かわいい娘、七天秘宝さがしに出かける。 ~パレストリア家の奇跡の一夜⑥~
「オリビアちゃん、こっちですわよ」
デイジーちゃんに案内してもらって、お屋敷から一歩出る。
ドレス姿のオリビアたちが転ばないように、いつもよりも、ずっとゆっくり歩くのがちょっと新鮮だった。
お庭に響く賑やかな音楽に、喋り声。
「うわあ……っ」
驚いた。
キゾクって人たちばかりを集めているって聞いたけど。
キラキラの服を着て、なんだかみんな窮屈そうに見えるなぁ……。お庭を埋め尽くす、葉っぱを丸く切りそろえられた薔薇の花も、そうだ。ボクの住んでいる山の木々は、あんなに伸び伸びと生えているのに。
「わわ……これがパーティか」
ボクが目を丸くしていると、人間たちがお喋りしているのが聞こえる。
「まぁ、あれが【王の学徒】の親子?」
「ドラゴンの魔力を秘めた『竜の御子』、っていうけど……意外と普通だな」
「思ったより幼いねぇ、可愛らしいわ」
「あっちの東国人は何度か見たことあるな、エスメラルダ様の弟子だっけ?」
なんて、チラチラとボクらを見てくる。ボクがドラゴンの姿をしているなら仕方ないとして、人間の姿になってても注目されるなんて。
うーん。
なんだぁ、居心地が悪いなぁ。
「はやくご飯だけいただいて、デイジーちゃんとのパジャマパーティの準備をしよう……」
オリビアが、今夜デイジーちゃんとたくさんお喋りするのを、すごく楽しみにしているんだ。お気に入りのパジャマを出しておいてあげようね。
旅の荷物の中に、色々入れてきてよかったなぁ。
「ねぇ、パパ」
「あれ? どうしたんだい、オリビア」
振り返ると、オリビアとリュカちゃんがふたり並んで立っている。
どうしたんだろう、席につかないのかな。
ボクが首をかしげると、
「あのね。オリビア、学校で習ったの」
オリビアが、ワクワク顔でボクを見つめる。
「うん?」
「ドレスを着ているときにはね、『えすこーと』してもらうんだよ」
そう言って、ボクに手をさしのべるオリビア。
「えす、こーと?」
「うん!」
それって、どういうことだろう。
一瞬、ボクは戸惑ってしまう。
すると、
「パパ殿、エスコートというのは――」
「レディの手を取って、案内してさしあげることですわ」
リュカちゃんとデイジーちゃんが教えてくれる。
にこにこ顔でボクに手をさしのべるオリビア。
「あっ」
ボクは唐突に思い出す。
えすこーと……それって、もしかしてオリビアが気に入っていた絵本で読んだやつかな。王子様がお姫様の手を取って、ダンスパーティに案内する絵本。
「えっと、じゃあ……」
だったら、やり方はわかるかも。
ボクは片膝をついて、オリビアに手をさしのべる。
「……お手をどうぞ、お姫様?」
ボクの手を取って、オリビアは澄まして微笑む。
その笑顔が、なんだかとっても大人びて見えて。
「……お、オリビア~っ!」
思わず、オリビアを抱きしめた。
「わわ、パパ!?」
ついでに、抱き上げてクルクル回る。
オリビアのドレスが風にふわふわとなびいて、本当にお姫様みたいだ。
まだまだ、人間のサイズのボクが抱っこできるくらいの大きさのオリビア。でも、確実に、ちょっとずつ、大人になっているんだ。
うれしくもあり、やっぱり、ちょっと寂しい。
「えへへっ! パパ、力持ち!」
笑うオリビア。
「まぁ、本当に仲良しですわね」
「親馬鹿、子馬鹿でありまする……」
くすくす笑うデイジーちゃんに、呆れ顔のリュカちゃん。
周囲の大人たちが、ざわざわしているのが聞こえる。
と、そのとき。
「デイジーッ!」
ものすごい、金切り声が聞こえた。
「わわっ!?」
驚いて振り返ると、デイジーちゃんのお母さんが立っていた。
入学式で隣になった女の人。今夜はすごく綺麗な布でできたドレスを着て、大きなウチワみたいなものを手に持っている。
でも。
顔が、とても、怖い。
「え……なに……?」
思わず、オリビアをかばう。
デイジーちゃんのお母さんは、ツカツカとこちらに歩いてきて――
「まったくもう、デイジー。あなたという子は……お客様に恥をかかせるなんてっ」
「えっ!」
ぺしん、とデイジーちゃんの手を、大きなウチワで叩いたのだ。
ボクは、驚いて固まってしまう。
どうして、デイジーちゃんは叩かれたの?
「上流階級のマナーに詳しくない方がいらしたら、それとなくフォローするのが当然でしょう。夜が深まってきてからならいざ知らず、乾杯前にこんな無作法なエスコートをされるのを黙って見ているなんて……」
小声で、でも強い調子でデイジーちゃんを叱りつけるお母さん。
「もっと、我が家の令嬢にふさわしく! もう……あなたには、ガッカリですわ」
「はい、ごめんなさい……お母様……」
小さくなって、謝るデイジーちゃん。
胸が、ざわざわする。
デイジーちゃんは、いつだってボクたちと一緒に楽しい時間を過ごしてくれる。ボクが詳しくない人間の生活のことも、親切に教えてくれる。
だけど、デイジーちゃんは一度だって、ボクやオリビアが変なことをしたことを、馬鹿にするようなことはなかったんだ。
「デイジーちゃん……」
オリビアが、不安そうにデイジーちゃんを見つめる。
リュカちゃんは、居心地が悪そうに視線をさまよわせている。
……嫌な気分だ。
「パパ……?」
オリビアの声。
ボクは去年の夏のことを思い出した。そうだ、お家にナイショでボクたちの家にお泊まりに来たデイジーちゃんは、朝ごはんを食べながら言っていた。
――父や母と食事をともにする機会も晩餐会や社交の場がほとんどで。
――こんな温かい食事、はじめてで。
――だから、とても楽しかったです、おじさま。
あの日デイジーちゃんが話していたことを、やっとボクは理解した。
そうか。
デイジーちゃんにとっての「ごはん」っていうのは、きっとこの晩餐会みたいなものなんだ。
オリビアがボクの大切な娘になってくれた日のことを思い出す。
寒い寒い冬の日。
荒れ放題の小屋の中、山に捨ててきたオリビアのことをあざ笑っていた男。あのゴミゴミしたテーブルが、まだ小さかったオリビアの食卓だった――あの寒い家が、オリビアの家だった。
デイジーちゃんのお家はとっても立派で、美味しそうなご馳走もたくさんあって……それなのに、オリビアの住んでいたあの小屋と同じくらい、ボクには、寂しいように思える。
「……ぱ、パパ?」
オリビアが、ボクのことを呼ぶ。
悲しいような、苦しいような……怒っているような。
そんな気持ちを抑えられなくて、ボクはその声に返事をできずにいた。




