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ドラゴン、励ます。②~ポンコツ魔王、部屋から出る~

 魔界から帰ってから、もう五日。

 魔王マレーディアはずっと部屋に閉じこもっていた。


「【魔帝の試練】かぁ……」


 それを受けるべきなのは、わかっている。

 マレーディアの兄や姉は、もうずっと昔に試練に挑んで不合格になった。

 一人につき一度しか受けられない試練だ。

 もしもマレーディアが失敗すれば、タナトスの子ら以外にも試練に挑む権利が生まれる。

 人間界への侵攻に失敗したマレーディアが魔界の信頼を取り戻すには、【魔帝の試練】に挑むのが手っ取り早い。

 失敗しても、次期魔帝を狙う者たちからはやっと邪魔者がいなくなったと喜ばれるだろうし、万が一にも成功すれば侵略戦争の失敗も少しは大目に見てもらえるだろう。

 さらに言えば、試練をやりとげることができれば【大地の盾】はマレーディアが手にできるらしい。

 そうなれば、閉ざされていた魔界と人間界の(ゲート)を開いて、戦争のときに人間界に取り残された魔族へのケアもできるかもしれない。

 そうすれば、魔王マレーディアへのヘイトも少しは薄まるだろう。


「あう……でも、我には無理なんじゃ」


 絶対に無理だ。

 こわい。

 みんな、自分になどできっこないと思っているはずだ。

 ――そんな思いが、マレーディアを苛んでいる。


「どうせ、魔族が嫌われ者なのも我のせいじゃし。我のこと、きっとみんなが憎んでるんじゃ」


 【七天秘宝ドミナント・セブン】のせいで人間たちが戦争しても、この城だけは守り通せるはずだ。

 オリビアも、この城にいれば安全じゃないか。

 というか、そもそもオリビアは自分で気づいていないだろうけれども、ものすごく強い。めちゃくちゃに強い。


 古代竜もいるし、人間同士の戦争なんか放っておけばいい。

 それで、いいじゃないか。

 ぎゅうっと縮こまった体。


 左手はめた指輪には、クラウリアの髪と同じ色をした宝石が光っている。

 これをくれたオリビアの笑顔を思い出すと、少しだけ胸が痛む。


(……外しちゃおうかのぅ)


 すっかり意気消沈しているマレーディアが、そんなことを考えていると。


「あの、マレーディア様」


 ずっとベッドのそばに付き添ってくれているクラウリアが


「あう? なんじゃ、クラウリア。我は具合悪いんじゃが」

「いえ、その、窓の外を」

「窓ぉ? あうぅ、相も変わらず長閑な山の風景じゃろ」

「いえ、下です。下」

「下……?」


 のろのろとベッドから起き上がったマレーディアが、窓を開ける。五日ぶりの風が部屋に吹き込んでくる。




「ん~、このフルーツケーキ砂糖の固まったところがシャリシャリで!」

「すごい。このピザ、チーズがとろけるな」

「ヤマモモジュース、おいしゅうございまするっ」

「っていうかオリビアちゃん、そのカチューシャなぁに?」

「かわいい。ねこ、ちゃん……ふむ、新作のねたにする」




 わいわい、がやがや。

 フローレンス女学院の子どもたち、それにマレーディアが見たことのない大人たち。


「お待たせしました、みなさん。母の支度に手間取りまして」

「おー、フィリスも来たのか……って、すごいドレスだな」

「パーティと聞きましたので、ここはエルフの威厳をですね……って、エスメラルダ! あなた、お料理をそんな欲張りな盛り方をして……っ!」

「はっはっは、こういうのは楽しんだもん勝ちだよ~。ひっく」

「あ、お酒までっ!」


 ぱちくり、とマレーディアは瞬きをする。

 なんだ、あれは?


「ぱ、パリピらの集い……っ! 我の憩いの我が家がぁあぁ!?」

「……マレーディア様、そうおっしゃっていますけど……そわそわしていらっしゃいませんか?」

「あうっ!? そ、そそ、そんなことあるわけないじゃろーっ!」


 と、ベッドに再びもぐりつつマレーディアはちらちらと窓の外を見ている。

 楽しそうな声。

 美味しそうな匂い。

 そして――


「オリビアお姉さま。マレちゃんはいないのでありまするか?」


 という、リュカの声が聞こえた。

 オリビア以外にはじめてできた妹分みたいなリュカの存在は、マレーディアにとって大きい。


「……うぅ」

「マレーディア様。その、不肖クラウリア、どうしても城の前で行われている会合が気になります。視察に参ろうと思うのですが……」

「むっ!」

「お許しいただけますか?」


 クラウリアの言葉の真意をくみ取って、マレーディアがベッドから飛び起きる。


「うむっ!」


 つまり、クラウリアはこう言っているのだ。

 どうしても視察に行きたい部下のために仕方なく(・・・・)外に出てくれませんか、と。


「では、参りましょうか」


 差し伸べたクラウリアの手には、指輪が光る。

 その手を取ったマレーディアの手にも、指輪が光る。

 お互いの瞳の色をした石を使った、ペアリングだ。


 ***


「マレーディアお姉ちゃん!」


 外に出たとたんに駆け寄ってきたオリビアに手を引かれて、マレーディアはたちまち子どもたちの輪の中心に入っていった。

 いつもムキになって本気で遊んでくれるマレーディアは、子どもたちの人気者だ。自分たちと同じ目線で遊んでくれる、(見た目は)少し年上のお姉さんというのは、いつの時代も好かれるものなのだ。


「……よかった」


 呟くクラウリアの肩を、ちょいちょいとつつく。


「クラウリアさん」


 ドラゴンだった。


「……この宴会は、古代竜殿が?」

「ううん、オリビアが」

「なんと」

「リュカちゃんの国の昔話に、嫌なことがあって岩の中に引きこもっちゃった神様を外に出すために、外でパーティをしたって話があるんだって。神様は楽しそうな音楽に、ついつい外を覗いちゃったっていうお話」


 その昔話から、オリビアはこの作戦を思いついたそうだ。

 クラウリアはすっかり感心してしまう。


「オリビアさんが、そんなことを……」

「うん。みんな魔王さんを心配してるよ」


 ドラゴンが、温かい紅茶をクラウリアに差し出す。

 クリームをたっぷり使ったフルーツケーキも一緒だ。


「あの、よかったらさ……魔王さんのこと、聞いてもいいかな」

「マレーディア様のこと、ですか」

「うん。ボク、考えてみれば魔王さんのこと何もしらないなって思って……」


 なるほど、とクラウリアは紅茶を一口すする。

 視線の先には、五日ぶりに笑顔を取り戻したマレーディアの姿がある。


「……この千年、ずっと誰とも関わらずにいらっしゃいますが、本当はとても、寂しがりの方なのですよ。マレーディア様は」


 クラウリアは、ぽつぽつと話し始めた。

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