かわいい娘、七天秘宝さがしに出かける。 ~パレストリア家の奇跡の一夜②~
翌日。
楽しみな気持ちと少しの不安とともにオリビアの到着を待っていたデイジーの耳に弾んだ声が届く。
「パパ、早く早く~!」
「わわ、大きな家だねぇ」
「オリビアお姉さま、貴族のご邸宅でありまするっ。走っちゃだーめー!」
学校で聞くのと同じ、楽しいやりとり。
デイジーは玄関ホールから出て、微笑む。
「オリビアちゃん!」
「えへへ、デイジーちゃんっ!」
終業式の日から一週間も経っていないのだけれど、まるで何年も会っていなかったかのように、再会を喜びあう。
「いらっしゃいませ、オリビアちゃん、リュカちゃん。それに、オリビアのおじさまも」
「お邪魔します、デイジーちゃん」
【七天秘宝】を探す夏休み。オリビアが提案したのは「クラスのみんなの家でお泊まり会をしながら各地を旅したいの!」というものだった。なんだって、どうせならば楽しいほうがいい。
「王都ではケイトちゃんの家に泊まったんですのね」
「うんっ! あのね、ケイトちゃんの作ってくれた晩ごはんがすっごくおいしくてねっ」
「ふふ、さすがは名高い宮廷料理人の愛娘ね」
手を繋いで歩くデイジーとオリビアの背中を、ちょっと不満そうにリュカがじっと見つめている。
「リュカちゃんも、いこ!」
オリビアがリュカに手をさしのべる。
「む……そんな子どもみたいな」
などと言いながら、リュカがおずおずとオリビアの手を取った。
三人で手を繋いで歩く。
後ろから、にこにこと人間姿のドラゴンがついていく。
薔薇の花の咲く庭先にうららかな日差しが気持ちいい。
「オリビアちゃん、今夜は三人で一緒に寝ましょうよ」
デイジーがそう言った、そのとき。
「あらぁ、いけませんわ。デイジー」
「お母様……」
「お客様には、上等の客間をご用意しておりますのよ? パレストリア家に恥をかかせないでちょうだい」
ローザがぴしゃりと否定した。
「えっと……誰?」
オリビアの素朴な疑問。
ローザはがくっとずっこける。
「……ローザ・パレストリアですわ。娘のデイジーといつも仲良くしてくれているようね、オリビア・エルドラコさん」
「デイジーちゃんのママ! えへへ、こんにちは。オリビアですっ」
オリビアの挨拶に、ローザはこれみよがしな溜息をつく。
「はぁ……オリビアさん? 【王の学徒】といえどもお作法には疎いのかしら。わたくしのことは、パレストリア夫人とお呼びあそばせ?」
「え? えっと……デイジーちゃんのママじゃないの……?」
オリビアが「どうして?」と首をかしげて戸惑う。
「ほほほ、お作法は少しずつ覚えるとよろしいわ。さぁ、オリビアさん、どうぞこちらへ。いまメイドたちに部屋に案内させますわ」
ローザが使用人を呼び寄せる。
すかさず、ドラゴンが口を挟む。
「あのぅ、ボクはオリビアのパパです。は、はじめまして」
「んまぁ!」
「え?」
「まさか、あなた様が噂のドラゴンさんなのかしら。まぁ~、こんな素敵な殿方のお姿だなんて……」
「えっと、はい。ボク、けっこう大きいですし……いや、大きさは変えられますけど」
「どうぞ滞在中は楽しまれてくださいませね、ドラゴンさん【環境依存文字:ハート】」
ローザがバチンとウィンクをする。社交界では大人気の流し目だ。
「ひぃ」
ドラゴン、たじたじである。
なんだかよくわからないけれど。背筋がぞくぞくする。ドラゴンの直感というやつである。なんだ、この人。
「……行きましょ、オリビアちゃん。リュカちゃんも」
「デイジーちゃん?」
「お母様。お客様は私が案内しますので」
デイジーはそう言うなり、オリビアとリュカの手を引っぱる。
「んまっ、ちょっとデイジー!」
「おじさまも、こちらへどうぞ」
ととと、と足早に屋敷に駆け込むデイジーだった。
***
「ごめんなさい、オリビアちゃん……」
しょんぼりと肩を落とすデイジーちゃんに、ボクとオリビアは顔を見合わせた。こんなデイジーちゃん、見たことがない。
「ふぅ……まったくもって、貴族というのは見栄ばかりでございまするな」
なんて、リュカちゃんが腕組みをしている。
見栄。
周りからよく見られたいから、うわべをとりつくろうっていう意味だよね……ボクもオリビアにかっこいいパパだって思われたくて頑張っちゃうことはあるけど。でも、なんだか嫌な感じの言葉だ。
デイジーちゃんが出された紅茶を飲みながら肩をすくめる。
「リュカちゃんの言う通りですわ」
と、寂しそうな顔をしている。
「せっかくお泊まりに来てくれたのに……お母様ったら大切なお客様じゃなくて、まるで獲物か何かを見るみたいに……」
「ま、わらわは【七天秘宝】探しができれば、どーでもいいのでありまするっ」
リュカちゃんは続ける。
「今朝から行っていたルイザー渓谷の探索は、正直に言えば空振りでございまする。【七天秘宝】の気配も、伝承も、なーんにもありませんでした」
「えへへ……でも、滝が綺麗だったよねぇ」
「うん、リュカちゃんが魔法で水面を歩けるようにしてくれたのも楽しかったよねぇ」
リュカちゃんは水の魔法が得意なのだ。
滝の裏側を歩いたのは、さすがのボクも初めてだった。
「そ、それほどでもありませぬ♪ ……って、こほんっ!」
リュカちゃんが頬を赤らめて咳払いをした。
「リュカは、ルイザー渓谷での探索が終わったらオリビアお姉さま達とは別行動になりまするっ」
そう。
リュカちゃんはエスメラルダさんと一緒にボクたちとは別の場所を探すことになる。手分けして探そう……ということなのだけれど、実際はエスメラルダさんがリュカちゃんシックにかかってしまっているらしい。
エスメラルダさんのお友達でもある、学院の理事長フィリスさんがこっそりとお手紙で教えてくれた。
実のところ、リュカちゃんも寝言で「エスメラルダ様ぁ~」って名前を呼びながらシクシク泣いていたし、ちょうどいいのかも。
「とにかく、オリビアお姉さまがこの屋敷にお泊まりをしたい、という希望がなければすぐにでも次の探索地に行きたいところなのでありまするっ!」
「そう、よね」
デイジーちゃんがしょんぼりと俯く。
慌てたようにリュカちゃんが続けた。
「……だから、その、えっと! 遊びじゃないのだし、そんなに気にする必要はありませぬぞ!」
あ、慰めようとしているんだね。
リュカちゃんはちょっと言葉が強いけど、本当は優しいんだ。
ちょっと不器用な優しさに、デイジーちゃんが思わず吹き出した。
「ふふ、ありがとう。リュカちゃん」
優しいのね、とデイジーちゃん。
けど、その笑顔はちょっと寂しそうだ。
「デイジーちゃん……」
「ふふふ、変な話をしてしまってごめんね。さ、夕食はごちそうなの。我が家のシェフが腕によりをかけての歓迎会ですわ」
「ごちそう……っ!」
ごくり、とリュカちゃんが喉を鳴らす。
「その……ちょっと、騒がしい晩餐会になってしまいますし、ケイトちゃんのお料理にはおよばないかもしれないけど……楽しんでいってね」
「うんっ♪」
オリビアが、にっこにこの笑顔で頷いた。
 




