幕間 一方その頃、魔王さん。~ふたりきりのチーズサンド~
神嶺オリュンピアス。
ドラゴンのお家こと、元魔王城。
「あうぅ~、お腹すいたぁ~」
魔王マレーディアはキッチンをさまよっていた。
家の居候であるドラゴンも、その娘でありマレーディアの友達であるオリビアもいない。学校の休暇中に帰ってくる予定だったのに。
「マレーディア様、よろしければ早めの夕食にしましょうか」
「あり寄りのあり!」
クラウリアが籠からパンとチーズを取り出す。マレーディアの側近であり、乳姉妹として幼い頃から一緒に育った仲だ。
「お、サンドイッチ? いいね、いいね。我ってば新しいシリーズ読み始めちゃったし、片手で食べられるの大歓迎なのじゃが~!」
マレーディアが満面の笑みを浮かべる。
「さっすがクラウリア、わかってるぅ」
「恐縮です。ホットミルクは、はちみつたっぷりでよろしいですか」
「もっちろん!」
手早く作った夕食をお盆に載せて、西の塔のてっぺんにあるマレーディアの自室に運ぶ。
「いっただきまーす!」
「はい、召し上がれ」
久しぶりの、二人きりの日々。
チーズのサンドイッチを食べながら、マレーディアはじっとクラウリアを眺める。
幼い頃から、マレーディアのそばにいてくれた大切な相棒だ。いつだってマレーディアのことを考えてくれて、かたわらにいてくれる。
千年前、人間界への侵攻のときにも、魔族の騎士団長として最後まで獅子奮迅のごとき戦いをしてくれた。
人間の勇者たちとの戦いに敗れて、お気に入りの図書館も封印されて――魔界に帰れるわけもない日々も、クラウリアは味方でいてくれた。すっかり意気消沈して城に引き籠もっている日々も、クラウリアだけはずっとそばにいてくれた。
大好きな、自分の半身。
マレーディアは思う。
(……我にはもったいないくらい、素敵な女なのじゃよなぁ)
自分のようなポンコツ魔王に忠実に付き従ってくれるクラウリアの温かい手が心地よくて、ずっと彼女の優しさに甘えていたくなってしまう。
「……どうしましたか、我が麗しきマレーディア様」
視線に気づいて、クラウリアが微笑む。
「あうっ、な、なんでもないし~っ」
もぐもぐ、とサンドイッチを噛みしめる。
乾いたパンに、乾いたチーズ。ああ見えて意外にも料理上手な古代竜の作る料理よりも、ずっと質素な食事。
それなのに。
とてもおいしい。心が、満たされている。
オリビアをつれた古代竜がやってきてから一変してしまったの賑やかな生活に、不満があるわけではない。むしろ、楽しいくらいだ。まさか魔王たる自分が学校に通うことになるなんて思わなかった。
けれど、やっぱり――クラウリアの隣が、自分の居場所だ。
しみじみと、そう思う。
「マレーディア様?」
「あう……なんでもない。我、食後は紅茶がいいのじゃが」
お行儀悪く、真新しい本を片手にサンドイッチをぱくつく。
クラウリアが、いつものように微笑む。
「かしこまりました、私の魔王様」
きっと、この優しさが自分をダメにしていることはわかっているけれど――それでも、マレーディアはクラウリアのいるこの部屋が大好きなのだ。
お知らせとおわび
【失われし原初】について書籍版と設定をごちゃごちゃにしてしまいまして、誤った本文を投下してしまいました。103部が該当部です。
感想で教えてくださった方、ありがとうございます。
申し訳ありませんでした。




