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ドラゴン、励ます。①

 朝日がほのぼのと昇る、神嶺オリュンピアス。

 元・魔王城の食堂で、いつものように朝食を準備する。

 オリビアも早起きで、庭の薬草園のお手入れをしてからキッチンにやってきた。

 今朝のメニューはパンケーキに木の実のジャムだ。

 まぁるいパンケーキを焼いていく。

 楽しい朝のはずなのに、ボクはすっかり悩んでしまっていた。


「うぅん。このままじゃ【七天秘宝(ドミナント・セブン)】を集められない、よねぇ……」


 夏休みの旅で、色々な人が応援してくれた【七天秘宝ドミナント・セブン】探し。

 せっかく【大地の盾】――もとい【大地の指輪】のありかがわかったのに、ここにきて八方塞がりになってしまった。

 ちなみに、八方塞がりというのは、縦も横も斜めも全部ふさがっちゃっていることの例えらしい。じゃあ飛べばいいのに、と思ったけどヒトは空を飛べないんだ。不便だなぁ。

 キッチンの片隅。椅子に座って本を読みながら、オリビアが大きな溜息をつく。


「マレーディアお姉ちゃん、大丈夫かなぁ」

「そうだねぇ、もう五日も部屋から出てこない」


 無理もない話だ。

 タナトスさんの魔王さんに対する態度は、おなじ親としてモヤモヤした気持ちになった。

 ……でも、気になることがもうひとつ。


「クラウリアさんにも、少し話が聞きたいんだけど」


 魔王さん、魔界でほとんど誰かと喋っていなかった。

 なぜって、魔王さんが喋らなくちゃいけない場面になると、クラウリアさんがすっと横から出てきて、全部かわりに喋ってしまうのだ。

 今までは気にしていなかったけど、魔王さんはクラウリアさんがいないと何もできない……いや、実際はそうじゃないんだとしても、魔王さん自身が、「我ってば何もできないし~」と思ってしまっている。

 そして、魔王さんにそう思わせているのは、他ならぬクラウリアさんな気がするんだよね。


「……自立、かぁ」


 人間の育児書で何度も目にする言葉。

 親離れ、子離れ、自律に自立……わかっていたって、難しい。

 ボクだってオリビアがひどい目にあっていたら、絶対に許せないし、オリビアを全力で守る。

 だけど――いつまでも。ボクの翼の下でオリビアが生活するわけにはいかない。オリビアは人間で、人間の世界で楽しく生きていけるように育ってほしいんだから。


「ううーん、困ったなぁ」


 パンケーキをぽーんとひっくり返しながら、頭を悩ませる。

 丸くてふわふわのパンケーキに、バターとはちみつをたっぷり落として、木の実のジャムを添える。


「さぁ、オリビア。食べようか」


 上手に焼けたパンケーキを、オリビアに。

 ちょっと形が歪んだり、焦げ目が濃くなってしまったパンケーキをボクに。


「うん、パパ……このページだけ読んだら食べるね」


 オリビアが、本のページを丸い指先で撫でている。


「なんの本を読んでいるんだい?」

「えっと、リュカちゃんの国の昔話だよ」

「リュカちゃんの……っていうと、東の国だっけ」

「うん。東の国の神様たちのお話なの。クニツクリ物語っていうんんだけど……あれ?」

「あれ?」

「……わ、わわわっ!」

「どうしたんだい、オリビア?」


 ぱふん、とオリビアが勢いよく本を閉じる。

 さっきまで、物思いに沈んでいた瞳がキラキラ輝いている。


「パパ!」


 オリビアが何か思いついたときの表情だ。


「あのね、朝ごはん食べたらオリビア出かけてくる!」

「出かけるって……どこに?」

「えへへ、色んなところだよ!」

「色んなところ?」


 オリビアが、こしょこしょ……と耳打ちをしてくれる。


「あのね、オリビアがみんなを連れてきて……それで……」

「ふむふむ」


 傷ついた魔王さんのための、とっても素敵なアイデアだった。


「なるほど、それなら魔王さんも部屋から出てくるかも……」

「でしょ!」


 えへへ、とオリビアが笑う。


「オリビアは、お姉ちゃんたちのこと大好きだから……だから、何かしてあげたいんだ」


 な、なんて優しいんだ。

 ボクはぎゅうっとオリビアを抱きしめた。


「だったら、ボクも手伝わなくちゃね」

「うん! ありがとう、パパ」


 オリビアの作戦には、おいしいお料理がたくさん必要だ。

 クッキングならパパに任せてよ!


 ***


「よーし、えっとえっと、ここをこうして……」


 オリビアが魔導書片手にすらすらと魔法陣を描いていく。

 とっても素早くて、とっても綺麗。

 しかも、魔法陣はひとつではない。


「――昏きより昏き道へと迷い出でよ。開け、【悪魔の小径(デモンズ・ゲート)】!」


 オリビアの声にあわせて、魔法陣がぐにゃんと歪んで道が開ける。


「じゃあ、いってきます。パパ!」

「いってらっしゃい、オリビア」


 【悪魔の小径(デモンズ・ゲート)】に飛び込むオリビアを見送る。


「……さて」


 ボクも色々と準備をしよう。

 薬草園でハーブを摘んで、街で卵をたっぷり買ってきて、それと小麦粉にお芋にお野菜も――。

 忙しくなりそうだ。


「魔王さん、よろこんでくれるといいな」


 ぼふん、とドラゴンの姿になってボクは街へと飛んだ。


 ***


「パパ、ただいま!」

「おかえり、オリビア!」


 調達した食材を並べ終えたころに、オリビアが帰ってきた。


「お邪魔しますっす!」

「おじさま、ご機嫌よう」

「僕のチチからのお土産、これ」


 オリビアに連れられてやってきたのは、ケイトちゃん、デイジーちゃん、イリアちゃんだ。

 前に会ったときよりも、少しだけ大きくなっている気がする。

 子どもの成長って早いなぁ。


「あ、料理だったらウチ手伝うっすよ! おじさんのミルク粥、お父さんに作ってあげたらこれが好評で! 宮廷でもお出しすることになったっす」

「えええ! そうなのかい?」

「はいっ、そのお礼ってことで、ウチからお土産もあれこれ持ってきたっすよ」

「すごいですわ、おじさま!」

「ドラゴンを間近で見てケンロー教育部隊の士気が上がった。チチも感謝しています」


 そうなんだね。

 お役に立てて何よりだよ。


「じゃあ、みんなでお手伝いするっす! この材料ってことは、フルーツケーキっすか?」


 テキパキと手を洗ってエプロンをつけるケイトちゃん、ありがとう!


「ええ、わたくしたちも手伝いますわ。せっかくのパーティですもの!」

「了解」


 デイジーちゃんとイリアちゃんも、それに続く。


「オリビアは、もう一回でかけてくるね!」

「うん、行ってらっしゃい」

「みんな連れてくるから、待っててね。パパ!」


 たたた、っと駆け出すオリビア。

 うん、これは――オリビアの作戦、上手くいくかもしれないぞ。





 パパ、感激。

 我が家の中庭に、オリビアのクラスメイトたちが集まっている。

 ケイトちゃんお得意のフルーツケーキは、今回はボクも一緒に作った。

 あとはチーズたっぷりのパングラタン、短いパスタはトマトとハーブたっぷりのソースで仕上げて、色とりどりの野菜を詰め込んだ卵焼きは切り口がとっても色鮮やか!

 ケイトちゃん特製の華やかなお菓子やお料理もテーブルに並んでいる。

 さらに、


「エスメラルダ様、お茶のおかわりはいかがでありまするかっ!」

「リュカが食べるなら一緒にいただこうかな」

「では、皆様の分もお持ちいたしまするっ!」

「ふふふ、デイジーのお友達のお家にお呼ばれとは、嬉しいねぇ。なぁ、ローザ?」

「ふ、ふん。これのどこがパーティなのかしら? ……まぁ、でも、こういう気取らない空気は楽しいですわね」

「ぴ、ぴぃ~♪」

「きゃあっ! な、なんですのこの妖精はっ」

「おっと、シルフたちが失礼。こいつらどうしても連れて行ってくれってうるさくてねぇ~、おっとそこのご婦人。その目はなんだい? あぁ、魔族が珍しい? まぁ、貴族様ともなれば魔族なんかとは会う機会もないだろうさ……って、別に喧嘩を売るわけじゃないよ? 俺はマーテル。レナちゃんの保護者……じゃなかった、えぇっと、母親みたいなもんさ。どーぞよろしくー」

「妻が失礼を。ところであなたどうしてフードを……?」

「ん? あぁ、ちょっと頭に怪我をしていましてね~。俺の服については、どうぞお気になさらず~」


 そう。

 この旅で出会ったオトナたちも、パーティにやってきてくれたんだ。


「ようこそ、エルドラコ家へ!」


 ボクのあいさつに、みんながわぁっと盛り上がる。

 これで、パーティの準備は完璧だ。

 あとは……。


「マレーディアお姉ちゃん、出てきてくれるかな」


 みんなが楽しくパーティをしている庭は、西の塔――魔王さんのお部屋に面している。

 きっと、窓からボクらの様子も見えるはずだ。

 オリビアが、さっきからずっと魔王さんの部屋の窓を見上げている。


「大丈夫だよ、オリビア」

「パパ」


 きっと、キミの心を込めた作戦は上手くいくはずだから。

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