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幕間 一方その頃、魔王さん。~暇暇暇暇ァ!~


 元魔王城、現ドラゴンのお家。

 西の塔の最上階にて。


「あうぅ~、ひ~ま~」


 魔王マレーディアは黄昏れていた。

 楽しみにしていた魔界コミックの新刊を読み終わり、フローレンス女学院に通っていた間に撮りためていた魔界アニメも視聴を終えた。

 そう。

 やることがないのである。


「ねぇねぇ、クラウリア~。ひまひまひまひまぁ~」

「……なるほど。では、久々に剣術の稽古など」

「あー、我ってば忙しいなぁっ!!」


 日常風景である。


「あの、マレーディア様? この千年ほど城で力を溜めていらっしゃいますが、その……」

「む?」


 クラウリアが、めずらしくゴニョゴニョと口ごもる。

 かつて魔族の騎士団を率いていたクラウリアは、マレーディアの右腕だ。

 耳にいたい忠告も率先して行い、マレーディアを助けてきた。

 そんなクラウリアにも、言いにくいこと。

 それは――


「マレーディア様、近頃、えぇっと……とうぅっ!」

「あうううぅうっ!?」


 むぎゅっ。

 パジャマの裾を、めくりあげて。

 気合いの掛け声とともにつままれた、マレーディアの腹の肉。


「ふ、ふ、ふえ……っ?」

「はい、マレーディア様っ! おそれながら、その、増えているんですっ!」

「ああぁぁああうぅ~~!?」


 むぎゅむぎゅ、もみもみ。

 クラウリアの細い指が、マレーディアの腹の肉を揉む。


「かつて、マレーディア様が魔王として人間界へと侵攻を開始したときの生活を思い出してください……」


 クラウリアが言う。


「毎朝三時間の訓練、二時間の軍議のあとにご朝食、各地視察をされるとのことで昼食は抜き、夜も一兵卒と同じ食事をされながら執務と作戦立案にはげんでおいででした」

「あう、まぁ、たしかに我ってばストイックじゃった」

「それが今――古代竜殿の手によって食の楽しみに目覚められてからというもの、確実にマレーディア様は、こう、お肉を……蓄えていらっしゃいます……」

「ぐ、ぐぅっ」

「あ、いえ、その、ふっくらとしたマレーディア様も大変に麗しくていらっしゃいます! し、しかしっ!」


 クラウリアは熱弁をふるう。

 ちなみに、クラウリア自身は魔族の騎士団長として隊を率いていたときと全く同じ訓練を今でも続けているため、余分な肉のない素晴らしい肉体を維持している。


「あう、しかし……?」

「その、今のままでは健康に悪いのではないかとっ、く、クラウリアは本当に、本当に心配でっ!」

「クラウリア……お前、そんなに我のことを思って……?」

「マレーディア様」

「くらうりあぁ~」


 がしっと手と手を取り合う、ふたり。

 パジャマの裾からはみ出している腹の肉が、揉まれに揉まれてちょっと赤くなっていることは、ふたりの世界ではなかったことになった。


「ですからっ」


 クラウリアは続ける。


「我が魔王マレーディア様、もっと積極的に外出されては」

「それは嫌」

「きゅうっ、一刀両断――素晴らしい切れ味ですっ」


 それとこれとは、まったくもって話が別のマレーディアであった。


「我、明日からダイエットする!」


 絶対に果たされない誓いとともに、魔界からやってきた魔王はベッドにダイブしてお昼寝タイムに突入した。




 窓を全開にして、涼しい風を部屋に招く。

 夏用のタオルケットにくるまって、マレーディアは呟く。


「魔界に帰ってまっとうに働くのも、こっちで人間に交わって暮らすのも、我は嫌だしぃ~」


 寝苦しくないように氷枕を持ってきたクラウリアが、それを聞いて小さく溜息をついた。


「マレーディア様……」

「オリビアたちも大変じゃよな~。せっかくの夏休みに旅なんてして、今頃人間の貴族連中に絡まれてたりするかもじゃし?」

「オリビアさんなら大丈夫ですよ……古代竜殿は、その、わかりませんが」

「うむ。ジョーシキ通じないところあるからのぅ」


 ドラゴンだし。

 マレーディアは目を擦りながら続ける。


「ま、偉そうな奴らがめんどうくさいのはニンゲンだけじゃないけどね」

「……そうですねぇ」

「我はクラウリアがいればいいし、ずーっと自堕落にすごしたい~っ」


 何か言いたそうにしているクラウリアを、マレーディアはじっと見つめる。


「……魔界に戻ったら石投げられるだろうし?」

「……はい」

「人間界うろつくにも、ほら、我の敗北のせいで、人間界における魔族とか魔族の末裔とかって、アレ(・・)じゃろ?」

「…………はい」

「我、そういう現場見たくないし?」


 ふわぁ、とマレーディアはあくびをする。

 満月色の目が、とろんとしてくる。


「ま、オリビアの友だちだけあって、学校の子らはいい子じゃけどね」

「ええ、本当に」


 今まで、千年。

 こうしてふたりで暮らしてきた。

 それでもまだ、魔王マレーディアの心は癒えていない。

 外に出たくないのは、傷つくのが怖いから。

 かつてマレーディアが心に負った傷がどれだけ深いものなのか――クラウリアは、考えずにはいられないのだった。

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