かわいい娘、七天秘宝さがしに出かける。~レナの秘密とチリンの森④~
マーテルの家、二階。
レナはとても嬉しい気持ちでいた。
学校の友達が、家に来てくれたのだ。
突然の訪問。初めてのことだし、こんなことが起きるなんて思っていなかった。
マーテルは、この家に自分とレナ以外の者が近づくのを嫌っているのだ。
レナは、マーテルのことは好きだ。
優しくて、賢くて、頼れる保護者。
幼い頃――ある日、魔族の血を引くことが知られて、レナは住んでいた村を追い出された。
村でレナを育ててくれていた人間も、レナを助けてはくれなかった。
マーテルがいなかったら、死んでいたと思う。
レナに魔法の才能があると知ると、フローレンス女学院への入学を強く勧めてくれた。
名門・女学院の出身なら、魔族であっても将来少しはまともな生活ができるかもしれない――という理由だ。
他の学校も考えたのだけれど、フローレンス女学院以外は入学資格がある者を「人間」と明記していたのだ。
その瞬間、レナの入学するべき学校は決まった。
フローレンス女学院は、創始者が【エルフの賢女王】フィリス・フローレンスだということもあり、人間以外の種族にも門戸を開いていたのだ。
……とはいえ、魔族の入学実績はほとんどないらしかった。
魔族というだけで収入の手段が限られる。
そうなれば、高等な教育をうける機会も奪われてしまう。
王立フローレンス女学院は、学年に六人の奨学生がいる。学費が大幅免除になるうえに、その六人で構成されたクラスで学ぶことができる。
レナは、その奨学生を目指すことにした。
マーテルは「金のことなら気にすんな、俺を誰だと思ってる!」と言っていたけれど、お金を稼ぐにはそれ相応の苦労をしているようだった。
幸い、レナには魔族の血という才能があり、その才能を活かす努力は惜しまなかった。
もとより読み書き――特に、物を書くのが大好きで、いつだって紙とペンを持ち歩く子どもだった。
そうして。
魔族であるということは隠して、レナは入学試験に合格した。
合格がわかったときには、マーテルは大きなケーキでお祝いしてくれた。嬉しかった。
一年生のときには、何度も何度も「魔族だとバレてはいないか」「いじめられていないか」「つらいことはないか」と手紙をくれた。
だから、マーテルのことは好きだ。
でも……「学校以外では森から出てはいけない」「人間を森に近づけてはいけない」、というマーテルの決めたルールのせいで長期休暇中は友だちに会えないのは、ちょっと寂しいと感じている。
「……これ、しんさく」
帰宅してからずっと書いていた手書きの本を差し出す。
「やったぁ~! えへへ、オリビアね、ずっと続きを楽しみにしてたんだよ」
その笑顔だけで、レナの心はふわふわと空を飛ぶ。
「……ぅ」
小さい頃から、友だちがいなかった。
自分の頭の中にある楽しいことや面白いこと、あふれ出てくる物語を誰かに伝えることができなかった。
だから、レナは書いたのだ。
最初は小さな紙きれに、次はノートの切れ端に。
マーテルは、レナが何かを書いているのに気づいていたけれど、必要以上に踏み入っては来なかった。
『俺はただの保護者だからね』
というのが、マーテルの言い分だ。
それでいいと思っていた。
レナは書く。
誰のためでもなく、自分のために。
それはフローレンス女学院に入学しても、変わらなかった。
誰かと言葉を交わすのは苦手だった。
人と言葉を交わせば、銀色の髪について揶揄されてばかりだった。小さな声を馬鹿にされて、魔族とわかってからは石を投げられた。
誰もレナと話してはくれなかった。
だから、レナは書く。
誰とも話などせずに、ペンを走らせるので十分――な、はずだった。
けれど、そうはならなかった。
『ねぇ、レナちゃん。それって何を書いてるの?』
『……ぅ?』
『それ、本……だよね? 絵本?』
学院に入学してから、しばらく経った頃。ひとりの女の子が、レナに声をかけてきた。
学年主席で、きらきらした笑顔で、レナとは全然ちがう女の子――オリビア・エルドラコ。
教室の片隅で、誰とも喋らずにペンを走らせていたレナに最初に寄り添ってくれた女の子だった。
絵本。
文字と、絵を書き連ねたレナのノート。
それをオリビアは絵本と呼んだ。レナは、その言葉に――思わず、うなずいた。
そうか、これは絵本なのか。
自分がずっと書き連ねてきたものに、初めて名前がついた瞬間だった。
『そっか、やっぱり絵本なんだね!』
こくこく、とレナは何度もうなずいて、オリビアを見上げた。
この女の子は、眩しい。そう思った。
『えへへ、オリビアね。本、すごく好きなんだ。それで、レナちゃんが書いてるの、ずっと気になってて』
その言葉を聞いた次の瞬間、レナはノートを差し出していた。
レナの紡いだ、物語。
この女の子にだったら、読んでもらってもいい――そう思ったのだ。
それからは、もうトントン拍子。
レナの書いた絵本を読んでけらけらと大笑いをしたり、涙を流したり――そんな様子に、教室内で異質だったレナに腰が引けていた他のクラスメイトが変わった。
休み時間のたびにレナに話しかけてきて、絵本を読みたがった。
クラスメイトたちは笑って泣いて――レナに続きをねだるようになった。
レナは、書いた。
今度は自分のためだけではなく、友だちのために。
レナの書いた絵本は、クラスから学年へ、学年から学院へ……たちまち、人気作になっていった。
夢みたいだった。
自分の頭の中で考えた楽しいことが、レナの手元を飛び出して誰かを笑顔にする。
それが、とても嬉しかった。
誰かに読んでもらうことを、レナは知った。
そして。
この物語をあの人に読んでほしい、と願うようになったのだ。
――そして、今。
絵本に夢中になっているオリビアをじっと見つめる。
「……ぅ」
「ふふ、えっへへへ~」
「…………。あ、の」
「え? なぁに、レナちゃん?」
書き上げたばかりの新作を、目の前で読まれる。
ものすごく、そわそわする気持ちだ。
「あ、のぅ」
もじもじ。
長い銀髪を指先でもてあぞぶレナ。
オリビアはレナに微笑んで、
「今回も、すっごく面白いよ!」
言い切ってくれた。
「……~~っ!」
レナは嬉しさに頬を染める。
オリビアは、いつだってレナを勇気づけてくれるのだ。
「えへへ~、早くみんなにも読んでほしいなぁ。リュカちゃんも一緒に来てればよかったのに」
「ぅ、うん」
「それに、マレーディアお姉ちゃんもいっつも楽しみにしてるし」
「うぅ」
「あ、あとでパパにも読んでもらっていい? パパもレナちゃんの絵本大好きで――」
「お、おりびあ!」
「うん?」
「……」
レナは、ぱくぱくと口を動かす。
オリビアのパパは、階下でマーテルと話をしているはずだ。
だったら、今なら――。
「……レナちゃん」
オリビアが、ぱたんっと絵本を閉じる。
「もしかして……マーテルさんに読んでほしい、の?」
「~~っ!」
こくこくこくこく。
空中で銀髪がぶぉんぶぉんと舞うくらいに、激しくうなずく。
「今まで、マーテルさんってレナちゃんの絵本読んだことない?」
「ん、んっ」
舞い踊る、銀髪の嵐。
「そしたらさ!」
オリビアがレナの手をとる。
きゅっ、と。
柔らかい手で、ペンだこの浮いたレナの手を握ってくれる。
「今から、読んでもらおうよ!」
「……っ!?」
ずっとレナが悩んでいたことを、こうやってに吹き飛ばしてしまう。
教室の片隅でもくもくと書いていたレナの物語に「絵本」という名前を付けてくれたときも、そうだった。
「いこう、レナちゃん!」
オリビアは、思い立ったら行動が早いのだ。
レナの手を引いて、階段を駆け下りる。
すると。
「……何って、魔族差別のことさ」
マーテルの声が、聞こえた。




