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かわいい娘、七天秘宝さがしに出かける。 ~小さな武人イリアと『盾』②~


 要塞都市ケンロー。

 大昔の魔族との戦いにおいて重要な拠点だった都市で、今はシュトラ王国の軍隊の訓練施設がある街だ。

 ケンローの軍事施設の食堂にて。


「オリビアちゃん。僕、感激しました」


 イリア・メラ・デュランダル――シュトラ軍将軍の娘で、フローレンス女学院二年生。

 金髪を短く刈り上げ、やや無表情な少女は、学校の友達の手をぎゅっと握っていた。


「チチの考えた訓練を、たった一日でクリアしたのはオリビアちゃんが初めてだよ」


 軍人気質――規律を重んじる、生真面目な生徒だ。

 オリビアと同じクラス、通称『ゼロ組』の特待生のイリアはこの夏休みを将来のためのトレーニングに費やすつもりだった。

 それで、イリアの父が責任者を務めるケンローに滞在していたわけだが。


「いやぁ……助かったよ、イリアちゃん」


 迷子のドラゴン父娘が、訓練中のケンローにやってきた。

 巨大ドラゴンの襲来に軍が撃った最新鋭の魔導砲の雨あられは、一瞬にして霧散した。

 ドラゴンが、「ふぅっ!」とひと吹きしただけで……である。


「……おそるべし、ドラゴン父娘です」


 イリアが、そのドラゴンが自分の同級生とその保護者だと気づかなければ、ケンローの軍隊は完全にパニックに陥っていただろう。


「まさか、迷子になるなんてねぇ」


 そのドラゴン(現在は人間の姿でお茶を飲んでいる)が、照れくさそうに頬を掻く。


「いえ、オリビアのお父上。誰にでも間違いはあります」


 イリアは、オリビアが分けてくれたルイザー土産のキャンディを口に放り込みながら首を振る。


「えへへ、でもイリアちゃんに会えてよかった」

「そうだね、もともとイリアちゃんは忙しいから会えない予定だったものね」


 ――ちなみに。

 チリンの森と要塞都市ケンローは、まったくの別方向である。


「オリビアちゃん。よかったら送っていくよ」

「えっ?」

「ちょうど行軍訓練があって、チリンの森のほうまで行く用事がある。……また迷子になったら心配だから、送る」


 イリアの言葉に、親子は飛び上がって喜んだ。



 ***



 イリアちゃんがチリンの森まで送ってくれる、ということでボクとオリビアはありがたくお言葉に甘えることにした。

 チリンの森へは、街道沿いに一本道――らしい。

 一列に並んだ大人たちの最後尾に、大きな荷物を背負ったイリアちゃんが歩いている。

 ボクとオリビアはその後ろについていくことにした。

 ドラゴンの姿で歩くと、何歩か歩いたら行列を追い越してしまうので、人間の姿だ。

 ちなみにオリビアは、ぽこぽこ歩くお馬さんに乗せてもらってご機嫌だ。

 お馬さんは優しい目をしていて、好きだなぁ。

 でも、ちょっと――というか、とても気になることがある。


「ねぇ、イリアちゃん?」

「はい、オリビアの父上。なんですか」

「あの……これって、疲れないの!?」


 ボクの言葉に、イリアちゃんは「何がです?」と振り返る。


「いやっ、だって歩き始めてからもう何時間も経つんだけどっ」


 ボクはニンゲンの姿をしていても、ドラゴンだ。

 どれだけ歩いても、たいして疲れることはない。

 だけど、人間っていうのはもっと弱いはずだ。

 すぐ疲れちゃうし、お昼寝しちゃうし、そのわりには何年もまとめて眠ることはできない。

 だから、毎日ごはんを食べて、眠って、健康を保たなきゃいけない。

 こんなに、朝から晩まで歩き続けるなんて……。


「しかも、こんな行列で!」

「行軍訓練なので」

「えぇ……軍って、何するの……?」


 イリアちゃんの迷いのない声に、ボクは首を傾げてしまう。

 軍隊、って人間が喧嘩するときに作るチームのこと……だよね?

 オリビアのことを連れ戻しにきた男が、「傭兵よーへー」っていうのを連れてきたことを思い出す。

 イリアちゃんは、すごく真剣に訓練しているけれど……それって、必要なことなのかなぁ。


「……オリビアの父上、あれを見てください」

「うん?」


 イリアちゃんが行列の先頭を指さす。

 街道の真ん中に、大きな牛さんが何匹も眠っているようだった。


「わ、牛さんだ!」

「オリビアちゃん、しーっ」


 弾んだ声をあげるオリビアに、イリアちゃんが唇の前に指を立てた。


「あれは、真紅牛レッドブル。とっても獰猛で、下手に起こして暴れさせたら、何人も大怪我をします」

「そうなの?」

「そう。お乳は、甘くてシュワシュワしていて、飲むと、とても元気が出る。翼を授けられたみたいになるらしい。……でも、とても危ない牛」

真紅牛レッドブルかぁ……」

「とても、あぶない」


 すやすや眠っている牛さんは、たしかに赤色レッドだ。

 でも、そんなに危険な性格には見えないけれど……。


「オリビアの父上だから、あまり危険を感じないんだよ?」

 と、イリアちゃん。


「父上さんはつよい。オリビアちゃんも、つよい……だから、真紅牛レッドブルに怖さ、感じない」

「む……?」

「つよい生き物は、群れを作らなくていい。でも人間は弱いから、群れをつくる。群れで、自分たちを守る。それが、軍隊」


 イリアちゃんが、行列の先頭をじっと見つめながら喋る。

 ニンゲンは、群れで行動する。

 それは、ずっと彼らを見ていて知っていたことだ。

 だからこそ、オリビアには人間の世界で生きていけるように――と学校に通ってほしいと思ったんだ。


 友達や仲間が、彼女にはきっと必要だから。

 ずっと独りで生きてきたボクと、群れで自分たちを守って生きてきた人間。正反対の、存在。

 なるほど、イリアちゃんの言葉は本当のことかもしれない。

 行列の先頭では、真剣な顔をして人間たちが牛さんを取り囲んでいる。

 大きな布を持っている人もいる。


「あの布で目隠しをしてやって、夜だと勘違いさせるんだ。その間に静かに行軍するよ」

 イリアちゃんが教えてくれる。


「盾を持った兵士で真紅牛レッドブルを取り囲むんだ。もしも目覚めたときに、不意を突かれないようにね」

「盾……」


 そういえば、ボクたちが探している【七天秘宝ドミナント・セブン】も盾なんだよね。

 【大地の盾】って、どんなものなんだろう。

 記録が残ってないとかで、あまり詳しいことは教えてもらってない。


「僕、盾が好きなんだ」


 イリアちゃんが言う。


「盾が? どうして?」

「人を守るためのものだから」

 ……人を、守るため。


「僕のチチは、シュトラの国を守るために、ずっと軍隊で働いてる。僕はそんなチチが好きだ」

「イリアちゃんも、将来は軍隊に入るの?」

「そのつもり。チチはよくおっしゃっている。国は人、人は命、命は宝……軍人たちが日夜訓練しているのは、この国の数え切れない宝を守るためなんだって」


 ……宝。

 ボクにとっての宝物は、間違いなくオリビアだ。

 オリビアのことを思うとき、ボクの心はいつも温かくなる。


「そっか、守るために……」


 何百年も、何千年も、何万年も。

 エルフさんやドワーフさん、それからニンゲンたちが現れてから、ずっとお山の上から彼らの営みを見てきた。

 人間っていうのは、喧嘩ばっかりしているな。

 そう思っていたんだけど……お互いに何かを守るために喧嘩していたのかもしれないのかぁ。それって、とても悲しいことだけど。


「あ、パパ。列が動いたよ」


 牛さんは布ですっぽり覆われて、おとなしくしている。

 ぱかぽこ、とオリビアを乗せたお馬さんの蹄の音が響く。


「人間はこうやって、群れでお互いを守る」


 イリアちゃんの言葉について、ジッと考えていると、


「だから、オリビアちゃんの【七天秘宝】探し、僕はすごく応援している」

「うん?」


 それまで黙ってボクたちの会話を聞いていたオリビアが、こてんと首をかしげる。


「とっても力の強い秘宝。だから、他国に渡れば大きな戦争になるからね」


 イリアちゃんは、とっても真剣な表情だ。


「強い力は、抑止力になる。訓練は訓練で終わるほうがいい。喧嘩や戦争なんて、しないほうがいい……チチ、いつもそう話してるから」

「……うんっ! オリビア、がんばるね」


 オリビアの言葉に、あまり表情の変わらないイリアちゃんが薄く微笑む。


「……父上殿も。どうか、あなたの力強い翼でこの国をお守りください」


 ぺこり、と頭を下げるイリアちゃん。


「うん。……あっ」


 ボク、あることに気づいた。

 そうだ。

 はるか昔の、大昔。

 何度も何度もボクが住んでいるお山にやってきた、ちいちゃい者たち。

 寝たふりをするボクに向かって、「カミヨー」ってぺこぺこ頭を下げていた人間たち。


 そういえば、魔王さんも最初は「我が魔王軍の軍門にくだれ~」って言いに来たんだよね。無視しちゃって悪かったけど……。


 ともかく、あの人たちは……たぶん、ボクに祈りに来たんだ。

 ドラゴンは、ちいちゃい者たちよりも強いから。

 ボクに守ってほしいっていう祈りを捧げてたんだ。


「……あとからわかることも、あるんだなぁ」


 正直、わかったからといって、ボクが祈りに応えるかっていったら、答えは「いいえ」だ。

 ボクの願いは、オリビアが幸せに暮らすこと。

 それ以外には、興味はない。

 でも、彼らの気持ちが今になってわかったのは……なんとなく、嬉しい気がする。


「ねぇ、イリアちゃん」

「なんです。オリビアの父上」

「ボクね、いつかイリアちゃんのパパとお話ししてみたいなぁって思うよ」


 こんな風に思うのは、とっても珍しいことなんだけど。

 イリアちゃんから聞く、お父さんの言葉は――なんだか、とっても興味深い。


「そう。チチに伝えておく」

「ありがとう」


 ボクは読書が好きだ。

 ニンゲンのことが、知れるから。

 でも、本に書いてあることだけじゃなくって――実際にお話を聞いてみてわかることがあるのかもしれないって、少し思い始めている。


「……すぅー、すぅー……」

「ん?」

「あ、オリビアちゃん……寝てる」


 いつの間にか、オリビアが寝息を立てていた。

 お馬さんのぱかぽこ歩きが、ちょうど心地よかったのかもしれない。


「落馬、あぶない」


 イリアちゃんが、オリビアを乗せたお馬さんを止める。

 そうか、馬から落ちたら痛いだろうしね。


「死ぬこともある」

「ええっ!!!」


 危なすぎるっ!

 人間がとても弱い生き物だと、ボクはこのとき思い出したのだった。


「ぼ、ボクが抱っこするよ」

「む……それがいい、と思う」


 慌てて、眠っているオリビアを抱っこする。

 今までありがとう、お馬さん。


「うぅーん……重いわけじゃないけど、ちょっと歩きづらいなぁ」

「……父上殿。僕は、かまわないと思う」


 すたすた、と歩くイリアちゃんが言う。

 かまわない、っていうのは――なるほど。


「じゃあ、お言葉に甘えて」


 オリビアを背中に背負い、ドラゴンの姿にもどる。

 もふもふのタテガミが、オリビアの毛布になってくれる。

 夏とはいっても、寝冷えするのはよくないからね。お昼寝するときが、一番危ないんだ。

 のしん、のしん。

 行列の最後尾を歩く。

 きびきび歩いている人たちが、ボクを見て目を丸くしている。


「うおお、近くで見るとデカい!」

「立派なウロコだなぁ」

「意外とふさふさしてるな」

「……背中の娘、可愛いなぁ」


 にっこり!

 最後に喋った人、わかってるね!


「うわ、ドラゴンが笑ったっ!」


 そのときだった。


「ンモオオォオォ~~~~!」


 牛さんの声が響く。


「まずい。真紅牛レッドブルが起きた」


 イリアちゃんが緊張した声をあげる。


「退避準備! 盾兵、耐えろっ!」


 号令が響く。

 みんなが、次々にお互いを守る準備をしている。

 真紅牛レッドブルさんが、ぶるるっと唸りながら大きな角を振り回している……けれど。


「んも?」

「……やぁ」

「…………んもおぉぉっ!?」


 目覚めた真紅牛レッドブルさんたちと、目が合う。


「ボクたち、そこを通りたいだけだから、もうちょっと寝ててねぇ」

「んもっ!」


 真紅牛レッドブルさんは、座り込んで寝たふりをした。

 話してわかる相手でよかったよ。

 ……まぁ、だいたいの生き物は話せばわかるはずだけど。


「……すぅ、すぅ」


 背中でオリビアが眠っている。

 目を覚ますような騒ぎにならなくて、よかった。


「……。むぅ、これが真の抑止力。僕は、目の当たりにしてしまった」


 イリアちゃんが呟いた。


「……ふふ」


 ぎゅうっ、と背中のオリビアがボクのタテガミに頬ずりをする。

 夏の日差しの中で、ボクたちは歩く。

 目指すは、チリンの森だ。

 【大地の盾】、見つかるといいなぁ。

 盾というくらいだから――何かを守りたい人の手に渡ればいいな。


「そうだ」


 イリアちゃんが呟く。

 夏の日差しに、短い金髪が輝いている。


「オリビアちゃん。チリンの森には魔族の末裔が住んでいるという噂を聞いた?」

「え……? ううん、知らないよ」


 魔族……っていうと、魔王さんの仲間だ。

 だったら、安心だね。

 そう、ボクは思ったのだけれど。


「……魔族の中には、人間に悪さをするのがいる。気をつけてほしい」


 イリアちゃんは、さも当然というように、そう言った。


「オリビアちゃんのお友達の彼女たちはいい人、だけど。でも、一般論。シュトラの民を守る軍の一員として、僕は忠告する」


 人間と、魔族。

 千年くらい前に大喧嘩をしていたっけ。

 もしかして……いまだに、仲が悪いのかなぁ?

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