強さも、小さき者たちとは文字通りの桁違い。
神嶺オリュンピアスに眠っているという情報を元に、マレーディアに「ダメもとで魔王軍に入るオファーをしておくように」と指示をしたのが千年前。
まだ存在していたのか、古代竜。
「この地鳴り……ドラゴンの魔力の影響か……っ!」
タナトスは驚きを隠して、衛兵に問う。
「古代竜はいったい何をしに魔界に? 動向を教えろ」
「は、はい……それが……」
「申してみよ」
「はっ! その、古代竜の頭に魔王マレーディア様が乗っています」
「…………は?」
古代竜に、マレーディアが、乗っている?
「どういうことだ。以前、侵略戦争時に古代竜勧誘作戦は失敗に終わったという報告を受けているぞ!」
「も、申し訳ございません! 私にはこれ以上のことはわかりません!」
「くっ……わかった、俺が出る」
魔帝タナトスは、マントを翻して颯爽と玉座から立ち上がった。
***
「が、がおーっ」
ボクはなるべく怖い顔で、魔界をのしのし歩いた。
建物や魔族さんを絶対に踏みつけないように、そっとつま先立ちで歩くのはなかなかに骨が折れる。シュトラのときには、人間たちが上手くボクを避けてくれたけど、魔族さんたちは魔導板でボクのチェ=キを撮影しようと寄ってくるのだ。
うぅん。人混みっていうのは、人間の姿でもドラゴンの姿でも難しいなぁ。
「うっはははは~、魔王マレーディアのお帰りじゃ!」
頭の上で魔王さんがマントを翻して仁王立ちをしている。
なんだか、ちょっと楽しそうだ。
「パパ、頑張って~っ」
タテガミの中に隠れているオリビアがボクを応援してくれる。
わかってくれるのかい、オリビア。このつま先立ちがけっこう辛いのを。
空を飛んでもいいのだけれど、魔王さんいわく「なるべくゆっくり歩いて、我に注目を集めるのじゃ!」とのことだった。
「マレーディアさまは、こういう派手なパフォーマンスをすることで後に引けない状態を作っておいでなのですよ」
クラウリアさんが心配そうに、でも魔王さんのことを信頼している凜とした声で教えてくれる。
「そ、そういうものなの?」
「はい。そういうものなのです」
そうなのか。
でも、ボクは知っている。
頭の上で、魔王さんの足がガクガク震えていることを。
きっと、魔王さんはいまだに怖いんだ。
怖いけど、【魔帝の試練】をうけると決めて、こうして再び魔界にやってきたんだ――オリビアたちの住む人間界の平和のために。
魔王さん、やっぱりキミってすごく優しいんだね。
魔帝さんの大きなお城に近づいたときだった。
「お前たち、我が魔界で何をやっている!」
タナトスさんが、ボクらの前に立ちはだかった。
ワシの顔に、獅子の体。
グリフォン、という魔獣に乗っている。
「……父上」
「マレーディア、これはいったいどういうことだ?」
「わ、わ……我は、千年間ただ引きこもっていたわけではない! と、身をもって示しにきたのじゃ」
「……む?」
「古代竜と親交をかわし、人間界で紡がれたありとあらゆる物語、文化をを日夜分析しておったのじゃ!」
なるほど。
魔王さん、ずっとお城にいて本を読んでいたものね。
「魔界との違いも、魔界よりも優れた点も、逆に人間界が魔界よりも劣っているところも我は知っている!
「……ふむ。マレーディア、お前が密かに魔界からの通販を利用していることは掴んでいたが……だが、それがなんだというのだ?」
「あうっ、だ、だからこそっ!」
魔王さんは、ちらりとクラウリアさんを見た。
そして、大声で叫ぶ。
「今こそ、我は【魔帝の試練】を受ける! そして、その指にある【大地の宝玉】をあしらった指輪をっ! 我が貰い受けるっ!」
びしぃっ、と音がしそうなほどにキメキメのポーズの魔王さんだ。
***
魔帝タナトスは、衝撃を受けた。
(ドラゴンに乗って、キメポーズだと……!? か、かっこいいではないかっ!)
そう。
タナトスは、かっこいいポーズなどに目がなかった。
一方、古代竜は思った。
(……み、みんなに見られている……っ! は、はずかしい……っ!)
魔界中の魔族が、大騒ぎになっている。
ここまで注目を集めるのに、あまり慣れていないドラゴンであった。
***
ボクに乗って派手に登場するパフォーマンスが功を奏したのか玉座の間にあっさりと招き入れられた。
「なるほど、【魔帝の試練】を受ける――と」
タナトスさんは、魔王さんの言葉にものすごく嫌な顔をした。
むこうから言いだしたことなのに、あんなに嫌な顔をすることないのに。なにか事情があるのだろうか。
「うむっ! 我は腹をくくったぞ、父上っ」
「……うぅむ」
「恐れながら、タナトス様」
黙り込んでしまったタナトスさんにクラウリアさんが声をかける。
「……【魔帝の試練】を受けようという申し出は、タナトス様であっても退けることはできない――と掟に定められているようです」
ぺらり、と取り出した紙。
そこには、難しい言葉で何かが書いてある。ヒトが使っている法律っていうやつだろうか。
『子育てトラブルと訴訟』という育児書を読もうと思って、挫折したことがある。法律っていうのは、どうしてあんなに難しい言葉で書くんだろう。
「おぉっ? うわ、そんな細かい掟……よくもまぁ見つけてくるなぁ」
「ふふん、うちのクラウリアを舐めない方がよいぞっ!」
「むぅ……むむむ」
タナトスさんがものすごく悩んでいる。
悩んでいるのはわかるのだけれど、
「パパ……あのおじちゃん、お、お顔が怖い……!」
魔界に来るために猫耳をつけたオリビアが、ボクのタテガミにしがみつく。
わかるよ。すごく顔が怖いね。
デイジーちゃんの家で、デイジーちゃんのママがボクのことを怖がっていたのを思います。
うぅん、ボクも気をつけなくては。
「……わかった」
たっぷり数分間悩んだあと、タナトスさんはやっと首を縦に振った。
「魔王マレーディア、俺の子らのなかでは最後の【魔帝の試練】に挑む者――魔帝タナトスの名において、その挑戦を認めよう」
 




