幕間 一方その頃、魔王さん。~魔王さん、家を出る?~
――爽やかな朝。
元魔王城、現オリビアとパパの家。
現在は、魔王マレーディアと魔族の騎士クラウリアがお留守番をしているわけだが。
「あうぅ~っ! やだやだやだ~っ! 我はまだ寝てるのおおぉ!」
「マレーディア様、昨晩約束したではありませんかっ! 今朝こそ、クラウリア式体術訓練で朝活をするとっ!」
「覚えてないいぃ~っ!」
「その言い訳、もう三日目です!」
「数えるなんて卑怯じゃぞ~」
「さぁ、マレーディア様! 私の選んだ、このとっても可愛いトレーニングウェアに着替えてくださいっ!」
「いやーっ!」
「絶対に似合うのでっ! あとチェ=キ撮らせてくださいっ、ツノッターにあげます!」
「ちょ、ま! だったら眼鏡とるから! 我めっちゃ寝起き顔で恥ずかしいしっ!」
「ついでに髪もポニーテールにするのはいかがですか、スポーティに!」
「あうっ、あとフィルター魔術も頼むぞ!」
「はい、もちろんです」
数分後。
マレーディアはトレーニングウェアに身を包み、長い髪をポニーテールに結い上げていた。
「あうっ……なんか、いいように丸め込まれた気がするぅ」
「気のせいですよ、マレーディア様♪」
クラウリアは満面の笑みを浮かべる。
「さぁ! 魔族騎士団団長がひとり、クラウリア式訓練をはじめましょうっ」
「あうぅ~……っ」
「返事は『イェス!』オア『はい!』」
「は、はいぃ」
鬼軍曹モードのクラウリア。
爽やかな朝日のもと、マレーディアは額に汗してエクササイズに励むことになったのだった。
一時間後。
晴れ渡る庭先にて。
ばたん、とマレーディアが地面に倒れ込む。
「あうっ、あひっ、ひー、ひー……つ、つっらぁ……っ!」
「こほん。マレーディア様、失礼ながら……鈍りましたね」
「おぬしが体力オバケ、いや体力マゾクなのじゃ~!」
「ふふふ、これでも魔王軍の練兵を一手に担っておりましたので!」
「あううぅ、どうせ我が全部押しつけてましたぁ~っ!」
同じメニューをこなしていたはずなのに――それどころか、過酷な特訓メニューをこなしながらも、マレーディアのチェ=キをばしゃばしゃと大量に撮影をするべく、地面に寝転がったり中腰をキープしたりと動き回っていたのに。
「あう……やっぱり悔しい~っ! なぜに汗ひとつかいてないんじゃぁ~」
魔王マレーディア、本日数度目の涙目である。
「それは、魔王様が惰眠を貪っておいでの間も私は毎日鍛錬を……」
「あうっ! いま惰眠って言ったじゃろ、惰眠って!」
「こほん」
「最近、ちょっと我に容赦なさすぎなのでは~っ!」
「まぁまぁ。さ、ドリンクをどうぞ」
「むぅ……というか、千年も朝の鍛錬してて飽きない?」
「いいえ。いつでもマレーディア様をお守りしたいですから」
「む……もう守ってもらわなくていいんじゃけど。あの忌々しい戦い、終わったし」
忌々しい戦い。
それはもちろん、人間界への侵略戦争だ。
「もともと、我は気が進まなかったんじゃ……」
「はい。存じておりますよ、マレーディア様」
「あう……『魔界と人間界を統一する者』とかいう意味のわからん予言付きで生まれてなければ、我も今頃魔界で自堕落ライフだったし……」
「そ、れは……仮にも魔帝タナトス様の御子であらせられますし、さすがに自堕落ライフはお父上が許さないかと」
「ふん。でも、勇者に敗れて、失敗した我のことは、もう千年も放置じゃろ?」
ぷぅ、とマレーディアは頬を膨らませる。
「どうせ、我のことなんて本当はどうでもいいんじゃよ。欲しかったのは、『予言の子』だったんじゃから」
ぼそりと吐き捨てた言葉。
クラウリアは、マレーディアの頬を流れるものをそっとタオルで拭った。
しばらくの、沈黙。
やがて口を開いたのは、マレーディアだ。
クラウリアの指を、タオルごときゅっと掴んでいる。
「……あー、汗かいたのぅ」
「はい、そうですね……我が麗しきマレーディア様」
クラウリアは、優しく微笑む。
いつも通りの声に、マレーディアはすっかり安心して、にまっと笑顔を浮かべた。
「あう……一緒にお風呂入ってあげてもいいけど?」
「はわっ! それは恐れ多いことでございますが……ぜひともっ!」
クラウリアが目を輝かせた。
まんざらでもない表情のマレーディアが、ふいに溜息をつく。
「……というか、オリビアたちはまだ帰ってこないのかのぅ。我ってば、ほんとにほんとに、ヒマなのじゃが」
ヒマ。
魔王マレーディアの言うヒマとは、それすなわち「寂しい」なのであるが――クラウリアは、それを口にはしない。忠臣なので。
もちろん。
ほんの少しの「このまま久々の二人きりの時間を楽しみたいので」という下心がなくもないが――それもまた、口にはしないのである。
「そうですねぇ……この夏休みは、各地を旅して【七天秘宝とやらを探すそうですが」
「あうぅ……どうせなら付いていけばよかっ…………いや、よくない。血迷うな、我っ! 引きこもりライフ・イズ・最高じゃしっ!」
空元気。
どこからどう見ても、空元気である。
「うーん……古代竜殿の気配なら、もしかしたら追跡できるかもしれませんが」
クラウリアは呟いて、青く晴れた空を見上げた。




