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ポンコツ魔王、立ち上がる。~あうぅな魔王と【魔帝の試練】~

 マレーディア様は、生まれたときから特別でした。

 【予言の子】……つまりは、人間界への侵略を率いるべきと運命づけられて生まれていらっしゃいました。


 ただ、マレーディア様は本当にお優しかった。

 人間界で紡がれる物語が大好きで、その物語に出てくる人間たちのことが大好きで――本当は、誰とも対立したくはなかったのです。


 私はマレーディア様の乳姉妹として、生まれたときからずっとお側に使えておりました。

 あ、乳姉妹というのは私の母がマレーディア様の乳母だった、ということです。主人と従者という立場ではありますが、本当の姉妹のように過ごさせていただきました。


 マレーディア様は、小さい頃から気が弱くて。

 できることならば、人間と喧嘩などしたくない――と毎日おっしゃっていました。

 でも、予言は絶対で。


 父上の、魔帝タナトス様は特に身内に厳しい方でした。

 『他の魔族に示しがつかない』が口癖で……ご自分も若くして魔界を統べる立場になられて苦労されたのでしょうが、マレーディア様には特に厳しく接していらっしゃいました。


 それこそ、ひとつも口答えは許されないくらいに。


 結局、人間界への侵略戦争が始まってしまって――マレーディア様は、戦争の間ずっと、非情で冷徹で強い魔王を演じていらっしゃいました。


 それが、本当に――痛ましくて。

 だから私は決めたのです。

 私が必ずマレーディア様をお守りしよう、と。

 ……それなのに、侵略戦争が百年続いた頃にやってきた勇者たちに、私は敗北しました。

 マレーディア様だけなら、勇者たちの手を逃れて魔界に逃げ帰ることもできたはずだったのです。


 そうなれば、マレーディア様の負けにはならなかった。引き分け、という形にできたかもしれない……それなのに、マレーディア様は私を庇って勇者たちに負けたのです。

 戦争の間にも密かに集めていらっしゃった人間界の本や貴重な魔導書をおさめた魔導書図書館も封印されてしまいました。

 私たちが気を失っている間に、魔界は人間界と往き来する(ゲート)を閉じて――そこからは、ご存じの通りです。

 魔族たちは人間界で虐げられるようになり、マレーディア様はその状況に心を痛めて城から一歩も出ることなく過ごすようになりました。


 だから、私からすると奇跡のようなのです。

 マレーディア様が「ヒマだから」という理由で外出をされるようになったり、オリビアさんのお友達とご交流されたり……。


 クラウリアは、すっかり冷えた紅茶を飲み干す。



「だから、後悔しているのです。魔界になどお連れするべきではなかった。今の魔族はやはり、マレーディア様に牙を剥くものでした……」

「そうだったんだね……」

「私は、マレーディア様を傷つけるすべてが憎いのです」

「わかるよ」


 もぐ、とフルーツケーキを頬張ってドラゴンが言う。


「ボクも、オリビアのことを傷つけるやつがいたら絶対に許せないし、許さない……でもさ、クラウリアさん?」

「はい?」

「いつまでも、ずっとボクがオリビアを守るわけにもいかないって思うんだ。だってさ……オリビアが何に傷ついて何に喜ぶのかを、ボクが選ぶわけにはいかないでしょう?」

「それは……」

「甘やかすことと、愛することは違う」


 ドラゴンは、きっぱりと言った。

 それは、彼の中に根付いている信念だ。


「オリビアのこと、ボクはすごく愛してる。だからこそ、ボクがオリビアを守ろうとすることが、オリビアを甘やかすことにならないか、いつだって不安なんだよね」

「古代竜殿……」

「ボクはドラゴンだから、ヒトのことはわからないしね。それに、ボクがもしもヒトだったとしても――オリビアの全部をわかってあげることはできないんだと思うよ」


 言いながら、優しい目でオリビアを見つめる。


「だって、ボクらは親子で……だけど、それぞれ別の存在だからね」

「……そう、ですね」

「クラウリアさんは、どう思っているの?」

「どう、というと?」

「えぇっと、なんとかの試練のこと」

「……【魔帝の試練】、ですか」


 むぅ、とクラウリアは考える。


「……そうですね。もしも、試練を受けることでマレーディア様が自信を取り戻したり、周囲がマレーディア様を見る目を変えられるのなら、受ける価値があるものだと思います」

「うん」

「オリビアさんが集めている【七天秘宝ドミナント・セブン】が人間、正しく使わなければ人間たちの戦争のタネになるのなら――」


 クラウリアの心は決まっている。


「……マレーディア様にこそ、それを防いでほしい……です」


 長い話を終えて、フォークでフルーツケーキをつつく。

 たっぷりのクリームと一緒に口に放り込むと、ふんわりこっくり甘酸っぱい。優しい味が、クラウリアを奮い立たせた。


「よかったら、魔王さんにもお裾分けしてきて。フルーツケーキ、人気でさ。取り分けてあった分しか残ってないんだ」


 ドラゴンの差し出してくれた皿には、フルーツケーキが可愛らしく盛り付けられている。


「……はい、ありがとうございます」


 クラウリアは立ち上がった。


 ***


「マレーディア様、あの、お話があります」


 聞き慣れた声に、マレーディアは振り返る。

 フルーツケーキと紅茶を持ったクラウリアが、こちらをじっと見つめていた。 

 子どもたちの輪から離れて二人きりで座りこむ。


「その……【魔帝の試練】のこと、なのですが」


 クラウリアの言葉に、マレーディアは「む……」と顔をしかめた。


「我には、無理じゃよ」


 何か言われる前に、否定をした。

 【魔帝の試練】から逃げれば、この先ずっと惨めな気持ちから逃れられないことは、本当は薄々気がついている。


 けれど、やっぱり怖いのだ。

 これ以上、失敗することが。

 これ以上、誰かの期待を裏切ることが。


「我は試練なんか受けたくない」


 きゅっ、と拳を握りしめる。


「だって、ほとんどの魔族たちは我のこと憎んでる。人間たちも我のことを憎んでる……やっと、と、と、ととととと」

「マレーディア様?」

「とっ、とも、友達がっ!」


 マレーディアの視線の先には、楽しそうに談笑しているオリビアやリュカがいた。

 オリビアが視線に気づいて手を振ってくるのに、マレーディアは力なく手を振り返す。



「……友達が、できたのに。友達の期待をまた裏切るのは、嫌なんじゃ」

「でも、マレーディア様」

「あうっ、『でも』じゃないのであるっ! 無理ったら無理なんじゃ!」

「……私は、あなたを信じていますよ」

「……え?」

「期待ではないんです。ただ、私自身がマレーディア様を信じているんです」


 クラウリアは、そっと手を伸ばす。

 握りしめられていたマレーディアの小さな手を包み込む。


「あなたが、今の状況を打ち破る力を持った……我が麗しき、優しい魔王様であると信じているんです」

「なっ……」


 クラウリアのまっすぐな視線に、マレーディアは言葉を失った。

 幼い頃から、ずっと周囲の期待に応えたかった。


 けれど、自分の性格は期待されているような侵略戦争には向いていなくて、それでも自分を偽って、恐ろしい魔王を演じてきた。

 幼い頃の鍛錬から、勇者たちに負けるまで、自分がやりたくてやったことなんて、何ひとつとしてなかったのだ。

 マレーディアは、うつむいてしまう。


「クラウリアは、我の味方だと思っていたのに」

「味方です!」

「あう?」

「もし、マレーディア様が失敗しても私は失望なんてしません。マレーディア様が挑んだことを、むしろ誇りに思います」

「……ぅ」


 クラウリアの温かい手。

 マレーディアは考える。


 【魔帝の試練】を受ける――そんなことが、自分にできるだろうか。

 でも、もしも試練を乗り越えられたら――少しは自分のことを褒めてあげられる気がする。

 自問自答を続けていると。


「マレーディアお姉ちゃん!」


 オリビアの声が聞こえた。

 顔を上げる。

 目の前にオリビアと――魔族の女が立っていた。


「……や、マレーディア。久しぶりだね。具体的には千年ぶりってやつかな。俺のこと、覚えてる?」

「あう……マーテル……っ!」

「お、さすがに覚えていてくれたか。姉のこと(・・・・)


 マーテル。

 チリンの森に住む魔族の女は、魔帝タナトスの子であり――魔王マレーディアの姉だった。


「……我のことを罵りに来たの?」

「あっははは。まぁ、魔界に帰ることもできず、人間界では散々な目に合ってるからね。この通り、ツノもフードで隠してるわけさ。子どもたちはツノを恐れなくても、頭の古い連中は、まだまだたくさんいるからね。恨み言のひとつも言いたいくらいだが、相手はキミじゃないだろ。今日は、俺はレナの保護者として来たんだよ」

「あう?」


 レナ、といえば。

 オリビアの同級生で、マレーディアが気に入っている超おもしろい絵本の作者だ。

 あの物静かな銀髪の少女が魔族の血を引いていることは気づいていたが、まさかマーテルがレナの保護者だなんて。


「あ……う……?」

「レナちゃんの絵本、オリビアちゃんのおかげで俺も最近読み始めてさ。これ、実は夏休み中にレナちゃんが描いた新作なんだが……懐かしいやつが登場してね」


 手渡された本をめくる。

 そこには、フローレンス女学院をモデルにした学校で元気いっぱいに過ごしている、マレーディアの姿が描かれている。

 マレーディアをモデルにした、「マルちゃん」というキャラクターのようだ。


「レナちゃんのことや、魔族と人間のこと……俺も色々むしゃくしゃしながら生活してたんだけどさ。レナちゃん、どうやらお前のことがすごく好きみたいでさ」


 絵本をめくる。

 どのページのマルちゃんも笑顔だ。


「……オリビアちゃんから聞いたけど、【魔帝の試練】のことで悩んでるらしいじゃん。ま、俺はこの通り失敗した身だけど」


 ちょいちょい、と折れたツノを指すマーテル。

 【魔帝の試練】に失敗すると、ツノを折られてしまう。

 魔帝タナトスの子どもたちの中で、まだ試練を受けていないのはマレーディアだけだ。


「まぁ……そうだね、どんな試練かは入ってみてのお楽しみだけど……案ずるより産むが易しっていうんじゃないか?」


 へらへらとして、マーテルは肩をすくめる。


「ま、俺はその絵本のことでお礼を言いに来ただけだから、【魔帝の試練】のことについては、そんだけね」

「お礼?」

「あぁ。うちのレナちゃんと仲良くしてくれてありがとね、マレーディア。おかげであの子は、人間のことも魔族のことも嫌わずにいられてる」

「……それは、我は何も……」


 マレーディアが口ごもる。

 レナがもじもじとこちらを見ているのに気づいた。


「そんなことないよ、マレーディアお姉ちゃん」

「オリビア?」

「あのね、オリビア覚えてるよ。レナちゃんの絵本、リュカちゃんにおすすめしたのはマレーディアお姉ちゃんでしょ?」

「う? それは、そうだったかも……?」

「マレーディアお姉ちゃん、すごく楽しそうにレナちゃんの絵本のこと話すからね、それ聞いてると読みたくなっちゃうんだよ。みんな、そう言ってる」

「み、んな」


 気がつくと、マレーディアの周囲には子どもたちが集まっていた。

 オリビアがあちこち飛んでいって、呼んできてくれた友達だ。


「まったくもうっ、マレちゃんはすーぐふて腐れるのでありまするからっ!」


 リュカのいつもの憎まれ口。


「みんな、マレーディアお姉ちゃんのこと心配して来てくれたんだよ。オリビアたち、お姉ちゃんたちのこと大好きだから」

「……っ!」


 マレーディアの満月色の瞳に、じわりと涙がにじむ。

 みんなの笑顔。

 クラウリアが、震える手をぎゅっと握ってくれる。


「我……、あう……その……」


 マレーディアは気づいた。

 みんなの、この笑顔が好きだ。

 オリビアが連れ出してくれた、この温かい世界が好きだ。


「……我、ちょっと頑張ってみる!」


 だったら、少しだけ勇気を出してみよう。マレーディアは、決意した。

 この生活を守るために、【魔帝の試練】を受けてたとう。


「ふふん! 我ってば【七天秘宝ドミナント・セブン】、手に入れちゃうもんねっ!」

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