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幕間 一方その頃、魔王さん。~魔王さんの過去~

 チリンの森、入り口。

 マレーディアは、眉間に深い皺を寄せていた。


「ここ……チリンの森なのじゃが?」

「はい、マレーディア様……チリンの森、ですね」

「オリビアと古代竜の気配、森の奥からするんじゃが」

「はい、そうですね。マレーディア様……」


 夏休みのヒマに耐えかねて、「引きこもり最高!」の哲学を曲げてオリビアたちを追いかけてきたわけだが。


「ここから見る限り、哨戒用のシルフたちが森の中を飛び回っていますね。一歩踏み入れば、すぐに捕捉されてしまうかと」

「あうぅ……チリンの森に、使い魔のシルフ……千年前からずぅっとこうなのか……」


 チリンの森。

 古い名前は、白銀枝の森。

 はるか昔、侵略戦争よりも以前。

 この森は、魔界と人間界を繋ぐ場所だった。

 千年前には、そういう場所がいつくもあったのだ。

 侵略戦争の指揮を執っていた魔王・マレーディアが人間の勇者たちに敗れたことで――魔界はチリンの森にあったものを含めて、人間界との往き来が出来る小径(ゲート)をすべて閉じてしまったのだ。

 結果として。


 人間界への侵略戦争のために戦っていた魔族の多くが人間界に取り残された。

 人間界で生まれ育った、魔族の血を引く子どもたちは魔界に行くことはできなくなった。

 そして、敗北者である魔族にとって辛い時代が続いているわけだ。

 長い黒髪から突き出る、大きな羊の角。

 魔族の証であるその角をひと撫でして、


「……我、帰る」


 ぽふん。

 再び、マレーディアは黒猫の姿になる。


「……よいのですか、マレーディア様」

「あう?」

「チリンの森には……お姉さまが(・・・・・)

「マーテルのこと? 我のこと、よく思ってるわけないじゃろうが」


 ぷいっ、と森に背を向ける。

 クラウリアが、すっかり沈んだ表情をしている黒猫姿のマレーディアを追いかける。

 地面に置いていたバスケットの中に、マレーディアが潜り込む。

 そこには、最近のお気に入りの本――レナが描いた絵本が入っている。


「……レナの魔力の質、気づいておるじゃろ。あの子だって、こーんな面白い絵本を書くのに、きっと嫌な目にあったことがある。これからも嫌な目にあうかもしれない」


 マレーディアは、ぽつりと呟く。


「ぜんぶ、我のせいじゃな」

「……マレーディア様……」

「ま、今の我ってば、魔界に帰るに帰れない無力なダメ魔王じゃし! 難しいこと考えても仕方ないし! 今さら我がでしゃばっても、同胞らは不愉快に思うだけじゃろ!」


 あはは、と笑うマレーディア。

 どこからどうみても、空元気だ。


「……」


 なんと声をかけていいのか、わからない。

 この千年間、マレーディアはずっと城に引き籠もってきた。

 自責の念に駆られて。

 勇者に敗れ、大好きな魔導書図書館を封印され、傷心だったこともある。

 けれど、同胞に合せる顔がない――そんな思いが、マレーディアを約千年の永きにわたって元魔王城に引きこもらせている。

 本人は否定するだろうけれど。


「あーあ、予言の子なんてものに生まれるもんじゃないのぅ」


 にゃはは、と笑ってマレーディアはバスケットの中で丸まってしまった。

 クラウリアは、何も言わずに鷹の姿に変化して――魔王城への帰路についた。

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