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ドラゴン、入学式に参列する。

入場してきた瞬間に分かる。

ウチのオリビアが、新入生の中で、いちばん可愛い!

 迎えた入学式当日は、よく晴れていた。


 ――というよりも、久々にドラゴンの姿になってオリビアを背中に乗せ、学校にむかって飛んでいる最中に雨雲がわいてきたから吹き飛ばしておいたのだ。


 ちょっと吹けば飛んでいくくらいの雨雲でよかったな。

 ずいぶん昔に、何ヶ月も降り続いた雨……ニンゲンたちが『厄災神の涙雨』って呼んでいる長雨の雲を吹き飛ばしたときはけっこう大変だった。いい加減ジメジメして嫌だったから、がんばったけど。



 ボクは学校の近くに着陸して、ニンゲンの姿になる。

 そうして、オリビアと手を繋いでやってきたのは彼女が今日から通う王立フローレンス女学院だ。


 全寮制の名門校。

 フローレンス女学院。


 入学式に参列している、オリビアと同じ年頃の女の子たちもみんな賢そうだ。

 その親のニンゲンたちも、立派な格好をしているなあ。


 それを眺めていると、不意に心配になってくる。

 ボク、ちゃんとニンゲンの親として、変じゃない格好しているよね?


 ミランダの繁華街で、「今シーズンのベストコーデ!」って書いてあった服をマネキンごと買ったんだけど。一応。

 ボクは山でのんびり過ごしてきたドラゴンだ。ニンゲンの(とても可愛い)娘のパパとして、ちゃんと振る舞えているかどうか心配になってきた。



「ね、ねえ。オリビア」


「? なあに、パパ」


「パパ、どこか変じゃないかなあ」


「ぷっ」



 隣を歩くオリビアに耳打ちすると、オリビアが吹き出した。

 え、うそ。どこか変だった?



「どうしよう。パパ、ちゃんとできているかな?」


「えへへ、パパ。笑ってごめんね」



 オリビアがおかしそうに笑う。



「オリビアも、こんなにたくさん女の子やお父さんやお母さんがいるのは初めてだもん。わかんないよ」


「そ、それはそうか」


「でもね」



 と、幼い頃からボクとお家で過ごしてきたオリビアは言う。

 ボクを、まっすぐ見つめて。

 そうして、背伸びをしてそっとボクに耳打ちをしてくれた。



「パパ、ここにいるお父さんの中でいちばん格好いいよ」


「っ!!」



「う、嬉しいよオリビアッ!!」


 ……ボクは、キメ顔でそう言った。

 ウチの娘は、なんて優しいんだろう。



***



 入学式の会場だという大講堂には、たくさんの生徒と保護者がひしめいていた。

 手続きを終えてオリビアを教室に送り出すと、ボクは講堂に座ってオリビアたち新入生を待つことになる。

 なんと、オリビアは主席として新入生代表の挨拶をすることになっているらしい。学校が用意してくれた文章を音読するだけだそうだけれど、オリビアの晴れ姿が待ちきれない。



「あっ、こちらですよー!」



 大講堂に入ると、ピンク色の髪の長身の女性――クラウリアさんがボクに手を振ってくれた。

 オリビアの晴れ姿を見るために、クラウリアさんも遠路はるばるお家からこの王立フローレンス女学院へやってきてくれたのだ。


 ドラゴンの姿ならば、別にどこからでも新入生が並ぶ壇上が見えるけれど、ニンゲンの姿だといい感じの位置にいないとオリビアの姿が見えない恐れがあるのだ。


 いい感じの位置のことを、ベスポジっていうのだと魔王さんが教えてくれた。



「わあ。これはベスポジってやつですね」


「そうですね。早くから並んだ甲斐がありました」


「魔王さんは?」


「こちらにおりますよ……マレーディア様?」


「こちら?」



 どこにも座ってないけれど……。ボクがきょろきょろとしていると、クラウリアさんの着ている服の胸元から「あぅうぅ……」というお馴染みの声がした。



「あうぅ……、我をこんな狭いところに押し込めるとはぁ」



 もぞもぞ、とクラウリアさんの服から這い出してきたのは――首に赤いリボンを巻かれた黒猫だった。ちっちゃい!

 でもこの黒猫、ほわほわの頭から羊さんみたいな角が生えている。そして、瞳はとっても綺麗な黄金にかがやくハチミツ色で。



「魔王さん?」


「ふふん。おぬしが人の姿をとれるのだ。この我が変化(へんげ)できぬわけがなかろうっ。ね、可愛いでしょっ!!」


「とっても可愛いですよ、マレーディア様!」


「あ、あぅ……」



 魔王さん、クラウリアさんに褒められて照れているみたいで顔をくしくしと洗いはじめた。

 本物の猫みたいだ。

 それにしても、わざわざ猫に変身してクラウリアさんに運ばれていないと嫌なんて。本当に外出が嫌いなんだな、魔王さんは。



「ありがとう、魔王さん。オリビアも喜ぶよ、魔王さんにも入学式に来て欲しいって言ってたから」



 そんな話をしていると。

 ボクたちの隣に、すごく派手な女の人が座った。何人もお付きの人を従えているし、とっても偉そうだ。女王様か何かなのかな?



「……ごきげんよう!」


「あ、ども」



 女の人は、ボクたちをじろりと値踏みするようににらみつけて大きな溜息をついた。



「まったく。パレストリア家の人間をこんな平民たちと一緒の講堂に座らせるなんて。実力主義に移行したといえば聞こえはいいですが、この学校も落ちたものですわ!」


「パレ……?」



 全然聞いたことのない家だった。

 といっても、ボクが知っているニンゲンはこの数百年で山にやってきたような英雄や各地の王さまっていう役をやっているニンゲンだけだから、ボクが世間知らずなのかもしれないけれど。


 でも、あんまり失礼があるといけないな。とりあえず、名乗っておこうか。

 オリビアの未来のお友達のお母さんかもしれないし!



「パレストリアさん、はじめまして。えっと、ボクは」



 とそこまで言った瞬間に、ボクは「むふっ」とにやけてしまう。

 そうだ、ボクには名前があるんだ。

 オリビアがつけてくれた、ボクたちの名前。



「ボク、エルドラコといいます!!」


「ずいぶん自信満々ですわね……(ドラゴ)? ふん。忌名ではございませんの。まったく、この名門フローレンス女学院にそんな庶民が。それで、お宅はどちらの塾出身ですの?」


「塾?」



 なあに、それ?

 ボクは首をひねってしまう。



「だから。入学試験の対策を、どこの塾でしたのかと聞いているのですわ。パレストリア家には代々お抱えの家庭教師がおりますから、関係のないことですけれどねっ」


「うーんと。うちも、まあ、家庭教師といえば家庭教師でしょうか」



 魔法や魔導書解読は魔王さんが教えてくれたし、剣術や体術はクラウリアさんが教えてくれたし、ボクも古代言語を教えてあげたし……うん。家庭教師だね。



「ふんっ。ま、入学まではこぎ着けたとしても、何処の馬の骨ともわからぬ庶民にはこの学院での学びは高等すぎるかもしれませんわね! その点、うちの娘は第二位の成績で入学しておりますから? 将来も明るいと言うものですけれど??」



 パレストリアさんは、ひとりでよく喋っていた。

 娘さんのことが自慢なんだなぁ、その気持ちはわかるよ。



「あうぅう……っ、我、こいつ嫌いだ」



 ボクたちのやりとりを見ながら、魔王さんが黒猫の毛皮をフシャーと逆立ててブツブツ言っている。魔王さんは、どうやらこういう自信満々な人がニガテらしい。



「そもそも、ですわ。パレストリア家はかの勇者による魔王討伐の折りに活躍した由緒正しき魔術師の家系で――」


「あぅっ!? 嘘をつけ、パレストリアとか名乗っていたヘナチョコは城に入る直前に逃げ帰っておったであろうっ!! 盛るな、話を!!」


「……? いまどこからか声が」


「フシャー!!!」


「きゃあっ、く、黒猫っ!?」



 魔王さんの威嚇に、パレストリアさんはびっくりしていた。

 猫って強いんだなあ。



 そのとき。

 鳴り響くファンファーレとともに、新入生たちがぞろぞろと講堂に入ってきた。

 それまでお喋りをしていた保護者たちが、シンと静まりかえる。



「わあっ、オリビアさんはどこですかねっ」


「あそこだね」



 きょろきょろしているクラウリアさんに、ボクはオリビアの場所を教えてあげる。

 真新しい制服に身を包んで、三つ編みのお下げ髪を揺らしているオリビア。

 入場してきた瞬間に分かる。

 ウチのオリビアが、新入生の中で、いちばん可愛い!



「あぅう~、クラウリア。我も見たい~!」


「おっと。そうですね。マレーディア様、これで見えますか? ほーら、たかいたか~い!」


「あうっ! こら、我は赤ちゃんではないのだぞっ!? ……あ、見えた」



 オリビアも、ボクたちに気付いて笑顔を向けてくれる。

 いつもよりも、ちょっとだけぎこちない笑顔。少し緊張しているみたいだ。あんな表情は、初めて見る。お家にずっといたのでは、こういう場は体験できないものなあ。


 がんばれ、オリビア。

 パパはオリビアの味方だよ!



「っ、デイジーちゃん、こっちですわよ~!!」



 隣のパレストリアさんもはしゃいでいた。

 ほどなくして、式典がはじまって、いよいよその瞬間が訪れる。


 厳しそうな女のニンゲン……校長先生が、新入生代表の名前を読み上げる。



「首席入学。オリビア・エルドラコ」


「はいっ」



 オリビアが大きな声で返事をして、壇上にあがる。



「……エルドラコ? って、しゅ、首席ですって!?」



 パレストリアさんが、ビックリした顔でボクの方をちらちらと伺っている。

 ボクは嬉しくなってしまう。

 そうなんですよ、あのとっても可愛い子、ウチの娘なんです!!



「そんな……どこの塾でも模試でも聞いたことのない名前ですわ……それが、首席?」



 パレストリアさんは、そんなことをぶつぶつ言っている。講堂もすこしざわついているのが分かった。黒猫姿の魔王さんは、パレストリアさんのビックリした顔に満足げにしっぽをゆらして「ふふん」と鼻を鳴らしている。


 ボクは、オリビアに釘付けだ。

 壇上で紙をひろげて、大きく息を吸い込むオリビア。



「ほんじつ、わたくしたちは、この王立フローレンス女学院の一員として、新たな一歩をふみだしますっ」



 朗々と、オリビアの声が講堂に響く。

 いつもよりも堅い声だけれど、一生懸命に、そして堂々と挨拶を読み上げている。立派なものだ。すごい、オリビアに人前で喋る才能まであったなんて!


 ボクは、鼻高々になってしまう。

 どうですか、みなさん。


 ボクの娘ってば、こんなに可愛いんですよ!!!




***




 こうしてオリビアの学校生活は順調にスタートし、ボクは魔王さんとクラウリアさんといっしょにお家に帰ることになった。


 次に会えるのは、三ヶ月後の夏休み。

 いままでは百年なんてあっという間だと思っていたけれど、オリビアの帰宅を待つ三ヶ月はきっと何とも長いものに感じるんだろうなあ、とボクは思う。




 ――でも、そんな心配は無用だったと、この後すぐに気付くことになるのだ。

日間総合ランキング24位、さらにハイファンタジーランキング9位まで上がっていました。

応援、ありがとうございます!!!

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