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かわいい娘、七天秘宝さがしに出かける。 ~パレストリア家の奇跡の一夜⑧~

「パパ……パパ!」


 はっ、とボクは我に返る。

 オリビアが、ボクの袖を引っぱっていた。


「パパ、だめ……お顔が怖いよ?」


 ボクをぎゅっと抱きしめるオリビアと、ぱっちり目が合う。

 じっとボクを見つめている、ボクのかわいい娘。

 しまった……昔のオリビアを思い出して、目の前のデイジーちゃんのことを考えて、ついつい……ちょっと顔が、怖くなってしまった。


「……ごめん、オリビア」

「パパ」


 ボクが微笑んで見せると、心配そうな顔をしていたオリビアがおなじように笑う。

 あぁ、そうだ。ボクはオリビアがそうやって笑っているのが大好きだ。

 ボクが怖い顔をしていると、オリビアは安心して笑えないよね。

 それを、他ならぬオリビアが教えてくれた。


「ごめんね、オリビア……ありがとう」

「……うん」


 もう一度、可愛い娘をぎゅうっと抱きしめる。


「ふ、ふぅ……とんでもない『気』でありました」


 リュカちゃんが、「ふー」と息をついた。

 ボクはリュカちゃんの手を握る。


「パパ殿?」

「リュカちゃんも、ごめん」

「……それは大丈夫でありまする」


 リュカちゃんは、ぽそっと呟く。


「……その、えっと、リュカも、あんなふうにデイジーお姉さまが怒られているの、ちょっと気分よくなくて……。だから、パパ殿が怒ってくれて……すっとしたでありまする」


 そうか。

 リュカちゃんの言葉で、気づく。

 きっと、あの光景を――デイジーちゃんが怒られているところを、ボクはオリビアに見せたくなかったんだ。


 ボクはもう一度、デイジーちゃんのお母さんの方に向き直る。

 オリビアの頭を撫でて、立ち上がる。

 ゆっくりと歩いて、デイジーちゃんとお母さんの方へと進むと――


「ひ、ひぃ……ッ」


 デイジーちゃんのお母さんは、ボクを怯えた目で見た。

 覚えがある目だ。ずっと昔から、人間はボクを見るとこういう目をしていた。


 ***


 不安そうに、父の背中を見送るオリビア。


「レディ?」


 そんな彼女に、声をかける人影があった。


「あれ? えっと……」


 オリビアが振り返ると、声の主である男はたずねた。


「あのぅ、実はどうしても我慢できなくて……君のお父さんなんだけどね――」


 柔和で、キラキラした目をしたふくよかな男の質問に、オリビアはぱぁっと笑顔になる。


「えへへ、パパはきっと『いいよ』って言ってくれるよ!」


 オリビアの屈託のない笑顔に、男は「よしっ!」と立ち上がって――小走りに駆け出した。


 ***


「あの……」

「ひぃ、いやぁあぁ! 近寄らないでぇえぇ」

「いや、えと、ボクは謝りたくて」

「きゃあぁあ食われるぅぅ」


 ……駄目だ、話にならない。

 どうしたものかなぁ、と思っていると……デイジーちゃんがボクの方を見て、「わわっ」と目をぱちくりさせる。


「ん?」


 いや、正確には……ボクの後ろを見ている。


「どうしたんだい、デイジーちゃ――」

「エ、エルドラコさんっ!」

「ほわっ!?」


 ぼいんっ!

 ボクの背中に、ものすごく柔らかいものがぶつかった。

 何!?


「うちの家内が失礼を致しました……あ、わたくし、パレストリア家の当主であり魔術師として宮仕えしております、ジャック・パレストリアですっ」

「は、はぁ」


 ぶつかってきたのは、デイジーちゃんのパパだ。


「あ、あのぅ、すみません……ボクはただ、その、怖い顔してしまったので、デイジーちゃんのお母さんに謝ろうと……」

「はいっ! あ、いえ! お客様の前で娘を叱る無作法、謝るのはこちらのほうなのですが、あの、そのっ!」


 デイジーちゃんのパパは、汗をかいて、目をキラキラさせている。

 え、え、何?

 さっきまでの重苦しい空気が、変わっていく。


「あなたの背中に、乗せてくださいませんか!」

「…………へ?」


 きらきらの目で、ボクを見つめるデイジーちゃんのパパ。

 ボクは思わず、ぽかんとしてしまう。

 この人、ボクのことを全然怖がってない。


「ずっと、小さい頃からの夢だったのです。今は伝説の中でしか会えない、知恵ある古代竜の背中に乗せてもらうのが……!」

「お、お父様……」

「デイジー、お前も一緒に乗せていただかないか。魔術師の家系に生まれて、幼い頃から魔法や魔術に親しんできたがドラゴンの背中に乗れるかもしれないなんて……こんな機会、一生のうちにあるかないかだぞ!」

「わわっ」


 デイジーちゃんの手を取って、ボクに向き直るお父さん。


「うぅーん……」


 どうしていいかわからなくてオリビアを方を見ると、オリビアが「うんうんっ」と頷いている。

 どうやら、背中に乗せて上げるといいって思っているみたいだ。

 ボクは少し考えて、答える。


「わかりました」

「おおぉっ、ありがとうございます!」


 デイジーちゃんのお父さんは、ボクの手を握ってブンブン振り回す。たぶん握手なんだと思う。


「よかったら、空を飛んで上げてもいいです」

「おお、本当ですかっ!」

「ただし!」


 でも、ただ乗せて上げるわけにはいかない。

 色々な育児書に書いてあって、ボクがオリビアを育てる上で心がけている大切なことがある。

 それを、デイジーちゃんの家族にも伝えたい。


「……ただし、ひとつお願いがあります」

「む? 謝礼金ですかな。それとも、【七天秘宝(ドミナント・セブン)】探索のための人手……? それならば、協会のほうにも手を回しますが」

「いいえ!」


 首を横に振る。


「ボクの背中には、家族三人で乗ってください」

「えっ」

「え……おじさま、でも」

「さぁ、行こう!」


 ぼふふふんっ、と音を立てて、ボクは大きなドラゴンの姿に戻る。

 晩餐会の会場であるお庭から、「わーっ」とか「きゃーっ」とか聞こえてくるけれど、かまわない。

 だって。


「えへへっ、見て! オリビアのパパ、すっごく大きいでしょう!」


 ドレス姿のオリビアが、そうやって笑っているから。


「わわ、パパ殿! 上、上~っ!」


 上?

 リュカちゃんの言葉に上を見ると。


「わっ」


 晩餐会の飾り付けで、お屋敷の窓から窓を繋ぐように渡されていた花輪が頭に引っかかる。おもわず首を振ると、くるん、と頭に巻き付いて……まるで、オリビアが小さい頃にお山で作ってくれた花冠みたいになってしまった。


「わわわ~っ」


 ボクの慌てた姿が面白かったのか、さっきまで目を丸くして固まっていた人間たちのうち何人かが、ぷっと吹き出したり、クスクス笑って顔を見合わせたりしている。

 むむ、オリビアのパパとしてカッコいいところを見せたかったのに……まぁ、いいか。


「よっ、と」


 デイジーちゃんたち家族を、口でくわえて背中に乗せる。


「お、おおぉぉ~っ♪」

「わわ、おじさまっ!?」


 弾んだ声をあげているデイジーちゃんとお父さん。

 そして、最後に。


「きゃあぁあぁっ! 食べられるぅうぅう~~~っ!!」


 泣き叫んでいる、デイジーちゃんのお母さん。


「いやぁああぁ~っ」

「あっはは、ローザ。そんなに目をつぶっていないで、目を開けて。これはすごいぞ……背中から『気』が伝わってくる。こんな強大な魔力は感じたことはない。大きくて、優しくて……ずっとずっと、寂しかったドラゴンさんだ」


 デイジーちゃんのパパが、背中で呟く。

 ボクは、大きく羽ばたいて夜空を飛ぶ。

 地上で、オリビアが手を振っている。

 真っ白いドレスを着て、輝く笑顔で。

 パパ、パパってボクを呼んでいる……か、かわいいっ!


 よく考えたら、ボクはいつだってオリビアを背中に乗せていた。だから、こうやって地上からボクに手を振るオリビアを見るのは、初めてだ。

 こうやって離れれば離れるほど、たくさんの人の中でオリビアだけが輝いて見える。

 どんなに遠くからでも、オリビアが一番輝いて見える。どんなに離れても、オリビアを見つけることができる。

 なんだか、ちょっとした発見だ。


「おじさまの背中に乗るの、私も初めてだわ」


 デイジーちゃんが背中で呟く。

 縮こまった声じゃない、いつものデイジーちゃんの声だ。


「デイジー、よく覚えておきなさい。きっと、お前の魔術師としての人生の糧になるものだから」


 デイジーちゃんのパパは、とっても嬉しそうだ。


「さぁ、これからボクはぐるっとこのあたりの空を飛びます!」


 ボクの声が、夜空に響く。


「だから、その間……三人で話してください。普段言えないことや、話せないことを全部」

「おじさま……?」

「お互いの気持ちを、ちゃんと言葉にすること……それが、家族にとって大事だって、どんな育児書にも書いてあるんだよ!」


 さぁ、ここからは三人の時間です。

 ボクは大きく翼を広げて、夜空を旋回する。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 初めは力技だったけど、そこからはとってもスマートな解決法でとても良かったです!パパさん好き!
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