ポンコツ魔王、実家に帰る。~あうぅな魔王と【魔帝の試練】~
「ようこそ、魔帝城塞へ」
魔界の中心。
マレーディアの魔王城よりも広大で堅牢な城――魔帝城塞の中心部でドラゴンたちを待っていたのは、ひとりの陰気な男だった。
痩せこけた身体に、鋭い目つき。
魔帝タナトス――魔界の支配者であり、魔王マレーディアの父である。
「……父上」
「やぁ、マレーディア。帰ってくるなら先に連絡しないとダメじゃないか」
「……あう」
玉座からかけられた言葉に、マレーディアはぷいっとそっぽを向く。
「おやおや、反抗期も長すぎると考えものだなぁ。実家に帰って頭を冷やすのなら、俺は歓迎するんだぞ」
ゆっくりとした、威圧的な言葉にマレーディアが小さく舌打ちをする。
「なにが歓迎じゃし。どうせ、我のこと落ちこぼれとか思ってるんじゃろ」
「……そうだな。予言が外れるとは思わなかった」
魔界と人間界をひとつにする、と予言されたマレーディアによる人間界への侵略戦争は失敗に終わった。
「俺の即位から六六六年目に生まれた子……予言とぴったり一致するし、期待はしていたんだけどね。失敗したものは仕方ないさ」
「……」
黙り込むマレーディアの横から、のほほんとした声が響いた。
ドラゴンだ。
「キミが、タナトスさん?」
「……なんだ、お前は。得体の知れない魔力を持っているな……っていうか、キミって。この魔帝タナトスに対して馴れ馴れしいな」
顔をしかめたタナトスの耳に、ほがらかな声が響く。
「こんにちは、オリビア・エルドラコです」
「そっちは、人間の娘……?」
「えへへ、はじめましてっ!」
「は、はじめまして」
ぺこり、とお辞儀をするオリビアにつられてタナトスも会釈をした。
「……いまのはナシだ」
こほん、と咳払いをしてタナトスは玉座に座り直した。
ドラゴンは思った。
(……なんだろう、今すごく魔王さんのパパだなってナットクしたよ)
魔帝タナトスは、マレーディアに向きなおる。
「マレーディア、これはどういうことだ?」
ぐぅっと眉間の皺を深くしたタナトスの表情には、かなりの迫力がある。
「お前の敗北により、俺は魔界と人間界を完全に断絶せざるをえなかった。お前が自分の城に引きこもっている間も、マナが欠如した魔界を復興するために、あらゆる手を尽くしてきた」
「……」
「それを、今さら人間の子どもと一緒に魔界に顔を出すとは――ちょっと、俺には理解ができないな」
じり、と焼け付くようなオーラを放ってすごむタナトスの右手。
そこに光る指輪から、強い魔力が漂っている。
「……パパ。あの指輪って」
「うん、あれ……【七天秘宝】みたいだよ」
今までドラゴンが目にしてきた、綺麗な宝石たち。
【久遠の玉杖】【夕闇の宝冠】【蒼水の剣】【灼炎の聖槍】――それを見たときに感じた、強い魔力。
それに近い力を、タナトスの指輪が放っている。
マレーディアは、相変わらずだんまりを決め込んでいる。
「……」
「マレーディア。話もできないのかい?」
かわりに、ずっと黙っていたクラウリアが声をあげる。
「あの――魔帝タナトス様、恐れながら申し上げます」
「ん? お前は……マレーディアの右腕か。腕利きの騎士だったと記憶しているが」
「マレーディア様にお仕えいたしております、クラウリアでございます。タナトス様、このたびはタナトス様にお願いがあって参りました!」
「は? 俺にお願い……?」
「マレーディア様と私は――こちらのオリビアさんたちを案内するために魔界に参ったのです」
「ほう、人間の子どもが、俺になんの用があるんだ?」
「そちらの指輪を、お貸しいただきたいのです」
「……は?」
クラウリアの言葉に、タナトスが硬直した。
「その指輪は、人間界で【七天秘宝】と呼ばれている宝玉のひとつだそうです」
クラウリアが、かいつまんで事情を説明する。
「――ですから、こちらのオリビアさんに指輪をお貸しいただけませんでしょうか。魔帝タナトス様」
タナトスは、黙ってそれを聞いていた。
「ふぅん、【大地の盾】ねぇ。たしかに、この宝玉は、もともと盾の装飾にされてたものだ。人間界に落ちていたものを拾ったんだったかな」
「はい。もとは人間たちのもの――その宝玉を、いっときお貸しいただくことはできませんでしょうか」
クラウリアの言葉を、
「そんなこと、できるわけないだろう」
タナトスは、けんもほろろに斬り捨てた。
「この指輪の魔力は、マナの足りなくなった魔界を千年間支えてくれた。おかげで侵略戦争が失敗に終わっても、魔界は衰退せずに済んだんだよ」
指輪をはめた右手をかかげるタナトス。
「この指輪を手にすることができるのは、魔界を統べる魔帝のみだ」
「そんな……」
「だから、そうだなぁ」
タナトスが玉座から降りて、つかつかと歩く。
「マレーディア。お前が【魔帝の試練】をやりとげたら、俺はこの指輪を手放さなくちゃいけないだろうな」
「……え?」
ずっと黙りこくっていたマレーディアが、顔を上げる。
「まていの、しれん?」
「それって、なぁに?」
首をかしげるドラゴンとオリビア。
その疑問に答えることなく、
「ぜ、ぜ……絶対無理なんじゃがーーーーっ!!!」
マレーディアの悲鳴が響き渡った。
***
【魔帝の試練】。
魔界を統べる帝王になるための儀式だ。
試練の洞窟に入り、いくつもの過酷な試練を耐え抜く必要がある。
タナトス以来、その試練を潜り抜いた者はいない。
魔帝タナトスの子であるマレーディアにも、もちろん試練を受ける資格はある。
「無理! 無理無理、絶対無理!」
「ま、魔王さん……」
「もう帰る! やっぱり魔界になんか帰るんじゃなかったっ!」
資格はあるけれど、もうこれ以上の失敗を重ねるのは耐えられない。
【七天秘宝】なんて、もうどうでもいいと思った。
たしかに、人間界で戦争が起きるのは避けたい。
【七天秘宝】を集めることで、それを避けられるなら、協力してやってもいいかなとは思った。
けれど、【魔帝の試練】なんて――自分には無理だ。
「マレーディア」
目の前にやってきた父、魔帝タナトスが言う。
「お前は周囲の期待を裏切ってきたんだ――それ相応の覚悟を示さなければ、この俺に物を言うなんてできないぞ」
「あ、う……」
「しかも、だ。自ら声もあげずに、従者に代弁させるとは何事だ? 俺はそんな教育をした覚えはないぞ?」
正論。
正論、正論、ド正論だ。
昔から、タナトスはそういう父親だった。
魔帝という立場もあり、マレーディアに対しては「我が子」というよりも部下に対するように接していた。
魔界を統べるものとして、誰にでも平等に接するべきだ――という理屈はわかる。
けれど、マレーディアにとっては、そんな態度が耐えがたかった。
「期待外れだと思われたなら、挽回にはそれ以上の功績が必要なんだよ。マレーディア」
……期待に応えられなかった部下は、きっと見捨てられる決まっているのだから。
「あの、そんな言い方!」
古代竜がムッとした顔でタナトスに反論しようとする。
それよりも少し早く、クラウリアが鋭い声をあげた。
「タナトス様!」
「……なんだい、元騎士団長」
「今の言葉、訂正してください」
「うん?」
「マレーディア様は、期待外れなどではございません!」
クラウリアは、マレーディアを庇うようにして立つ。
「……マレーディア様はずっと傷ついてきました。千年前から……いえ、もっと以前から。これ以上の暴言は、我が麗しき魔王・マレーディア様の側近である私が許しません」
「ほう?」
「これ以上、マレーディア様に無理難題をふっかけないでいただきたい。あ、相手が魔帝タナトス様であってもですっ!」
マレーディアは、大きく目を見開いた。
いつも、自分のことを甘やかしてくれるクラウリア――わがままも、怠惰も、どれも許してくれるクラウリア。
……やっぱり、自分の味方はクラウリアだけなのだ。
「……我、【七天秘宝】とかどうでもいいし」
だって、自分には叶えたい願いなどないのだ。
人間たちがどんな喧嘩をしていたって、どうだっていい。
これからもずっと、クラウリアと二人で平和に引きこもりライフが送れれば、他には何もいらない。
嫌だなぁ、とマレーディアは思う。
何もできないし、やりたくない。それが自分だったじゃないか。古代竜やオリビアと過ごす日々が楽しくて、らしくないことをしていた。
かつて人間に敗北した魔王マレーディアは、絞り出す。
「悪いけど、我に期待しないで」
「……魔王さん」
「ならば決まりだな、マレーディア。この話は終わりだ。魔界に帰ってきても、今のままじゃあ居場所はないだろうし――もう少し、人間界でゆっくりしてきたらどうだ?」
「……マレーディアお姉ちゃん」
ガッカリした顔をされても、困る。
自分はもともと、ポンコツ魔王なのだから。




