かわいい娘、七天秘宝さがしに出かける。~レナの秘密とチリンの森②~
――数週間前、フローレンス女学院。
――放課後。
フォンテーヌ寮のデイジーちゃんのお部屋に集まった日のことだった。
ボクと魔王さんは――悶え苦しんでいた。
「あっははは、なにこれ! す、すごい面白いね! あはははは!」
「あうぅ~、お、お腹が痛いのじゃ! にゃはははは、ギャグセン高すぎじゃろ~!」
ああ、笑い過ぎてお腹がいたいよ!
ひぃ、苦しい。
原因は、レナちゃんだ。
無口だけど面白い……というレナちゃんは、絵本を書くことが趣味なようだった。その絵本が、もう、すっごく面白いんだ!
どう面白いかっていうと、もう……だめだ、笑えてきちゃう!
「にゃはは~、もうこれは! コンテンツにはけっこうウルサイ我も大満足じゃ、レナとやら天才じゃな、さては天才じゃな~!?」
魔王さんも、涙を流して大笑いしている。
昨日から、ぷりぷりとしていた魔王さんがケラケラ笑っているのを見てクラウリアさんもちょっと安心しているようだ。
「……ぁりがとぅ」
床につくほど長い銀髪をふわふわ揺らして、レナちゃんは照れている。
相変わらず、すごく小さい声だけれど。
「えへへ、レナちゃんのお話面白いでしょ! オリビアもだいすきなんだ!」
まるで自分のことのように、えっへんと胸をはっているオリビア。
さらさらと、レナちゃんがいつも抱えている大きな革張りの本…‥レナちゃんの「なんでも帳」にペンを走らせる。
そこには、
『ありがとう、嬉しい』
という文字と、絵本の主人公の絵がかいてあった。
主人公の絵の表情に、おもわずまた笑ってしまう。
ああ、もう、これが思い出し笑いっていうやつなのか。ずっと面白い気持ちがおさまらないよ。
「あぅ、レナとやら! 次の巻はないのか、次の巻は! 我はこの絵本気に入ったぞ!」
「……ぅ」
ぽぽぽっ、と頬っぺたを赤くするレナちゃん。
もそもそと肩からかけた大きな袋をさぐって、本を「ジャジャン!」と出してくれる。
やった、続きがあるんだ!
ボクと魔王さんは、並んでワクワクとレナちゃんを見上げる。
「おぉ……っ!」
「我らがいち早く新刊を……っ!」
「やった……レナちゃんの新刊はいつも百人待ちなのにっ!」
レナちゃんの書く絵本の続きは、フローレンス女学院のみんなが待ち望んでいるのだ。
***
「……というわけで、レナちゃんの書く絵本はフローレンス女学院では、それはもう大人気なんだよ」
ボクの説明に、マーテルさんは目をぱちくりさせている。
全部本当のことだ。ボクも、魔王さんも、オリビアもレナちゃんの新作絵本を楽しみにしている。最近では、
『ふーんだ! わらわは教科書と古文書を読むので忙しいのでありまするっ!』
と興味のないフリをしていたリュカちゃんも、こっそりレナちゃんの絵本を読んでいるくらいだ。
「そう、なのか……」
「ボクもレナちゃんのファンだし」
「……そう、かぁ」
マーテルさんは、へにゃりと表情を柔らかくする。
今までは眉間にぐいっと皺を寄せて、気難しそうな顔だったけれど――なんだか、少し可愛らしい。
「なぁ、ドラゴンくん。レナちゃん、学校……楽しんでいるように見えるかな……」
「うーん」
ボクは、フローレンス女学院でのレナちゃんの姿を思い出す。
無表情で、無口。
たとえば、育児書の挿絵みたいな子ども……ではない。
だけど、レナちゃんの周りには常に誰かがいると思う。
オリビアたちがお喋りしているのを聞いているときのレナちゃんは楽しそうだ。
「うん。楽しんでると思う」
ボクの言葉に、マーテルさんは嬉しそうに笑った。
「そうか。うん……そっか、それならよかった」
「マーテルさん、レナちゃんと学校のことをお話しないの?」
「しないなぁ。レナちゃんはあの通り無口だし」
「レナちゃんの絵本を読んだりは?」
「しないよ。俺にそんな権限はないからね~」
「権、限……?」
なんか、難しい言葉だ。
「俺はただの保護者だからね。レナちゃんが見せてくれようとしない限りは、無理にプライベートに踏み入ったりしないさ」
「見せてくれようと、かぁ……」
ボクはうーむっと考えこむ。
それは、ボクが今まで直面したことのない問題だ。
オリビア、何を見つけても、何を体験しても、
『あのね、パパ!』
『見て、見て! パパ~っ!』
ってかんじでボクに何でも話してくれるから。
もちろん、これから色々な育児書で書かれていた恐るべき期間、シシュンキに入ったらわからないけど……いやっ、オリビアはきっと、ボクのパンツと一緒に服を洗濯しないでなんて言わないはずだ。うん。
とにかく、マーテルさんの悩みについては考えたこともなかった。
……というか。
「マーテルさんは、どうしてレナちゃんの保護者をしているんだい?」
「む?」
「ボクは、オリビアがボクの祠にやってきて……それで、色々あってオリビアのパパになったんだけど」
魔族のマーテルさんが、どうして森の奥で子育てを?
「俺が、レナちゃんの保護者やってる理由ぅ?」
ぐぐぐ~っと。
マーテルさんの眉間の皺が、また現れる。
「そんなの、決まってるだろ。俺は何百年も前からずーっと、この森で子育てしてきたんだよ」
「え?」
「……人間に虐げられた魔族の子を、な」
「え、ええぇぇ!」
魔族の子、ってことは。
「もしかして、レナちゃんって……」
魔王さんと同じ、魔族なの?
それは気づかなかったなぁ!
ボクが目を丸くしていると、マーテルさんがさらに眉間の皺を深くした。
「おいおい、ドラゴンくん。その驚きっぷり……もしかして、わかってなかったのか? あの魔力たっぷりの銀髪は、魔族の血を引く者に多いんだが……まぁ、レナちゃんには自分が魔族の末裔だってのはバレないようにって言っているから……っていうか、魔力の隠し方をわざわざ教えたし、逆に言えば俺の教育の成果ってことかな」
「待って、待って!」
「ん?」
「どうして、レナちゃんが魔族ってことを隠すの?」
ボクの言葉に、いよいよマーテルさんの眉間の皺が深くなった。もはや谷。
「…………。へーえ。知らないのか、さっすがドラゴンくんだ」
「知らないって、何が?」
頭の上にハテナを飛ばしているボクを、マーテルさんは「ふふん」と笑った。
「……何って、魔族差別のことさ」




