ドラゴン、魔界に行く②
お城の地下に沸いている泉。
「ここが、魔界に繋がってる……?」
「うむ、普段は荷物だけ通れる一方通行仕様なんじゃが……」
魔王さんがオリビアに言う。
「あう。オリビア、ここに【悪魔の小径】を開くんじゃ。この泉は魔界に座標合わせっぱにしておるから、それだけで魔界への門になるはずじゃ」
【悪魔の小径】っていうのは、遠く離れた場所を簡単に往き来できるようになる魔法だ。
オリビアが魔王さんの魔導書図書館の本を読んで習得した魔法で、このお家とフローレンス女学院を繋いでくれた。
「――昏きより昏き道へと迷い出でよ。開け、【悪魔の小径】!」
オリビアが呪文を唱える。
ぐにゃり、と泉の中の空間が歪む。魔法は成功だ。
そこにドボンッ、と飛び込んだ。
目に水が入らないように、ぎゅっと目を閉じる。
水泳がまったくできないボクだけど、不思議なくらいに息が苦しくなかった。
ぐるん、と体がひっくりかえる感覚。
――そして。
「ついたぞ、古代竜」
魔王さんの言葉に、目を開ける。
「……うわぁ!」
「パパ、すっごいよ~っ!」
抱きついてくるオリビアを抱っこしてあげながら、あたりをぐるりと見回す。
「「ここが、魔界なんだねっ!」」
ボクとオリビアの声が重なった。
ボクらの生活していた世界と、全然違う。
なめらかな石で固められた地面には何か文字が書いてあって、馬のない馬車がぶんぶん走り回っている。
街にある大きな看板はピカピカ光り輝いているし、魔王さんがよく着ているフリフリで可愛い服を着た女の子達が、黒いつぶつぶの入ったドリンクを片手に楽しそうに笑ってる。
道行く人は、当然だけど魔族の人たちばっかりで、体から角やしっぽや羽が生えている。
みんなが手のひらサイズの魔導板を片手に歩いていて、あちこちでチェ=キを撮っている!
「あう……千年経つと変わるなぁ……人混みがぁあぁ」
魔王さんがクラウリアさんにひっついて縮こまる。
変わるっていっても、変わりすぎでは!
ずっとずっと大昔、気まぐれで一度だけ魔界に行ったことがある。その頃には、今の人間界と変わらない風景だったはずだ。
千年で、一体なにがあったの!?
「まぁ、ここまで変わってるのは、この一帯だけじゃろ。魔界一等地アビカ……昔から、まぁ街全体がテーマパークみたいなもんじゃったしな」
魔王さんが肩をすくめる。
「おおぉ、さすが魔王さん。頼りになるねぇ」
「うんっ!」
右も左もわからないオリビアとボクにとって、魔王さんが大きく逞しく見える。
その視線に気をよくしたのか、魔王さんがえっへんと胸をはる。
「とりあえず、タイガーの穴とスイカブックスとオニメイトとゲマゲマズとだらだらけ巡って魔界最先端のグッズと新刊をあさるのじゃ! 話はそれからである~っ!」
魔王さん、とても元気になった。
久しぶりの魔界で、テンション上がっているのかもしれない。
「……マレーディア様は魔界の文化も人間界の文化も等しく愛していらっしゃいますからね」
と、クラウリアさん。
「通販には限りがありますし、本当はもっと気軽に往き来できればよいのでしょうが……」
奥歯に木の枝が挟まったみたいな物言いをしている。
魔王さんは楽しそうにボクらの先頭を歩きながらも、フードと変装用の眼鏡を絶対に外そうとしない。
何か事情があるのだろう。
「お買い物が終わりましたら、魔帝城に参りましょう。マレーディア様にはどこかでお茶して待っていていただきましょうか」
「はーい!」
「そうだ、オリビアさん。魔界のスイーツをご馳走しますよ、あのドリンクが流行っているようですね」
「わぁい!」
「それ、ボクも飲みたいかも……」
「ふふふ、いいですよ。古代竜殿も、こちらです……って、おっと」
ちらちらとボクらを見ている視線を感じる。
クラウリアさんもそれに気づいたようだ。
「すみません、オリビアさん。念のため、こちらを付けていてください」
「え? 耳?」
差し出されたのは、猫さんの耳がついたカチューシャだ。
オリビアがカチューシャをつけると、それはもうめまいがするくらいに可愛いオリビニャになった。
「か、か、かわいいっ!」
猫さんの耳、すごい!
可愛いオリビアのかわいさが、1000000倍くらいに跳ね上がった!
「えへへっ、にゃおーっ!」
猫さんの真似っこをするオリビアに、ボクは完全にノックアウトされた。
「ふふふ、似合っていますよ。人間がいてはさすがに目立ちますので、魔界にいらっしゃる間はそれを付けていてくださいね」
「はーいっ♪」
オリビアが元気に返事をする。
ちなみにボクは、全身からドラゴンオーラが出ているのでカチューシャ不要とのことだった。
 




