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かわいい娘、七天秘宝さがしに出かける。 ~パレストリア家の奇跡の一夜①~

 シュトラ王国、避暑地ルイザー。

 深い森や美しい滝、拓かれた高地に広がる街並み。

 貴族や有産階級の別荘が建ち並ぶ。

 その一等地。名門貴族、パレストリア家が夏を過ごす屋敷があった。


「デイジー、この成績はどういうことですの」


 屋敷の庭、美しい薔薇に囲まれてティーテーブルにつく貴婦人が刺々しい声をあげた。

 娘の成績表を一瞥して、これ見よがしな溜息をつく。


「ふぅ……学年一位の座、いつになったら手にできるのかしら」

「はい、申し訳ございません……」


 オリビアの同級生、デイジー・パレストリアは俯いて本日数度目の謝罪を口にする。

 苛立ちを隠そうともせずに溜息をついているのは、デイジーの母親だ。


「あのねぇ、デイジー? あなたはかつて魔王を退けた魔術師パレストリアの末裔なのよ。フローレンス女学院で首席、というのは当然つくべき座なの」

「……はい」


 でも、とデイジーは思う。

 同級生に、オリビアがいるのだ。

 誰にでも優しくて、お日様みたいにあたたかい、デイジーの親友。

 昨年、息苦しい実家に帰りたくない、という自分を迷わず自分の家に招いてくれて、秘密のお泊まり会をしてくれた優しいオリビア。

 オリビアは優秀だ。古のドラゴンに育てられた、正真正銘の竜の御子。一つ下の学年のリュカは、いつもオリビアをライバル視しているけれど……彼女と争おうだなんて、デイジーは思えない。


「……まぁ、相手が【王の学徒】で竜の御子といえば少々仕方のないところもありますわね」


 そう。

 まったくもって、その通りなのだ。

 デイジーの母親だってわかっているはずなのに、それでも自分の娘への苛立ちと叱責を止められないでいる。


「まったく、あなたは小さい頃から競争心に乏しいわ……でも、」


 競争心に乏しい。

 そんなことを、まるでひどい欠点のように言う。


「あの【王の学徒】とあなたは仲が良いのよねぇ? おほほほ、さすがはデイジーね」


 パレストリア夫人は、にこぉっと笑う。


「必ず、取り入りなさいな」

「……は、はぁ」

「聞けば、あの親子は女王陛下に直々に謁見することになったそうよ。今後、有力な勢力になることも考えられますわ……今のうちに、取り入っておかなくては! そのためのフローレンス女学院の人脈よ、デイジー」


 力説は続く。

 デイジーはすっかり飽きてしまっていて、早くこの場を離れて学校の宿題をしたいのにと思っているけれど、母の機嫌を損ねるのは、あまり得策ではない。

 一度拗ねると何日も蒸し返す子どものような性格で……貴族流に言えば、天真爛漫というやつなのだが、とにかくそんな女性なのだ。

 生まれながらの貴婦人。

 誰もがそう呼ぶ母親を、デイジーはあまり好きにはなれなかった。


「お母様、取り入るなんて言い方なさらないでください」

「はぁっ! あの殿方……まさか、古代竜だったなんて! あぁ、なんてこと! あのときにわかっていれば、上手くわたくしが取り入ったものを……」

「……全然聞いていらっしゃらないのね」


 ほぅ、とデイジーが溜息をついた……そのとき。


「やぁやぁ、私の麗しい奥方と愛らしい娘はこちらかなぁ~」

「お父様!」


 にこにこと人の良い笑顔に、ふっくらとした体型。

 この家の主人、パレストリア家当主――ジャック・ド・パレストリア。名家の当主であり、代々続く魔導師の家系を背負って立つ、宮廷魔導師協会の名誉会長である。

 それだけに激務で、ほとんど家には帰れない。

 ひさびさに夏の休暇をとって、家族と避暑地にやってきている。


「あら、ジャック」

「おーぅ、愛しのローザ、それにデイジー」


 大きくてふっくらした手で、デイジーの頭を撫でるジャック。慈悲に溢れた表情からわかるとおりのお人好しである。妻のローザとは対照的に、まったくもって功名心に乏しい。生まれながらにしてパレストリア家の跡取りの座を約束されていた人間の余裕なのかもしれない。

 王都の貴族達の権謀術数に疲れ果ててやってきた避暑地を満喫しているジャック氏であった。


「お茶の時間か、いいなぁ。パパも混ぜておくれ」

「あなたそんな暢気な……デイジーの今後について、わたくしがこんなに真剣なのに!」

「あっはは、まぁまぁ。デイジーはまだ幼いのだから、そうカッカするものではないよ。ね、デイジー」


 妻に見えないような角度で、愛娘にウィンクするジャック。先程までの険悪な雰囲気を察して、割り込んできてくれたのだ……とデイジーにはわかった。

 普段のパレストリア家のギスギスした空気は、たぶんジャックが家にいさえすれば解決する。

 多忙すぎてそれが叶わないのが、デイジーにとっては悲しいところだった。


「それで、あなた。一体、どうなされたの」


 腑に落ちない表情で、ローザが問う。


「ん? あ、あ~……それがなぁ」


 歯切れの悪いジャックに、デイジーは首を傾げる。どうやら、用事もあるようだ。


「それが、王都から早馬が来てねぇ」

「まぁ、何か問題が? それともどなたかの醜聞(スキャンダル)かしら」


 ローザの目がギラリと光る。


「いや、そうではないのだが……」


 ジャックが大きな腹をさする。


「なんでも、【王の学徒】親子とエスメラルダ様のお弟子様のご一行がこの屋敷に泊まりたいと言っているそうなのだよ。いやぁ、お父さんがドラゴンなんだって? 魔導師として、本物のドラゴンに会えるなんて楽しみだなぁ」


 王の学徒、ご一行。

 デイジーは長いまつげをぱたぱたと羽ばたかせる。それって、つまり。


「オリビアちゃんがいらっしゃるの!」


 大好きな親友が、このお屋敷に。

 デイジーは途端にそわそわしてしまう。

 去年のお泊まり会は楽しかった。またオリビアと休暇を過ごせるなんて、夢みたいだ。

 でも、両親の――特に母のいるこの屋敷にオリビアが来て大丈夫だろうか。純真でまっすぐなオリビアが、何か嫌な目にあわないといいけれど。


「女王陛下の勅令で夏休みの間は【七天秘宝(ドミナント・セブン)】の捜索をするらしいからねぇ……私としては、宿の提供くらいであれば喜んで協力して差し上げたいのだが」


 ジャックのうかがうような声。

 ローザは、真っ赤に塗りたくった唇の端を釣り上げる。


「これはチャンスね!」

「チャンス……?」


 デイジーは、嫌な予感にスカートの端を握る。


「ジャック、すぐに返事を出して頂戴な。ルイザーにいらっしゃっている高貴な方々を招いて、歓迎の晩餐会を開く手配を。【王の学徒】を、私たちの派閥に取り込みましょう!」


 シュトラの貴族たちにはいくつかの派閥があり、貴族議会での力関係を競っているのだ。


「おほほほ、ついているわね」


 すっかりご機嫌のローザに、デイジー父娘は顔を見合わせた。

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